2006年8月25日 (金)

リビングで勉強も野球観戦もしてる

○日本ハム13-1楽天

 「ハムの自力優勝って、なくなってるね」。意外な言葉を中2長男が口にした。「そんなことは、ないやろ」「じゃあ、西武とのゲーム差は?」「4.5」「西武との残り試合は?」「さあ」と言って日刊スポーツを開くと、「あっ、4しかない」「ねっ」。ソフトバンクファンの長男は得意気に言う。今はプレーオフ制度があるから自力1位と言葉を改めた方がいいが、プレーオフ制度がなければ、自力優勝の消滅は「終戦」を意味する。昨日、このブログで3位より2位、2位より1位、と書いたが、そんな状況に追い込まれていたとは。

 そんな意味でも、昨日のパ3強の試合は、理想的な結果だった。早々にハムの勝利は確定したから、ソフトバンクと西武の試合をザッピングで見ていた。ソフトバンクが、何と不運なイレギュラー安打でサヨナラ負けした瞬間には「あーっ…あっ、やった、ラッキー!」と大声。子どもが、どれほど熱心にソフトバンクを応援してるか知ってるのに、大人気ないったら、ありゃしない。でも、本心だから、仕方ない。夕食時に酒を飲んだ後、ソファーにデカい体を横たえ、イビキでもかこうとしていたカミさんからは「もーっ、うるさい!!」って怒られた。

 今度は延長に入った西武戦を見ていると、カミさん「子どもが勉強しよーとに、ほかに行って見られんと」と、また怒る。夏休みの宿題も佳境に入ったようで、リビングのテーブルでは、長男の横で、中1次男も「歴史」と大書きした紙に向かってる。一応、子ども部屋もあるんだけど、わが家では、リビングで勉強するのが習慣。そういや、最近の週刊現代に「中学受験に合格する子は、リビングで勉強していた」なんて記事があった。誰に聞いたわけでもなかったが、長男受験期のわが家もそうだった。さすがに、その時期は、9時を過ぎるとナイター観戦は遠慮してたけど。おかげで親も、酒も飲まずに読書したりで、一石二鳥だった。

 でも今は夏休み。受験生もいないし、と、お構いなしに見ていたら「うるさいって言いよろ。寝られんめーが」。カミさんの本心はこれだったけど、CATVが見られるのはリビングのテレビしかないんで、「仕方なかろうもん」と返してやった。そうこうしてると、西武が大量失点。これは、長男とともに喜んだ。その横で、中学受験とは無縁で、野球にも興味のない次男は、冷めた目で見てた。

 2位ソフトバンクとの差を1.5に縮め、1位西武との差も3.5.自力1位も復活した。幸雄さんにもヒットが出て、立石先発の試合でピッチャーを2人しか使わなくて済んだから言うことなしだ。立石は、初めて6回を投げたんだって? 珍しい先発投手だな。武田勝のセーブもプロ初とか。先発に戻さないのかなあ。まあ、名将ヒルマンに考えがあってのことだろうから、1位になると、信じて、ついていきましょ。

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2006年6月17日 (土)

代々木の先に九州が

 また休みを九州色に染めてしまった。延期になった中2長男の運動会を代々木公園で観戦した後、北九州は黒崎が発祥のラーメン「唐そば」に行こうと、明治通りに車を走らせようとした。わたしは、このラーメンが大のお気に入り。とんこつに鶏ガラや野菜の絡んだスープは、本当にうまい。

 と、カミさん。「九州じゃんがら、って書いとうけど、あれ、なんね?」と聞く。そうか、こっちでもいいか。ちょうど、パーキングメーターも空いていたので路線変更。ただ気持ちは唐そばだったので、わたしは、とんこつ100%ではない「じゃんがら」を、カミさんは、とんこつ100%の「ぽんしゃん」を注文した。

 あっという間に出てきた「じゃんがら」を一口。「うん…」。特長のないスープで物足りない。ところが、カミさん「うん!」。「ちょっと、くれよ」と手をのばしてすすると「あー、絶対こっちやった」九州の味は。でも、けっこう濃い味だから、食べられない人用に「じゃんがら」が、あるんだろう。カミさんは上機嫌で「ぽんしゃん」のスープを飲み干していた。しかし、九州の味でここまで機嫌がよくなるんなら、毎週そうしようか。次は、リンガーハットが照準だ。

 ところで、長男の通う渋渋の運動会。昨年も驚いたが、今年もやっぱり、ビックリした。自分が出ない競技の間に、メールはしてるわ、菓子は食べてるわ。記念撮影をしてるグループもいるから先生は注意しないのかな、と思ったら、先生がその輪の中にいた。カミさんも「入場門とか、退場門やら、ないっちゃろうか」。統率なんてまったく取れてない。でも、ある意味うらやましい。軍隊調の行進を強要されたこともあり、さらに運動オンチのわたしは、運動会が大っ嫌いだった。

 そうなのだ。運動会なんて、誰に見せるものでもないのだ。やってる人間が楽しいのが一番だ。あっ、ここでは、運動会じゃなくて、スポーツフェスティバルだった。

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2005年12月12日 (月)

王者も今日から期末考査

 いやー、驚いた。今、買ってきた日刊スポーツを開くと、3面にドーンと「16歳新女王 中村美里」の大見出し。記事には、しっかり「渋谷教育渋谷高」と入っている。中1長男の通う「渋渋」の高校生、中村美里選手が、昨日の福岡国際柔道で初優勝に輝いた。高1以下での同大会優勝は、YAWARAちゃん以来の快挙だという。今日の学校は、大騒ぎだろう。あっ、今日から期末考査か。でも、大騒ぎだろう。

 昨日は家族そろって、テレビに見入っていた。中村選手のプロフィルを紹介するVTRが流れると、長男「オレの学校だ」と言って興奮している。北田選手との決勝戦「1本」の判定に、「ヤッター」と大歓声。しかし技ありに変更。「なして、なして」とカミさん。知らん…。しかし、知り合いでもないのに、なんでここまで熱中してるのだろう。長男と同じ学校に通っている生徒というだけ。でも、それで十分か。勝利の瞬間には、みんなで拍手を送った。

 昨日のこのブログは、アクセス数294と、最高の数字を記録したのだが、それも中村選手のおかげだった。検索ワードをみてみると「中村美里」「渋谷教育渋谷高」「柔道」なんて言葉が、やたらに目立った。そして、優勝の決まった午後4時台以降に、数字が急増している。思わぬ渋渋効果。ありがとう、そして、中村選手おめでとう。

