2015年7月31日 (金)

甲子園の夢まで走る、完結編その1

「甲子園の夢まで走る」
の最後の更新は、いつでしたっけ。
中1の時までさかのぼるのかな。


夢じゃなく甲子園には行ったんですけど
やはり夢でした。


シニアと部活の選択で迷いなく部活を選んで
当時住んでた東京都練馬区は学校選択制があったので

野球の強い中学に電車通学して
1年なのに、ほどなく公式戦でも登板して

まあ、順調でした。

わたしの転勤が、いけなかった。


大学2年になった三男は
「そんなこと、ない」って言ってくれますけど
大きな転機になったのは事実です。


中1の「冬」。
来春から住むのは野球王国の大阪。
その中心は「ボーイズリーグ」だ。

三男に最適の環境を探すため
まずは、居住予定に近いチームの見学に行った。

でも、なんだか「寒々」としてた。
グラウンドも使えなくなった、と説明を受け
「空き地」で細々と練習する姿を、複雑な思いで見てた。


次に行ったのが、結局は所属したチーム。
ホントに「見学」のつもりだった。
中学野球に詳しくない私でも
名前を知ってたほどの強豪。

さっきの「空き地」とは違う専用グラウンドに
異様な活気があった。

まるで「キャプテン」の青葉中だ。
さっきのチームは墨谷二中か。

なんで、ちばあきおをこよなく愛したわたしが
青葉を選んでしまったんだろう。


お母さんたちは、「小屋」の中で揚げ物を作り
グラウンドでは数十人の野球少年が
自分たちの能力を
存分にアピールしていた。

すごい…
「ここで、野球したいっていったら、どうしようか」
「わたしも、揚げ物ば作っとっちゃろうか」


案内してくれた、関西在住の
わたしの大学時代の同級生は
その子も、もうお母さんでしたけど
思いっきり引いてました。

会ったのは大学卒業以来かな。

このブログのタイトル
「俺の人生真ん中あたり」の歌詞に
ありましたね。

「子どもがいてもおかしくないのに
19のまんまで思い出す」

カミさんにも会わせた女性は
何にもなかった証拠ですけど

やっと、タイトルにふさわしいフレーズを記せた。

このブログ、
海援隊への思い入れを書こうとして
始めたんですけど

少年野球や中学受験の話ばかりでした。

また話がそれた。

それから1年後

揚げ物は作りませんでしたけど、
カレーや味噌汁は作ってた。

見学を終えた三男が、いい汗を顔にしたたらせて
「オラ、ここで野球したい」
って言ったから。

マネジャーやコーチから
「君ならできる」
とか言われたらしい。

実際、わたしも言われた。
「お子さんなら、レギュラーでやっていけます」

うのみにするんじゃ、なかったな。
だから常勝チーム。
それなりの子は、いくらでも欲しいでしょ。
もう7年か、冷静さがなかったな。


三男の野球人生を完結させようとしたんですけど
中学野球には思い出がありすぎて
タイトルの後に、その1を付けさせてもらいました。

日本一にまでなる話は
いつかまた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年6月29日 (月)

光回線の「転用」ご注意

○日本ハム2―0西武

快勝だ。良かった。思いっきりムシャクシャしてたから。前日の大敗の試合は、ほとんど見ることができなかった。ソフトバンク光だ、その代理店だ、そのまた代理店の営業マンと話してたから

「とにかく元に戻せ」。その言葉ばかりを、がなり立てていた…ホント、疲れた。

きっかけは@niftyから届いたハガキだった。

料金コース変更のお願い

このたびNTT東日本より、お客様の「@nifty光ライフ withフレッツ」利用解除の連絡がございました。つきましては、料金コースの変更手続きをお願いいたします。

そして手続きをしなければ

Tennyou_2

@nifty解約予定日 2015年6月30日(火)

とある。困るやないか。解約されたんじゃブログも書けない。そもそもフレッツ光の利用解除をした覚えもない。

フレッツ光は、実家を離れ千葉で1人暮らしをしている大学2年の三男のために、私名義で契約したもの。子どもにラインしてみた。すると

「ソフトバンクの人が来てどうのこうの言ってたよ」
「書類は書いた」
「料金は安くなるらしい」

どうやら、アパートのネット回線を変更したらしい。しかし、フレッツ光以外に使えたっけ? ソフトバンク?

niftyに電話してみた。25日の16時すぎのこと。そこで聞いたのは光回線の「転用」。全く知らなかったけど、今はNTT光の設備を利用して、さまざまな会社が光事業に乗り出せるようになったとか。ソフトバンク光も、その1つらしい。しかし、子どもの携帯はソフトバンクでもないのに何で、なんてつぶやくと

「もったいないことをしました。niftyならauセット割で1200円ほど安くなったんですけど」

まあ、しようがない。フレッツより、ソフトバンクの方が安くなるんなら、いいや。違約金も発生しないって聞いたから。この日は、まだ、そんな軽い気持ちだった。niftyは基本コースに変更した。


翌26日、金曜日16時35分。子どもから聞いたYahoo!BB総合受付センター

0298759568

に電話した。念のため契約内容を確認しようと思って。でも、いまどき、フリーダイヤルじゃないんだな。0298ってどこだろ。

NTTフレッツ光からソフトバンク光のマンションタイプ3800円にご契約いただきました。

ふーん、安いな。でも次の言葉が変。

オプションサービス、最大2か月無料の8点がついています。

ふーん、どんな内容なんだろ。「すべて説明を差し上げますか」「して」

BBフォン(ユニットレンタル代)467円
BBフォンオプションパック500円
ワイファイマルチパック990円
トクホーダイ500円
BBホームドクター500円
BBマルシェ458円
BBサポートワイドプラス500円
BBお掃除レスキュー458円

なんだ、こりゃ。なんでこんな契約になってんだ。

ここで「転用」についても詳しく聞いた。私名義のフレッツを子ども名義のソフトバンク光に変更した。それには転用承認番号が必要でお客様で取得していただく。

「そんな手続きをした覚えもないし、名義人のわたしに何の連絡もない」
「この契約は代理店で行っております。ヒューマンスピリットの○○が訪問しています。経緯は確認しないとわかりかねます」

その訪問した営業マンか、Yahoo!BB総合受付センターとかから連絡します、とのことで電話を切った。
ちなみに今、わたしがかけている電話先を聞くと
ヒューマンインベストメントという会社で、本社はつくば市だという。

しかしねえ、こんなオプションねえ。子どもにはラインした。

「こういう契約行為は自分だけで判断して書類に署名しないで」

ハム戦も大敗が決まったころ(昨日のブログです)帰ってきたカミさんに伝えたところ、烈火のごとく怒りだした。

「で、アンタ(子どもに)電話したん」
「連絡はしたよ。ラインで」
「ラインじゃ、つまるもんかいね」
というが早いが電話した。

「アンタ、とんでもない契約したらしいやん。はっ、今からバイト。ああ、そうね、2度としないでね」

それから、まあ当たり散らされたこと。ハムが大敗してるからねえ。もう、かなわん、と寝室にかけこんだ。

ちなみに連絡をしますと言った、ヒューマンインベストメントからもヒューマンスピリットからも電話はなかった。今日であれば、これからいつでも構わないとは伝えていたけど。

翌27日土曜日お昼前。

とにかくオプションだけは解除しなければ、と、前日のヒューマンインベストメントに電話した。しかし、オプションの解除は、ここではできないから、ソフトバンク光に直接、連絡してくれという。ふーん、契約はできるくせに、解除はできないんだ。イライラついでに、契約の経緯について連絡すると言ってたけど、昨日も今日もこの時間まで連絡がないとはどういうことか、と聞くと、「まだ代理店と連絡がついてない状態ですので」と言う。じゃあ、いつ連絡をくれるんだ、と言って電話を切ると、ほどなく電話がきて、ヒューマンスピリットの○○から18時までに連絡をさせる、と言ってきた。