 期末考査の勉強を中断してテレビを見ていた長男。中継が終わると「中村さんも、明日から試験なのかなあ」。わたし「そりゃ、そうやろ」。すると長男「いいなあ、赤点とっても、何も言われんやろうね」。わたしとカミさん、同時に叫んでいた「そんな問題じゃない!」。

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2005年12月11日 (日)

ニンジン作戦なのかニンテンドーDS

 「ニンテンドーDS、手に入るかなあ」。福岡で明け方まで飲んでた酒が、まだ残っていたので、ソファーでグタッとしてた出張帰りの9日の夜、勉強をしていた中1長男が、突然つぶやいた。わが家では、ゲームは禁止。許していた時期もあったが、収拾がつかないほどやり続けていたので、やっぱり禁止。しかし、隠していたゲームボーイアドバンスを次男と三男が見つけ出し、隠れてやっていて、それがバレたので、ゲーム機2台を金属バットで粉々にしてやった。そんな事情を知っているはずなのに、なぜ、そんなことを言う?

 「ママが買ってくれるって! 期末(試験)で平均80(点)以上、取ったら」。そのママは、午後11時を過ぎても帰ってきてない。何の懇親会だか忘年会だか知らないが、まだ歌ってるのか。その間にも、居酒屋の庄やから、翌日の宴会予約を確認する電話が入ってきたから、この年末、どれほど飲むつもりなんだろう。そういや昼間、福岡空港にいたわたしに電話がきた。「今月、お金ないんよー。そこで思ったんやけど、アンタ今、出張やろ。そしたら出ようもん。出張費とやらが。それ、アタシにくれんね」。なんだ、そりゃ。それに、その金は、わたしの小遣いに、もう織り込んでいる。「アホか。オレの」と言って電話を切った。

 日付変更線を超えないうちに、カミさんが帰ってきた。「ただいま、フォーッ」とか奇声を上げて、腕を振り上げている。勉強を終えて「着信アリ」に見入ってた長男、「うるさいなー、聞こえない」。カミさん、お構いなしに「学問ば、したかーっ?」といっそう声を張り上げるから、長男「うるせえな、酔っ払いババアーッ」。でも動じない。「そげなこと言うと、ニンテンドーDSば買わんけんね」とか返してる。わたしが「なして、ゲームを買ってやるとか言うんか」と聞くと「80点取れたらのハナシ!。取れるわけなーい」。わたし危機感を覚えて「えっ、中間は取れとったやん」と聞くと「中間と期末は違うと!」「どこが?」「範囲が広い」。たったそれだけで…と返そうとすると「ニンテンドー80でも90でも、買うちゃる。世界中のゲーム機ば持ってこーい」。酔っ払ってるのか、ゲキを飛ばしてるのか、よくわからないし、ゲーム機の名前とテストの点数が、ごっちゃになっている。

 と、カミさん。小6次男の、漢検(漢字検定)5級の合格証を見つけた。「わっ、すげえ。あいつ受かっとる。何の勉強もしとらんとに」。次男は長男と違って、中学受験なんてまったく興味なし。家で教科書を広げた姿なんて、見たことない。素直に次男の「快挙」を褒めりゃいいのに、カミさん、長男に向かって「アンタ、今度4級ば受けるっちゃろ。落ちたら、あいつ(次男)と一緒(のレベル)やけんね」。「うるせえなあ」。長男の叫びが響いた。渋渋の期末考査は、あす12日から。

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2005年11月21日 (月)

渋渋から五輪?

 中1長男の通う学校名を、スポーツ新聞で見ようとは思わなかった。「柔道の講道館杯は19日、女子7階級を行い、48㌔級は高校1年生の中村美里(東京・渋谷教育渋谷高)が、4連覇を狙った北田佳世(ミキハウス)に優勢勝ちし初優勝を果たした(11月20日付日刊スポーツから引用、一部略)。渋谷教育渋谷? 渋渋じゃないか! 「北田倒した 高1中村V」の見出しまで、ついてる。

 早速、長男に教えてやった。「えーっ」。しげしげと日刊スポーツをながめていると、カミさんが「ホントに?」と、やってきた。「グラチャンバレーと同じ大きさで載ってる」と長男が伝えると、カミさんは寂しそうだった。元バレーボール部…。朝日新聞には、署名入りの長い記事も載ってた。長男は、「学校便り」を、見せてくれた。生徒の活躍の欄に、あるある。高校総体2位とか、国体準優勝とか。その欄は、ほとんど、女子柔道部の成績で占められている。そういや、柔道部の子かどうか知らないけど、痴漢に遭った女子生徒が、痴漢犯を投げ飛ばした、って聞いたことがあった。しかし、なんで、これほどまでに強いの?

 「さあ」。長男も答えられない。そして「いいよね」って言う。「柔道で大学に行けるもんね」。カミさんと2人「なん、言いようとか」と叱り飛ばしてやった。「オマエの行っとう中学に柔道推薦やらあるんか」「ない」「そしたら、その子だって、柔道で大学に行きたいとか、思っとらんやろ」。日曜日の午後の会話。長男は、食卓で勉強をしていた。MDウオークマンのイヤホンを耳に突っ込みながらではあったけど、休みの日に、昼間っから勉強してることは、ほめてやろう。

 「そのうち、ワイドショーとか新聞とか取材にくるぞ。柔道のニューヒロインの、高校生活とか、いってよ」。そんなことを言ってる、親の方こそ、おめでたいか。さっきテレビをつけてたら、その大会の録画中継をしてたから、思わず見入ってしまった。優勝インタビューで目標を聞かれると、きっぱり「オリンピック出場です」と答えていた。そんな「金の卵」が、なんで渋渋にいるのだろう。しかし48㌔級といえば、あのYAWARAちゃんの階級じゃないか。出産明けの亮子と一騎打ちなのか。注目だ。そして、応援してるよ。中村さん!