12時57分。ソフトバンク光
0800-111-2009に電話。

まあ、オペレーターにつながるのに、手間がかかった。自動音声でご案内しますというが、こっちはオプションが8つもあるんだ。1つずつ解除なんて面倒このうえないから。

待ち時間も含めて30分以上は格闘してただろうか。電話に出たオペレーターにオプションの解除を申し出た。さっきのヒューマンインベストメントに確認してわかったのだが、ソフトバンク光との契約開始は4月10日、オプションは最大2か月無料だから、6月から料金が発生しているとのこと。合計4373円…あほらしい

オペレーターに愚痴まじりで聞いてみた。

「そもそも、この転用はフレッツ光の名義人である私に何の連絡もなく行われたことで、この契約の有効性をも疑いたいところなんですけど、おまけに必要とも思えないオプションが8つも付いて。でも取り急ぎは、このオプションを解除することが最優先で、契約の有効性うんぬんを言ってる段じゃないですよね。とにかくオプションを解除して」

するとオペレーターから思いもかけない言葉が返ってきた。

お聞きする限りでは、あまりにもひどいので、何とかできないか確認します。ついては少しお時間をいただけますか。よろしいでしょうか。納得したうえで、いったん電話を切った。

14時4分。電話が鳴った。ソフトバンク光はずいぶんと対応が速いな、と電話に出ると、
ヒューマンスピリットの○○だった。それも、信じられない言葉だった。

フレッツ光のご契約者であるお父様に連絡もなく、不手際がございました。

すんなり認めるとはねえ。そもそも、どうやって契約したの?
「息子様のお部屋をピンポンさせていただきました」

「で、必要もないオプションを付けたんだ、そもそもBBフォンなんて固定電話のサービスだよね。子どもに固定電話の有無を確認したの」「いえ」「じゃあ、あれだよね。ほとんど理解してない未成年を一種、だまして契約したようなもんだよね」「はい」

…またびっくりした。あっさり「詐欺まがい」と認めたのだ。

じゃあ、こっちにも言い分がある。わたしに承諾もなく望んでもない契約だから、元に戻してくれ。そう言うと急に口が重くなった。

NTT光へのお申し込みは、お客様本人からのお申し入れが必要です…

ここでカチンときた。「お客様本人のお申し入れが必要な転用承諾番号を、契約者本人の承諾も得ずに取ったよね。じゃあ、同じようにして戻してよ。とにかく元通りにして。それ以外は、受け付けない」

すると、「会社の上席と相談します」ときた。「何時までに連絡いただけますか」「18時までに必ず」「じゃあ、○○さんの会社の電話番号を教えて」「わかりません」「はっ」「知りません」「いや、自分の会社の電話番号だよ」「わからないんです」「あなた、会社の上席と相談します、って言ったよね。どうやって相談するの」「携帯に」「ああ、しかし自分の会社の番号を知らないなんて信じがたい」「名刺を携帯していればわかるんですが、今は持っておりませんので」「名刺には会社の番号が書いてあるんだ」「はい」「でも名刺がないから分からないんだ」「はい」

あきれ返って声もでなくなったから「はいはい」と言って電話を切った。

ここまで書いて、また疲れ果てた。続きは後日にしましょう。

普段、三男は自分からラインなんてしてこないのに、夜おそくメッセージが来てた。

「明日は森ファンの友人と西武ドームに行ってきます笑」「ちゃんと日ハム側の席とったからね」

わたしは気が付かないまま寝てた。子どもなりに、親の機嫌を取ろうとしてるのかな。

翌28日の日曜日も、起きる前にメッセージがきてた。

「菊池が絶好調ですね」

その後は仕事に行くので「試合に変化があったら連絡して」と送ったら、まあメッセージが来ること。逐一、速報をしてくれた。気を使ってるんだね。子どものけなげさを感じてしまった。

ちなみに西武ライオンズの森と、わが息子は中学時代に対戦しています。結果は2打数0安打1四球でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年5月31日 (日)

カミさま、さまです、か?

アクセス数が急増した。29日の金曜日のことだ。

2週間ぶりの休日だからパソコンに向かってた。富田勝さんの急逝を受けて、書かずにはいられなくなって、ブログを再開したのが27日の水曜日のこと。ほとんど0だったアクセス数が増え、翌28日には、ハム論評を久しぶりに記すと、数字が一気に上がっている。

「すごいよなあ。更新したからって、こんなにアクセスが増えるんかなあ。3年ぶりなのに。みなさん、どこで更新情報が分かるんだろう。その前の更新は6年ぶりなのに。ありがたいよなあ」なんて1人つぶやいていた。聞いてないと思ったんだけど、そばにいたカミさんが突然に口を開いて「あっ、それ、わたし」

「はあ?…」カミさん「あんた、ブログ書いたって言いよったろ。やけん、見てみたと。おもしろいねえ。あったよねえ」

聞けば、自分が登場する記事だけを、まとめ読みしたらしい。しばらく更新してなかったから知らなかったけど、スマホ版には、「このブログの人気記事ランキング」ってのがあった。更新したばかりだから1位は「富田勝さんの衝撃」。でも2位以下には「総務省の家計調査2カ月目」「総務省の家計調査やってます」さらに「給与の一策」が並んでいた。この3つの記事の共通点。主役がカミさんってことだ。ハムの記事ばかり書いてるのに。それを差し置いて。


それを伝えるとカミさん「そやろ、そやろ」って、喜んでる。「でも、その人気って誰が決めるっちゃろ? あんたのブログを読んだ人が決めると? 投票するん?」


想像もできないボケが飛んでくる。まるで松本伊代だ。昨日30日の土曜日、サンテレビでやってた「ウチくる!?」に出てた。夫のヒロミが言ってた。「ママはね、苗字って何、って聞くんだ」。ちょっと前にも言ってた。「ねば~る君」を見てた伊代ちゃん「ねっ、パパ。人が入ってんのかな」。当たり前だ。伊代ちゃんはカミさんと同じ今年50歳…


「アクセス数に決まってるやろ」…「そうね、そうね。やっぱりね。わたしのことば書き。ハムのことやらいいけん」


そうは言われたけど、少しだけハムのことを

●2―4中日(15年5月29日)
賢介の故障が、ここまでとは思ってなかった。三塁からのタッチアップで右腕を抱えるように走塁してるじゃないか。気迫でセーフにはなったものの痛々しい。大いに心配だ。

○4―2中日(15年5月30日)
仕事から帰ってブログを書きながら録画を見てるんで、最後までまだ見られてません。でも吉見はどうしちゃったんだろ。降板までは生で見てましたけど。3回の投球を見て、あのカミさんに「今日の吉見なら、いつかつぶせる。でも大谷が復調するか心配」とラインで伝えたら、4回に吉見はマウンドにいなかった。やっぱり異変か。高校球児だった三男の経験上、故障は克服してほしい。それが球児の励みになる。


ああは言うものの、カミさんはブログ開設当時は興味がなかったハムに、今は熱狂してます。ラインのやりとりの、ほとんどがカミさんからのハムの実況ですから。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年11月 5日 (木)

アウエー東京も慣れたもの

○日本ハム8-4巨人
 
 良かった、良かった。これで札幌に帰れる。よく勝ってくれた。

 昨日の第4戦はラジオで聞いてたんだけど、文句のつけようのないゲームだったようですね。最近、週1度は病院通いで、中2になった三男が、軟式から硬式に変わったせいか、夏場にヒジを痛めてしまって。スポーツ医療にたけた整形外科医を頼り、車で1時間かけて通ってるわけです。

 その三男も、車内で歓声を上げていたナイスゲームだった。敗戦を糧にしたんですね。信二! 素晴らしい!! さすが4番だ。

 NHK第1ラジオで聴いてた限り、ハムの応援もよく聞こえていたし、レフトスタンドにマイクを据えているのかもしれませんが、それにしても、完全アウエーの雰囲気ではないようだ。家に帰ると、ソフトバンクファンの高2になった長男が言う。「ハムファンが、札幌ドームの巨人ファンより多いのは、当たり前でしょ。この間まで、東京に本拠を置いてたんだから。もしファンが少なかったら、置いてた意味がないやん」。そうですね。