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2005年6月23日 (木)

楽しい中学校っていいな

 まさかロッテに、日本ハムが連勝できるとは思わなかった。さぞや、ロッテファンの胸のうちは…そう考えていると、先週行った、渋渋の学校公開を思い出した。中1の表現(国語)の授業にロッテが登場してた。

 「ロッテってチームがあるの」「あるよ」「先生、そこのファンなの」。途中から聞いたので、どうしてそんな話になったのかは、分からない。ここからは、先生の独演会になった。「生まれてからの千葉ロッテファン。生まれから優勝していないのが、ロッテと日本ハム」。おいおい、いらんこと教えんで、よろし。「今年が最大のチャンス」と願いを込めるように話していた先生の気持ちは今、いかばかりか。

 しかし、楽しい学校公開だった。余談が終わったので表現の授業を離れると、向かいの教室では歴史。隋や唐の話に引き込まれてしまった。教科書などは、ただ進行の確認に過ぎないのね。先生の言葉にも動作にも活力がある。わたしたちが受けた「はい、だれか教科書を読んで」的な、面白くもおかしくもない授業とは違うのだ。西遊記の話になれば、夏目雅子までが登場していた。

 その1週前のスポーツフェスティバル(運動会)でも感じたことは、生徒たちが楽しそう、ということ。運動会によくある組体操や踊りなど、父母らに見せるためだけの種目はない。自分たちの世界を自分たちで楽しんでいる。それでいいじゃないか。本来、運動会なんて、誰に見せるってもんじゃなく、やってる人間が楽しいのが一番だ。見せるための練習が、わたしは中学時代に一番嫌いで、体育嫌い、運動会嫌いになった。まあ渋渋の場合は、代々木公園の陸上競技場を借りて行うから平日開催を余儀なくされ、見に行く父母が少ないという事情も大きいのだろうが。

 学校公開も終わり帰ろうとすると、目の前に長男の後姿があった。持っていた傘で「カンチョー」とばかりに肛門を突いても無視している。「もう1回やり」とカミさん。指令通りにすると、長男は振り向きもせず、さりげなく逃げて行きやがった。そういう年頃になったか。しかしカミさんがどう思うか。家に帰ると案の定「アンタ、せっかくパパとママがカンチョーばしたとに、無視したろー」と怒られていた。

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2005年4月17日 (日)

初めての2週続けて渋谷

 先週金曜日の入学式に続き、今週は保護者会で、昨日は渋渋へ。2週続けて渋谷に行くなんて、人生で初めてかもしれない。しかし、さすがは渋谷にある中学だ。危険回避とトラブルに巻き込まれた時の対応について、事細かく注意がなされていた。「決して安全なところでは、ありませんから。1人では、できるだけ帰らないように」。変に、「ウチの学校は安全です」と取り繕われるよりは、よっぽどいい。それに、純粋培養ばかりでも、どうかと思う。世の中を必要以上に見せることはないが、無理に隠すよりは、ありのままを見せた方がいい。そんな事も、志望動機の1つだった。それでも、先生方の努力により、トラブルに巻き込まれる渋渋生が、ほとんどいなくなっているらしいのは、何よりだ。

 勉強の方では、相当にプレッシャーをかけられた。「毎日、2時間はかかるくらいの宿題は出します」。ふーむ。長男と楽しみにしていたのは、学校が終わった後、夕方渋谷で落ち合って「交流戦を見に行こう。神宮はすぐだし、横浜だって近い」と言っていたのだが。このぶんじゃ、ナイター観戦なんてとんでもないようだ。仕方ない、1人で行くか。

 ○日本ハム5-3楽天。上記のような理由で、ちょうど試合時間が保護者会でした。だから、せっかく東京ドームで試合をしてるのに、生でもテレビでも見られませんでした。PHSからサイトにアクセスし、8回の勝ち越しを知った時には、地下鉄の中で「よし」と叫びましたけど。その後は、サッカー、競馬、野球のナイターと出来事が目白押しで、息つく暇もありませんでした。どっさり疲れて、ファイターズの試合を振り返る気力もないほどです。

 しかし、4連勝で5割復帰。思いもしない早さでしたね。でも、その前は4連敗してましたから、取り戻しただけか。今年は、連勝、連敗が多いですな。

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2005年4月14日 (木)

通学定期ってどう買うの?

 朝6時。酒を飲みながら録画しておいたビデオを見ていると、渋渋に通う長男が起きてきた。そして言った。「ねえ、早く定期、買ってよ」。そうだよな。いるよな。「おう」と答えて、ふと疑問。何カ月ほど買えばいいの?

 小学、中学、そして高校も歩いて通っていたわたしに、定期なんて縁がなかった。上京して大学に通うのも、徒歩だった。持ったことがないから「定期」は、あこがれの存在だった。そして、持ったことがないから、買い方がわからない。

 定期は普通、1カ月、3カ月、6カ月。3カ月じゃ1学期に足らないけど、6カ月じゃ夏休みに入る。でも、学校へ頻繁に通うことも、あるのだろうか。「確認してこい」と、子どもには告げた。通うのなら割引率の高い6カ月定期×2で1年を賄った方がいいのか。それとも、1学期は3カ月と切符、2学期は3カ月+1カ月、3学期は3カ月が効率的なのか。

 以前に暮らしていた福岡では、西鉄バスのチラシで「学期定期」なる案内を見た記憶がある。でも、東京の地下鉄や私鉄、JRでは、その存在はないようだ。あれば、便利なのに…。

 長男のある友だちは、1カ月だと言う。理由を聞けば「なくすかもしれないから」。うーむ、そこまで考えなければいけないのか。いい買い方を、どなたか教えてください。

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2005年4月12日 (火)

いってらっしゃいの時間におやすみ

 居酒屋と寿司屋をはしごして、きのう帰ったのは、午前7時だった。玄関のノブに手をかけると同時にドアが開き、新中1生の長男が出てきた。渋谷にある渋渋までは、約1時間。8時15分の登校と言ってたから、そうか、家を出る時間か。今までは、起きてもいない時間だったのにね。いい気持ちで酔っ払っていたので「おっ、行ってこい。都内有数の中学生」と言ってやった。エリート意識を持たせるためか、自覚を促すためか、入学式で校長が発していた言葉。でも無反応で、すれ違った。

 「まだチャンスはある」とカミさん。わが家は坂の上にあり、台所から道を見下ろせる。寝巻き姿の女と、酔っ払った男が、坂の下に向かって「行ってらっしゃーい」「有数の中学生よ」と大声を張り上げてやった。すると、一べつして逃げるように走っていった。手ぐらい振る余裕があっても、いいじゃないか。なあ。 