 しかし、その長男と行った、東京最終年03年のシーズンは悲惨だった。確か6月のオリックス戦だったと記憶しているが、2人が座った一塁側1階内野席にほとんど人がいない。少なくとも半径50メートル以内には、誰もいなかった。ファウルボールも競争なくいただき、一番近くに座っていた人が屋鋪要さんだったので、サインをいただいた。実数ではない観衆は1万人と発表されたが、せいぜい2~3000人だったろう。人がいないか、いてもビジターチームの歓声の方が多い球場だったもんなあ。昨日やおととい程度なら、アウエー東京ドームの戦い方も慣れたもんでしょう。

 そんな苦い思い出がある元ホームでしょうが、できれば苦戦が予想される今日の第5戦にも勝ってもらって、本当のホームになった札幌へ。あの雰囲気の中で、よもや連敗はしやしないでしょう。
 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年6月 3日 (火)

さなぎがいきなり蝶になった

中1三男の野球部実戦デビューも過去の話になり、今度はマウンドデビューを果たした、と聞いた。聞いた、と書いたのは連絡がないから。二塁打デビューの時などは、「(仕事中の)パパに連絡して!」とまで言って、カミさんがメールをよこしてきたのに、今回は練習試合をしているはずなのに、音沙汰がない。翌日、昼過ぎに起きたら、三男は練習でいなかったし、カミさんも仕事でいない。1人、家にいた高1長男に聞くと「投げたってよ。えっ、知らんかったと?」。さらに翌日、ようやく顔をあわせたカミさんに確認すると、「だって、今度は、パパに連絡せんで! って言うっちゃもん」。3回3失点。ボークもとられたらしく、けっこうヘコんでたらしい。


でも、3点は初回に失ったもので、2回、3回はきっちり0に抑えたらしい。ヒジ痛が完治はしたものの、まだ投球練習って、1度しかやってないやん。初登板にしては、まずまずじゃないか。久しぶりに顔を合わせた三男に聞いてみると「うん、まあ…」と生返事。「オマエ、この間、二塁打打った時は、ママにメールしろってまで言ったんやろ」「うん」「じゃあ、なんで、今度は」そう聞くと、ポツリ「悪かったから」。「いや、2回3回は0やろ」「うん」「四球は?」「出してない」「なら、いいやないか」。すると、いたわりの言葉はいらない、そんな調子で語気を荒げた言葉が返ってきた。


「練習試合だから(カウント)2-3になったら、みんな打ってくれたし。ボークだって、あんな場面であんなボーク考えられないし、したことないし」。なるどねえ。あまり考えるのが得意とはいえない頭で、自分なりにいろいろ状況を思い出しながら、考え反省してたわけね。


つい、この間まで小学生と思ったら、ふーむ、中学生なわけね。そういや、6日間の春休み合宿報告を聞いた高1長男が驚いてたっけ。「なんか、ものの言い方考え方が変わっててね。さなぎが、いきなり蝶になったって、そんな感じ」。


ウチでは一番ちっちゃいから、いつまでもカワイイ、カワイイだけど、もう中学生だもんなあ。「もう中学生」のネタ程度の知識もあるみたいだし。頼もしい反面、いつまでも末っ子は末っ子というバカ親心。ダメだダメだ。そんなんじゃ、投手として修羅場をくぐり抜けていけないよね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年5月19日 (月)

ステーキなデビュー戦

「あー、もう夏の大会対策とはねえ」。唐突に中1野球部三男が言い出した。春の大会は、まさかの2回戦敗退。上部大会進出の望みが絶たれた瞬間を、三男は「背番号組」の後ろで見ていた。まあ、しようがないね。ひじ痛で満足に練習できなかったから。ところが、続けて三男が言った。「オラ、夏のメンバーに選ばれたんバイ」。なるほど、最初の言葉はテレ隠しだったわけね。「でも、いつメンバーチェンジがあるか分かんないって」。そう言いながらも、うれしそう。とりあえずは「レギュラー組」の13人に選ばれたらしい。


しかしねえ、公式戦はおろか、練習試合にも出てないのにねえ。やっぱり「左」ってのは、有利なんだなあ。と、ほどなく、実戦デビューの報告が、カミさんからメールで入ってきた。2年メーンの試合で、5番ファースト。えっ、ファースト!? 左だから、ピッチャーじゃなきゃ、外野かファーストしかないにしても、小6の時は1度もやってないし、中学に入ってからも、練習したとは聞いてない。さらに初打席は、右翼超えの二塁打だったそうな。へーえ。


帰って、よくよく理由を聞けば、本来ファーストの2年生が集合時間に遅れたため出場できず、急きょ出番がきたらしく、本人が一番驚いたらしい。第2打席は、本人に言わせれば、「ジャストミートして、すごくいい当たりのショートライナー」。二塁ランナーが戻れず、併殺のおまけつき。「抜けたのを確認してから走れ、って怒られてたよ」と、自分の打撃を正当化してる。3打席目は死球だけど、2度も出塁したから、まあ、うれしそうに、しゃべるしゃべる。親ばか夫婦は、和牛のステーキでお祝いしてやった。ただ、わが家は、食べ盛りの男子が3人。予算の都合で、夫婦はステーキ半分でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月11日 (日)

サウスポーの理想と現実

ヒルマンならぬ、昼間んのたたりらしい。クビを切ったわけでもない監督に、たたられる理由などないが、日刊スポーツによれば、そんな声がチーム内であがるほど、ひどいデーゲームの勝率らしい。昨日もデーゲーム、そして、わたしは、函館の方には申し訳ないが、いい印象がないんですよね。

ダルビッシュが思わぬ制球難で、自責点は0ながら2回途中KOをくらったのは、一昨年のことだったっけ。もっと前には、西武大沼に完封を許したこともあったような。金村が風に苦しんで投げていた記憶もあるなあ。苦手の場所で苦手の時間…なんて関連付けたくないが、悲しい試合になってしまった。

一番悪いパターンにはまってしまったようだ。チーム状態が悪いわけではない、いや逆に良かったのに、たまたまコインの裏が出てしまったのが、前の西武戦。うまくかみ合ってない状況は、中2日でも流れは変わらず、今度は最も状態が良かった藤井までも、勝てない状況に追い込んでしまう。得てして、こんな時はミスが出て、それが致命傷になってしまうものなのだ。かみ合ってる時は、そんなミスは覆ってしまうものなのにね。

しかし、藤井は良かったなあ。1回、仲沢の3ボール目の球は、あれがボールか。あまりにいい球で、審判が手を上げそびれたんじゃないか。その後、不運にも、そのランナーが生還してしまうが、見ているものの心をつかむピッチングだった。3年前だったか、神宮でハムがひねられるのを目の当たりにした、あの投球だ。藤井には、その時のいい印象しかなかったから、過去の登板に首を傾げっぱなしだったが、もう大丈夫だろう。いいねえ、これが左の本格派だっていう投球は。細かい制球力なんか気にせず勢いで、って感じは、ウチの三男にも通じるので、共感する。

どうも、杉内のような左は好きになれないんだなあ。キャッチボールでもしてるようで、躍動感がない。でも、あんな投法でもスピードはあるし、制球もいいんだよね。昨日だって、結果、藤井に勝っちゃうし。

三男にも、最近言うのよね。「そがん力まんでもよかろうもん。ゆたーっとモーションを起こして、投げる瞬間だけ、ピュッと力を入れる。杉内のフォームが理にかなってるんだよ」。理想と現実の狭間で揺れる親心とは、言い過ぎか。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月 8日 (木)

悪夢にサヨナラだ

それにしても、何かに魅入られるように、サヨナラ負けへの階段を転がり落ちて行きましたな。と言うよりも、西武が神ががってますな。96年だったか98年だったか、上さんがハムの監督をしてた時代に快進撃を遂げた時のこと、上さんには宗教問題が浮上していた。困ったのはスポーツ新聞で、「神ががり」っていう見出しがつけられない、なんて記事を週刊誌で読んだことを思い出しました。


しかし、ダルでも止められないか。まあ、西武がこのまま、どこまでも走るとは考えにくいけど、やっぱり3連敗は、いかんわなあ。それも3試合とも、全部勝てた試合だから。開幕カードでソフトバンクに3連敗した楽天みたいだ。いや、あそこまでは悲惨じゃないか。なんてことを張り合ってもしようがないし。ホントは、この機会に西武を抜かないまでも、調子の悪かったソフトバンク、ロッテを離しておきたかったなあ。