 しかしだ。午前7時に家を出るということは、これから毎日、6時には起きるということか。会社から真っすぐ帰っても午前3時のわたしは、その時間はいい気持ちで酒を飲んでる時間だ。寝るのが、だいたい午前7時。毎日、酔っ払った親父の姿を見るというのは、教育上いかがなものなのだろうか。うーむ。

 なんて、便意に襲われたからトイレに座って考え込んでいると、地震に襲われた。揺れは止まらないし、出て行くものも止められない。部屋からは、カミさんと小学生2人の悲鳴が聞こえる。ドアを開けて「大丈夫かー」と声をかけた。幸い被害はなかったが、この出で立ちで被災していたらと思うと、おっぱずかしい。
 

 ●日本ハム2‐3西武。お願いだ、1日も早くアルモンテを2軍に落としてくれ。初回、先頭打者の遊ゴロを、いきなり悪送球。失策は一塁手のセギノールについたが、明らかにアルモンテが悪い。その後2死満塁の場面で遊ゴロ。よし、チェンジと思ったら、ボールが手につかない。自分が出した走者を自分の失策で返すなんて、聞いたことがない。打率も最下位の38位。四球がリーグ3位の10あるから、出塁率こそ11位だが、こんなもんじゃ、取り返せない。頼むから、もう使わないでくれ。成長著しい飯山を使おうよ。

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2005年4月 9日 (土)

もう子どもじゃない

 大きくなったな、としみじみ思った。昨日は、長男の入学式。渋谷教育学園渋谷中へ行くために、最寄駅から切符を買おうとした。普段通りに子どものボタンを押そうとすると、横にはブレザー姿の長男がいる。「うっ、大人か」。中学生からは、半額の子ども運賃じゃない。「いいよ、子どもでも通れるんじゃない」「ダメだ、オトナの自覚を持て」。こういう点では、わたしは、妙に律儀なのだ。カミさんと合わせ、3枚のおとなの切符を買った。初めての体験だった。

 一昨日までの、いわき旅行が、最後の子ども料金だったんだ。父子2人だけの旅。カミさんの計らいだ。幼稚園の卒園もそうだった。男同士で節目の旅行に行ってきなさい。そう言われたから、好き勝手な計画で、ナイターを見て、温泉に漬かって、寿司を食って。目論見通り、語り明かした。「旅行は朝めしが楽しいんだ」。そう言って寝て、目が覚めたら、朝食の時間は終わっていた。

 「大人への入り口、出発点」。渋渋の入学式では、こんな言葉が繰り返されていた。寂しいような、うれしいような。来賓のあいさつも、在校生の歓迎の言葉も、新入生のお礼の言葉も、英語で聞かされた。「アンタ、わかる?」「おう! オレの高校時代、英語の偏差値は38や」「大きな声で、言わんで!」。人目もはばからず、ばかな会話をしていた。こんな親は超えてほしい。

 入学祝いの口実で、今の今、午前5時まで飲んでました。支離滅裂な文章ですみません。

 そして、きのうのファイターズ批評。●日本ハム2-8ロッテ。ロッテ清水直は打てない。0-1で迎えた3回、9番中嶋のヒットで得た1死一、二塁の場面が唯一のチャンスだから、敗戦もいたしかたないでしょう。ここで、新庄は遊併。打って欲しかったけどなあ。ミラバルも5回、満塁弾を浴びなくても、いいんじゃないの。「規則違反」っていう幸運な判定の恩恵を受けたのに。無死一塁でロッテの西岡がバントした際に、足が出たからアウトなんて、初めて見ました。「ミスジャッジ」を、平気で跳ね返したロッテは強いです。

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2005年3月 7日 (月)

渋谷で遊ぶはずだったのに

 きょう、宅急便の不在通知が入っていた。差出人を見ると「本人」。オレには出した記憶がないと、少し頭をひねって思い出した。長男が進学先に決めた中学校、渋渋の説明会が昨日だった。教材やら制服やら、持って帰れなかったら、ヤマト運輸さんがその場にいらしてた、とカミさんが言ってた。

 持って帰ってきただけでも、相当あった。英語の教材は何種類もあった。高校時代、英語の偏差値が40に届かなかったわたしが、たどたどしく読んでやった。「あのう…ナニジンですか」と聞かれた。芥川龍之介の短編集もあった。久しぶりに読んでも面白い。「杜子春」と、ほかにもう1つ作品の感想文を提出することが、入学までの国語の課題らしい。英語にも課題がある。「大変やな」と言ったら、素直に頭をたれて「うん」と、うなずいた。渋谷の中学なら遊べると思ってたのに、こんなはずじゃ、なかった、と。

 野球好きの長男、福岡出身だからホークスファンは、昨年1年だけは、ナイターも見ずに勉強していた。中学になれば、野球が見られる。日本ハムは東京を後にしたけど「(家から近い)西武ドームだけは行こうね」と言っていた。そこに「交流戦」の知らせ。「神宮でも横浜でもダイエー(当時)の試合が見れるんだ」。平日が休みのわたしも乗った。「オマエが渋谷の中学に行けば、手っ取り早い。渋谷で待ち合わせをすりゃ、神宮も横浜だって、あっちゅう間や」。立教新座を蹴り、渋渋にしたのも、そんな理由があったと、わたしは推察する。5月を楽しみにしていた。でも…

 「オラ、交流戦は見に行けない」。説明会で相当に、中学受験成功の余韻に浸っていた頭や心を、相当ガーンとやられたようだ。カリキュラムの厳しさの現実。宿題の量や質からすると、平日の夜にナイターを見る時間はないそうだ。考えてみりゃ、そりゃそうだ。渋渋に合格したからといって、難関大学へエスカレーターは通じてないし、社会生活へのパスポートもない。これから6年間、どれだけ頑張んなきゃいのか、って感じたんでしょう。聞けば、有名大学の付属校だって、中高生活は厳しいらしい。

 でも、同じ野球好きのオレはどうすんだよ。長男と、神宮や横浜で交流戦を見ることを楽しみにしていたから「5月まではいいやろ」などと、焼き鳥屋のカウンターで説得を始めていた。

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2005年2月24日 (木)

雪が降ってきた金太の大冒険

 カラオケBOXを出たら、雪が降っていた。「ありえねー」。小学生のガキ3人と夫婦は、先を争うように自転車を走らせた。「寒い、冷たい」。いつもは「はよ入れ」と言われても入らない風呂に、みんなこれまた先を争うようにして入った。東京都練馬区は、午後10時前から、雪が積もり始めている。