やっぱり、この3連戦を通じて痛感したのは、点は取れるときに、いくらでも取っておけだ。どの試合も、あと3、4点は取るチャンスがあったし、そのうち1、2点でも取れば勝ってたんだから。さらには、守備力。これだけが取り柄だったのに、破綻しかかってる。打撃も守備も、もう少ししぶとくなってくれ。天才・小田は、打撃も守備もねちっこくて、いいね。どんどん使ってほしい。


昨日は、「朝走」に行けませんでした。5時25分に中1三男を起こしにいったら、「明日から…今日は…無理…」とつぶやくように言い、目を閉じてしまった。ゴールデンウイークの練習が、相当キツかったのかなあ。期待していた雨も、3日に降っただけで、それも午前中に参加するはずだった交流試合が中止になっただけで、その午後からは雨も上がり、連日の練習だったもんなあ。


でも、今日は走るよ。走って走って、昨日までの悪夢を振り払わなきゃ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 7日 (水)

だから三男は部活を選んだ

日本ハムは負けたので、またまた三男の野球部話。「ゴールデンウイークはずっと雨が降ればいい」とか、練習のない日には「久しぶりに(練習道具の入った)エナメル(バッグ)を持っていかんで、いいんバイ」などと喜んだ風で出かけていく。そう言いながら、部活を楽しんでるんだろうなあ、と思う。一昨日は帰ってくるなり、ユニホーム姿のまま食卓に着き、お兄ちゃん2人に部活の出来事を、それは詳細に聞かせていた。そんなに話す子じゃなかったんだけど。


シニアか部活か。何を選択するにでも「どっちでも、どうでも」なんて言ってたヤツが、珍しくきっぱり、自分で決めたもんなあ。シニアの練習を見た帰り、「オラ、このチームには入んない。中学の部活でやる」。どうせ、きっちりとした理由など言い切るまいと思いながら一応聞くと、間髪を入れずにズバリ返してきた。「だって、野球が楽しくなさそう。ただ、やらされている感じで、笑顔がないし」。確かに、2時間以上はいたけど、雰囲気がどこか重かったんだよなあ。じっと説明を聞き、練習を見ている三男の顔も、何というんだろう、笑みはなく、目を輝かせて見るわけでもなく、暗いのだ。


「中学のみんなは楽しそうだったのか」と聞くと、即座に「うん」。その何日か前に、中学校の見学にいった。われわれ2人の姿を見た監督、あいさつもそこそこに「あれっ、グローブ持ってきてないの?」と言う。わたしが「見学だけと聞いていたので」と返すと、「野球なんて、一緒にやんねえと面白くないよなあ。誰か、貸してやれ!」。ここで三男、初めて声を発し「左なんですけど…」。1人だけいた左利きの「中はボロボロ」のグラブを手に、キャッチボールから合流し、2時間近くは参加していたか。わたしの元に戻ってきたときには心地よさそうな汗をかき、顔には笑みが浮かんでいた。最後に、ブルペンからの投球を見てもらい、監督が「お父さん、きてごらんなさい」とわたしをキャッチャーの後ろに呼び寄せた。「左腕が背中に隠れて、球の出どころが見えないでしょ。これは教えてできることじゃ、ないんですよ」。なんだか、自分が褒められているようで、うれしい。


いきなり監督に、心をわしずかみにされ、練習中も先輩方に優しい言葉をかけられたようで、この時点で、三男の心は決まっていたのかもしれない。最後に、決め台詞が飛んできた。「ほかに行くんなら、シニアに行ってください。ほかの中学には行かないように」。社交辞令もかなり混じってるだろうが、気分の悪かろうはずもない。親の心も、わしずかみにされていた。


さあ、あと1時間ほどで「朝走」の時間だ。その後は、ホント久しぶりにピッチングをしてみようか。ヒジ痛発覚から3カ月以上たって治癒した今、どれほどの球がくるのか、楽しみだ。