 渋渋の合格祝いに家族そろってカラオケ、ってカミさんが言い出したんだけど、手を変え品を変え、いったい何度お祝いしたことだろう。それに、家族相手なんて、照れて歌えない。8年ぶり2回目ぐらいかなあ。

 コーラスをやっているカミさんは、お構いなしに歌いたい歌を歌っている。ガキは、オレンジレンジとか、アニメの主題歌とか。みんなに人気だったのは、ゆず、だ。「パパも歌ってよー」。何を…。1曲目は「ファイターズ賛歌」。物心つく前から、東京ドームに強制的に連れて行ってたから、みんな知ってる。でも盛り上がらない。「SMAPでも歌うか」「歌って」「俺たちに明日はある」「…」盛り上がったのは、カミさんだけだった。じゃあ、思いっきりギャク路線。「ドリフの早口ことば」は今ひとつ。「恋のぼんちシート」はダメだった。この時わたしは、ひらめいた。つボイノリオの、これなら。実は、近田春夫と、つボイノリオが、酔った頭の中で錯綜して一緒になっていた。

 「金太の大冒険」。♪金太、負けるな。♪金太、マカオについた。受けた!! 「知ってるー」「なんで」「ネットで」。30年近く前の放送禁止歌をなぜ。わたしだって、中学の頃、給食の時の校内放送で、誰かが面白がって流したのを聞いただけの「伝説の歌」。テレビはもちろん、ラジオでも耳にはしていない。ちなみにカラオケBOXでも、つボイノリオの方は、何度入れても送信エラーが出て、誰だかは知らないけど、HI-MEとかいう人のは入った。同じ歌だからいいけど。

 でも、子ども以上に受けたのは、「なして、こげな歌を知っとうとっー? アタシは知らんバイ」と言いながら、「♪金太、負けが多い」には長男に向かって「アンタのことやね」と大笑いしていたカミさん。家に帰って、風呂でも口ずさんでいた。

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2005年2月20日 (日)

「父と子の中学受験ゲーム」って

 ライブじゃなかっんだ…。「ええっ、どういうこと?」。酒のせいか、わけが分かんなくなっていた。週刊朝日のコラム「父と子の中学受験ゲーム」は、今まさに受験に挑んでいる次男と父親とのドキュメンタリーが記されている、と思い込んでいた。

 気がつけば感情移入し、少しライバル意識もあって気になる2月第1週。週刊誌だから、まだ結果は載ってないだろうけどと思いながら手にすると「平成15年2月…」。こんな表現、確か初めてだ。今は何年? 平成でいえば、17年じゃなかったっけ。

 欄外に目をやると、著者の紹介には武蔵高に通う長男、世田谷学園に通う次男の中学受験を経験とある。あれっ、これまでそんなことは書いてなかったし、次男の話をしているけど、その学校とは違うドキュメントだし…。寝室の奥を探すと昨年10月の週刊朝日があったから見てみると、子どもの学校名は書いてなかった。今、明かされた「録画中継」の事実。テレビ朝日のプロ野球中継だな。過去の話を、あたかも同時進行のように書いていただけなんだ。って、知らなかったのはオレだけなのか。

 もともと、小学以来に再発したアトピー性皮膚炎で通っている、行きつけの医者、じゃなくて
(飲み屋じゃないから、そうは言わないか)
かかりつけの病院の待合室で昨年の秋、たまたま手にしたのが週刊朝日だった。塾選びから受験指導まで、子どもと「一体」になっているお父さんの姿が書かれていた。

 一方の私は…。今でこそ、渋渋とか立教新座がとか言っているが、当時はホント、なんにも知らなかった。ここまで、のめり込める作者の高橋秀樹氏を尊敬した。そのコラムで桐朋中のことを知り昨年末、カミさんに「桐朋中なんて、いいんじゃない」って聞いたら、「アンタが、遠いからやめれって言うたんやないね」と怒られた。そんな事、全く記憶にない。「偏差値だって足りるわけないやないね」とダメを押された。

 わたしと、長男の中学受験を結んでくれたのが、そのコラムだった。振り返ってみれば、昨04年11月19日のこのブログ「中学受験斬り」で、初めて受験の話題を記している。影響を受けた証拠なのだ。2月1週以降は、週刊朝日を必ず買って読んでいる。だから、だまされたなどとは決して思っていない。

 長男は武蔵高ですか。わたしは、武蔵大です。ハッハッハ、参ったか…。

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2005年2月13日 (日)

親がのぼせてどうする

 渋渋に受かった1日以降、長男は参考書など1秒たりとも開いてない。すっかり遊びほうけている。ゲームはするわ、デュエルはするわ。変われば変わるもんだ。昨日はサッカーチームの練習に、勇んで行った。受験勉強との両立に悩み、チームを去る友だちが相次ぐ中、長男は辞めなかった。これは褒めてやってもいいと思う。親に似て、決してうまくはないけど。

 参考書や過去問集は、どこに行ったかというと、1日の日に無造作にダンボールに放り込まれ、階段の途中に放置されている。小5の次男は、これが気になって仕方がない。今は、吹奏楽に夢中。トランペットをうまく吹くことしか、考えてない。受験なんて毛頭する気はないと分かっているけど一応、確認のために「塾に行くか。受験するか」と聞いてみたら、頭をブルブル震わせていた。参考書が、自分に回ってくるような事態は、何としても避けたいのだ。ダンボールの前を通るたびに「お兄ちゃん! 早くチリ紙交換に出しちまいなよ!!」と叫んでいる。

 小3の三男が「オラも受験したい」なんていい出したのも、気に入らない。受験なんて言葉を出して、自分に降りかかってきたらどうする、という警戒心は解いていない。だから、弟には邪険に言う。「だったら、とっとと塾に行っちまえよ」。すると三男「オラは、2学期からと決めとるんじゃー」。

 ちょっと待て。何を勝手に決めとるんじゃ。あれほど「先着1名」と言ってるのに。私立に2人もやる金はない。左利きの利点を生かして、小学1年から始めた野球で、サウスポーとしてプロ野球界に入る。1億円以上の契約金をもたらすと、今から確約があれば話は別だけど。

 「野球を続けるという条件で受験させるか」「そうやね、早実とかならね。そしたらアタシも働かんば」。父と母、そろって、のぼせ過ぎか。

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2005年2月12日 (土)

お返しに17万円の制服等

 昨日は、長男が進学先に決めた中学・渋渋の制服やらバッグやらの購入日だった。その前日に、わたしも「行く」とは言っていて、朝9時に長男も起こしにきたけど、「今から渋谷に行って、また練馬まで戻って午後1時半から3時までテニススクールがあって、4時から仕事して、終わるのは早くて午前2時か」と思うと、やはり重い。で、やめた。母子2人だけが行った。

 会社に行くと、長男が自らの合格祝い寿司の代金、1万2600円を出したという前日のブログを読んだ部下2人が言う。「エライですね、長男は」「当然、補てんは、したんでしょ」。「いや、なんにも」と答えると「なんて、親ですか」と非難された。ちょっと、待ってくれ。

 この長男、年末の物入りの時に、1万円を落としやがった。散髪に行かせた時、カミさんが大きいのしかないからと渡した福沢諭吉さんを、「ない、ない」と、散髪が終わった後で、そりゃ、たいそうに慌てていたと、のちに理髪店のご主人から聞いた。

 当たり前だ。慌ててもらわんば。なんたって1万円なんだから。長男の1カ月1000円の小遣いは10カ月凍結と決まった。「なんで」と聞くから「当たり前だ」と、ニベもなく答えた。でも、父ちゃんは優しい。「渋渋に受かったら解除」と、助け舟を出していた。今にして思えば、また我ながら、この作戦は成功だったと思う。

 寿司はごちそうになったけど、「小遣いは? まだ、もらえんと?」とは聞いてこない。もう少し、黙っとこうか。でも昨日、何に使ったんかは行ってないから知らんけど、「制服等」で17万円を払ったと、カミさんはわたしに伝えた。

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2005年2月11日 (金)

弟が泣いた合格祝い

 初めて子どものおごりでメシを食った。合格祝いにと要求されていた「回らない寿司」を、当の長男が「オラが出す」と言い始めたのだ。いわゆる、普通のお寿司屋さんに行くと、いくら取られるか不安で仕方ない。1度だけ、近所に行ったら3万近く取られた。だから車にはなるが、明朗会計の桃太郎寿司に行こうとしたら、カミさん「帰りは誰が運転するん? お祝いやろ。わたしも飲みたか」と言う。どうしよう、となったところで「出前がいいんじゃない」。それを知った長男が「オラが出す」と言ったのだった。

 1年と少し前。お年玉の使い道を考えている頃の話だ。カミさんが長男に「アンタ、自分が受ける試験のお金ぐらい、自分で出しーよ」と言ったらしい。長男、それを真に受けて、お年玉を全部とっておいた。その何カ月後か、わたしは夕食の一杯やっている状況でその事を知り「それは、あんまりだ」とカミさんを否定した後で「渋渋の1回目に受かんなかったら、2回目以降は自分で出せ」と言ったらしい。この話、酔っ払っていて覚えていない。長男は「なんて親だ…夫婦して」とあきれたかもしれない。でも、われながら、なかなかの作戦だったと、今は自負している。

 普通の寿司屋さんの出前にしようと思ったが、以前に食べておいしかったというので、宅配専門の店にした。写真入りのメニューから選んでいる子どもたちも楽しそうだ。長男が「特上はどれ?」と聞くから、表紙にある「極(きわみ5人前)」を教えてやると「じゃ、これ」。チャイムが鳴ると、長男が財布を持って出て行った。「いちまんにせんろっぴゃくえん、です」「じゃあ、1万5千円から」なんて話している姿を、ドアのすき間から夫婦で見ていた。どう思われたろう。映画の「誰も知らない」のような世界と思われなきゃいいが。

 「おにいちゃん、おめでとう。ごちそうさま」。みんなが声をそろえた。次男も三男も泣き出した。「あっ」とカミさんが大声。「さび抜き(が2人前)って言うの忘れてた」。それでも弟2人は、寿司を口にするたびに「おいしいね」と言っていた。

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2005年2月 8日 (火)

家計の見直しは、その7だったかな

 長男の中学受験や、もつ鍋の話題で盛り上がっていたわが家だが、その最中に住宅ローンの見直し計画の方も、実は着々と進行していた。銀行への手続きが終わった。3日の木曜日、渋渋の入学金29万円と施設拡充費7万円を振り込んだ東京三菱銀行で、お客様相談課に行き必要書類の最後、公図を提出してきた。

 それにしても、時間がかかった。公図とは土地登記簿につけられている地図。わたしの物件は福岡だから、福岡の法務局にある。東京から、写しを取るためだけに、行けはしない。司法書士に頼めば簡単らしいが、「成功報酬」の名のもとに数千円も取られる。家計の見直しをしている最中に、余計な出費は本末転倒だ。電話で聞けば郵送でも大丈夫だというので、近くの法務局で申請書の書き方を尋ね、手数料500円分の登記印紙とともに郵送した。登記関係の書類を取るには、この登記印紙というヤツが必要なのだ。収入印紙とは違うらしい。

 ところが、数日経って送られてきた書類には「ご申請物件の土地(地図)には、該当する登記はありません」なんて書かれてある。「そんなはずはない。じゃあ、オレの家はどこに建ってるんだ!」とばかりに電話した。「調べますのでお待ちください」。そして延々と保留音。福岡まで電話代がいくらかかると思ってるんだ!! 結果は「地図には確かにあります。申し訳ありません」だって。しかし、いつものように「クレーマー、クレーマー」には、ならなかった。イライラがピークに達したところで、「あまり長くお待たせすると申し訳ありませんので、こちらからご連絡します」と言われていたから。ちょっとした気遣いで、気持ちは和らぐものだ。しかし、送られてきた書類には「現在、コンピュータ会社に原因を究明させております」と書いてある。人のせいに、してんじゃねえよ!!