そんでもって、昨日のファイターズ。生中継を見たのはダースの1回の2打者だけで、あとはプロ野球ニュースでしか見てないので、その時の詳細は状況まで把握できてないから、批評するべきでないのだが、なんで最後のマウンドに宮西がいるの? ボカチカに対して、左投手、それも新人は酷でしょ。それも、直前のバント失敗で、宮西はチェンジと思ったはず。取れたはずの併殺が取れないで、もう1度、気持ちを盛り上げるなんて、新人には難しいでしょ。

でもまあ、今年のパ・リーグは、どのチームもホームゲームが圧倒的に強いわけで、ハムの場合はロードの消化試合の方が多いから、この2日の負けはショックだが、そこまで悲観することじゃない。西武ドームが終われば、札幌ではないが、函館、東京ドームとホームゲームが続く。大丈夫、今日のダルから、巻き返す。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月 6日 (火)

三男の災難ふっ切れた

「ブルペンで投げたんバイ」。弾んだ声とともに、中1三男が野球部の練習から帰ってきた。しかし、ゴールデンウイークというのに、休みなく練習ご苦労さんである。それにしても、投球練習再開まで、長くかかったなあ。1月の下旬にヒジの痛みを訴え、行きつけの接骨院に見せると即、投球禁止。3カ月以上かかるとは、思ってなかった。ピッチャーって、大変なのね。

シニアか部活か。小6の昨年10月に双方の見学を終え、部活でと本人が決断をし、今の中学校を選んだ11月から、三男は中学野球部の練習に参加していた。親も子も、はやる気持ちがあったんだろう。C球をサイズの大きいB球に持ち替えて、16㍍の距離を18.44㍍にのばし、暇さえあれば投球練習をしていた。冬の寒い最中に、遠投練習もした。野球部の練習でも、ブルペンでバンバン投げていたらしく、その甲斐あってか、3月の練習試合での先発登板を告げられた。まだ入学前なのに…親は驚き、さらに喜び、子も目の色を買え、投球練習に熱が入った。入りすぎたなあ。ヒジが痛いと訴えても、毎度のことだからとほったらかしていたら、いつもは登板後4、5日で回復していたヒジの湾曲が10日を過ぎても直らない。腕が、真っすぐ伸ばせないのだ。さすがに、接骨院に連れて行くと、前述したような結論が待っていた。

何でも骨格の急激な成長に筋肉の成長が付いていけず、伸びきった状態で元に戻らない状態だという。確かになあ。夏過ぎから年明けにかけて、急にデカくなったもんなあ。靴のサイズは27.5㌢になり、身長も170㌢にあと数ミリにまで達した。成長の陰に、そんな弊害があったのね。野球部の監督にその旨を告げると「走ってろ」の一言。アップが終わると、ボールを握ることは許されず、来る日も来る日も、ランニングに明け暮れたらしい。

ある日などは、キャッチボールをしていると監督に呼ばれ「何で走ってないんだ」と叱責されたとか。10日ほど前には接骨院の先生から全力投球が解禁され、それを監督に伝えると「そうか。走ってろ」と当然のように言われ「4時間半、ずっとインターバル走やったんばい。もう足が痛くて動かん。ゴールデンウイーク、ずっと雨が降らんやろうか」などと泣きが入っていた。それだけに、「投球再開令」は、何にも増してうれしかったのだろう。

ここ3カ月、ずっと走ってたから、相当に下半身は鍛えられたんだろうなあ。父ちゃんも、ずっと座って受けてないから、どのくらい球速が増してるか楽しみだ。早く、練習試合ででも投げてくんないかなあ。見たいなあ。昨日は焦らないことなんて書いて、もうこんな気になってる。ダメだなあ。気が、はやりすぎだ。


昨日のファイターズ。見たのは6-4の場面からだったから、6-0の試合だったとは知らず、そこまで逆転負けのショックはないんだけど、久はちょっと心配だなあ。球に威力はあるんだろうけど、球が暴れれて制御できていない。抑えるにしても、危なげなくって日がないもんねえ。この西武戦を終えれば日程は楽になるし、建山が良くなってきてるから、そのあたりに救いを求めることができるかな。

| | コメント (2) | トラックバック (0)