 登記簿謄本の時もそうだった。これには土地や建物の所有者や、抵当権の有無などが書かれている。こちらは公図と違い「登記情報交換システム」なるものが導入されているから、福岡の物件でも東京の法務局で取れると聞いた。いざ出向いて、申請書類に地番や家屋番号を記入して提出すると、「大字の(町名の)後に、丁目があるはずですが」。田舎のわが持ち家は大字がつくぐらいだから、丁目なんてシャレたものはなく、3ケタの番地があるだけだ。それでも表示が変わったのかと、担当の法務局に電話すると延々待たされ、テレホンカードの数字は41減った。で回答は「その住所には、丁目はありません」。そのまんまを窓口で伝えると「でも入力しないと出ない」とか言いやがる。我慢も限界だ。「だから、ないもんは、ないって! 担当の法務局もそう言ってるのに、どうしろって言うんだ」と声を荒げると、3、4人集まって協議。何だかは知らないが、さらに1枚の書類を書かされ、しばらくすると「こちらで丁目を消してみたら出ました」と謄本を渡された。じゃあ、最初からそうしろよ。いろいろやってみてから、「できません」って言えよ。って、この時は、いつもの「クレーマー、クレーマ」だった。でも、オレが悪いのかなあ?

 審査の結果は、2週間ぐらいで出るという。「大丈夫だとは思いますが」はいつも口ぐせなんだろうか、東京三菱銀行の窓口氏。前回まで田口浩正似と書いたが、小椋佳に近いかも。でも、小椋佳は第一勧業銀行か。そんなことはともかく、審査の結果が気になる。ちょっとした受験生気分。ついこの間までの、長男の心境がわかる。

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2005年2月 4日 (金)

ありがとうございます

 このブログを読んでいただいた、すべての皆さまに感謝します。「ありがとうございました」。長男の中学受験に感情移入していただいたり、応援していただいたり。1月12日の西武文理中学から合格発表が始まりましたが、1月26日の立教新座、2月1日の渋渋と、その度に最高アクセスを更新させてもらいました。ただ1人の中学受験生の「ドキュメント」が、こんなにもなるとは思っていませんでした。本来なら、お1人お1人にお礼の言葉を届けるべきでしょうが、このシステムでは、そうもいきません。「心に太陽を唇に歌を」ブログをしているカミさんともども、この場を借りて御礼申し上げます。また、まだ受験が終わっていない方々もいらっしゃると思います。バカ親のはしゃぎっぷりに、不愉快な思いをされた方もいらっしゃるでしょう。申し訳ありませんでした。

 と言いながら、仕事休みの昨日、妻と2人で渋渋への入学手続きを終えてきました。親としては、自分が手にできなかった「立教ブランド」を捨てるのは、もったいない気もしたのですが、決めるのは本人です。何のためらいもないようでした。もともと「甘えるから、大学の付属はダメ」というカミさんの方針で、渋渋を第1志望にしたのです。「大学は国立へ。そのために塾に通わせるぐらいなら、私立に行かせても、出て行く金は一緒」なんて小市民の考えもありました。長男の選択には「男女共学」が大きくはたらいたようですが。当初、立教新座なんて、とても手が届くとは思ってなかったので、チャレンジ校に設定したのです。

 入学金29万円と、施設拡充費7万円を払って帰ると、長男「きょう、渋渋へ手続きをしていただいたそうで」なんて改まってました。「ああ」とカッコつけて答え「その後の言葉はないのかな?」と聞いたら「たくさん、お金を使わせまして」。そうじゃない、「ありがとう」の言葉が欲しかった、なんて、親の勝手な論理でしょうか。
 
 でも、頑張ったと思いますよ。突然「受験したい」と言ったのは、小5の10月。東京の常識からすると、明らかに遅い。そこから塾選びが始まり、市進学院に決めたわけですが、最初の模試の偏差値は48でした。そんなガキを、偏差値60台後半の立教新座に合格させるまでにしていただいた先生にも、感謝してます。

 昨日は合格後、初めて長男と一緒に過ごしましたが、いつもなら勉強を始めたばかりの午後9時半には、ベッドに入ってました。2月、3月は、のんびりしていいか。でも4月からは、また戦いが始まるんだと、クギをさしておきました。

 そして、わたしとカミさんは、いつまでも祝杯を挙げてました。わたしは1日から、飲みっぱなしです。

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2005年2月 2日 (水)

ホッとしただろう

 「オラ、受かったけん」。しんちゃん言葉と博多弁の混ざった電話の声は、心底ホッとしているような気がした。早くから第1志望と決めていた、渋谷教育学園渋谷中に受かってくれた。大きな声で祝ってやりたかったが、ここは会社だから控えめに「おめでとう」。それを聞いた部下の拍手が照れくさかった。

 発表の30分ほど前、午後6時半からは、落ち着かなくて仕方なかった。PHSの調子が悪いから、報告は会社の電話に入ってくる。7時直前に何本か仕事の電話をとった時は、正直「なんだよ、仕事かよ」と心の中で叫んでいた。その打ち合わせをしている最中に、それらしき電話がきた。部下が「こんにちは」なんて話しているから、もう仕事の話は上の空。「どうだった、なんて聞くなよ。まず、オレに結果は聞かせろよ」。人づてに聞きたくないから、「はよー終われ、電話をかわりたい」。頭はそんな考えでいっぱいだった。

 自分が何をしたわけでもないけど、前夜は眠れなかった。それでも、ボーッとした頭でテニススクールに行った。会社にくる地下鉄は、「kit kat」のラッピングだった。車内には「きっと。サクラサクよ。がんばれ受験生」のメッセージ。広告もすべてキットカットだ。必死のゲン担ぎのあと、これは吉兆だ、なんて思おうとした。

 仕事のピークが過ぎた午後9時過ぎに電話した。「喜んどるか?」と聞くとカミさん「喜んで喜んで、今、救命病棟24時なんて見とるよ」。そういや、午後9時のテレビなんて、1年以上見てなかったもんなあ。「ダンボールば、持ってきたもんね。(受験の)資料を全部入れるって」。もう封印するのか。「明日も、あさっても、受けて見らんのか。渋渋は特待生があるやろ。それを目指して」と言ってみたが、「無理に決まっとろうもん」と一蹴された。何もしていない親の、ばかな欲深さだった。

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2005年2月 1日 (火)

中学受験の不思議な仕組み

 仕事が終わり「午前8時部長」の横を通ると、冷蔵庫を指差し「(ビール)入ってるよ」。「ごちそうさまです」って、喜んで一番搾りのプルタブを開けている場合じゃない。今日は長男の大事な日。本命・渋渋の試験日じゃないか。

 渋渋より偏差値の高いとされる、チャレンジ校の立教新座に受かったとはいえ、学校公開で「一目ぼれ」し、早くから第1志望と決めた学校には思い入れがあるようだ。発表日の夕方にダウンはしたけど、また翌日から机に向かい続けているから、気の緩みもなさそう。試験は第1回目が今日。そこで受かればいいんだけど、日程は2日、3日、さらには6日と続く。「敗者復活戦」? と思いきや、そうでもないらしいのだ。最初にこのシステムを聞いた時、わたしは不思議で仕方なかった。

 東京の私立中入試は、2月1日に一斉に始まる。そして、いわゆる御三家と言われる麻布、開成、武蔵の試験日は2月1日だけ。そのほか難関校といわれる学校も1日だけのところが多い。2日に1度だけ試験を実施する有名校もある。これらの志望者は、後のない1発勝負。長男が1月25日に受験した立教新座は、その「滑り止め」の1番手ともいえる。御三家などに不合格だった児童は、難関校の下、わたしの長男が本命にしている渋渋などに、2日あるいは3日に参戦してくるというわけだ。だから、渋渋に入ろうと思えば、1日の試験が最も難易度が低く、2日、3日の合格偏差値は上昇する。6日は何のため? 5日にブランド校である慶応中等部の試験があり、手ごたえを感じられなかった児童が、また参戦してくるのだ。だから、それなりに難易度は高い。長男には今日1日が最大のチャンスで、落ちてしまえば救われる可能性は減っていく…。

 結果は即日発表で午後7時。2日の第2回受験の願書締め切りは午後7時半。だからカミさんは、受験料2万2000円を持って見に行くらしい。うまくできたシステムだ。さらには、あらかじめ2回3回受験を申し込めば、セット割引もある。「最初から4回ぶん申し込んどけば」と提案したら「縁起でもない。それに、ムダになるかもしれんやないね」と怒られた。立教新座の発表日、わたしはテニススクールに行っていた。「1日も行こうかいな」と聞くと、カミさん「行って、絶対に行って」。そんなゲン担ぎしか、わたしにはできない。だから今日は出社前に、テニスに行かなければならない。そして会社で、カミさんからのメールを待つ。

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2005年1月28日 (金)

ノロじゃなくてよかった

 合格発表当日、長男がダウンしてしまった。「お祝い、何が食べたい?」「焼肉!」と言うから、行き先は安楽亭。みんなで「おめでとう」と祝福しても、顔色は青く、苦痛の表情だ。「車酔い」。そう言ってトイレへ。確かに新座まで往復1時間40分ドライブはしたけど、次男、三男と違って車には弱くない。それに1度吐いても、気分はすぐれないようだ。結局、長男はカミさんに伴われて家に帰った。

 しばらくして、わたしたちも帰ると、長男はソファーでぐったり。「ノロウイルスじゃなかろうか」とカミさん。「違う! 」と願いも込めてわたし。「いきなり吐き気じゃなくて、その前に微熱が出るとか風邪のような症状があるはずだ」。「でも、こいつ(三男)は、いきなり吐いたやないね」。「うーむ」。とにかく、少しでも症状が出ればすぐ知らせろ、夜中でもなんでも起こせと言い聞かせてベッドへ見送った。

 まあ、疲れも出たのだろう。まず、受かんないと思ってた中学に受かったもんだから、張りっぱなしだった緊張感が、一気に緩んだのかもしれない。でも、まだ試験はある。大事に至らなきゃいいが、と思ってたら、翌日、つまり昨日は回復していた。「次はいつ、焼き肉に連れてってくれると? オラ1切れも食ってないんだよ」なんて減らず口をたたいていたから、大丈夫だろう。

 わたしも、どうも気分が悪いのだが、これは原因がはっきりしている。安楽亭では5人前を想定して注文していたから、残された3人で食った食った、そしてわたしは飲んだ。家に帰っても、カミさんと祝杯。「飲まん方がいいっちゃないと。病院に行くようなことにならんとも…」「タクシーで行きゃいい」「そうやね」。まったく、なんて親だ。でも、2人とも、うれしかったんだもん。これが飲まずにいられるか。そして飲みすぎた。

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2005年1月26日 (水)

暖かかさが痛みを癒やした

 まぶたの裏を、じわっと濡らしたものは暖かかった。

 じっと午後2時を待ってもいられなかったので、わたしはテニススクールなどに出かけた。ドキドキしながら帰ってきたのが午後3時10分。長男もいる。カミさんもいる。でも態度から結果を推察できない。取り繕っているようでもあるし、沈んでるようでもある。まあ、立教新座中は実力以上のチャレンジ校。落ちてもショックは少ないのかな。カミさん「自分の目で見りー」というからパソコンに向かった直後、我慢し切れなくなったのだろう。小3三男が口を開いた。「お兄ちゃん、受かったんだよ」。振り向くと長男が笑っている。「ホントか」。抱きしめてやろうと近づくと、このやろう、逃げやがった。追いかけて、お構いなしに抱擁してやった。じわっと涙がわいてきた。

P1260171 しかしだ。ホームページでの発表は、あくまでも参考。正式な発表は本校での掲示をご覧になるか、本校よりの通知で必ずご確認ください、とある。「行くぞ!」「どこへ?」「掲示を見に」。

 てなわけで、片道50分かけて、しっかり3人の目で確認してきた(写真)。何枚も写真など撮っていたから、長男は塾に遅刻した。これって、本末転倒か。第1志望、渋渋の試験日まで、あと6日。

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痛い目に悲しい涙は避けたい

 目が痛いんです。今にも、血がしたたり落ちてきそうな気さえします。事実、先週、久しぶりに会った上司は「オマエ、その目は、どうかしたんか。真っ赤やないか」なんて言ってましたから。

 昨年11月に始めたブログにハマってしまって、家でもずっとパソコンに向かってる。会社では、自分のノートパソコンの横に、もっと大きな端末があるのです。ITなんて無縁だった40男が、ここまで目を使ったのは初めてですから、限界を超えたんでしょう。

 実は12月も同じような症状がありました。その時はノロウイルスのおかげで、丸3日パソコンに向かえませんでした。ノロウイルスの退散とともに、目の痛みも消えていました。

 でも今回はパソコンには向かい続け、昨日は子どもの中学受験の付き添いで、朝7時に家を出ました。ふだんなら、仕事を終えて一杯やって、家に帰ってくる時間です。ほとんど寝てません。きついんです。

 その立教新座の結果は、きょう午後2時発表です。子どもはその時間まだ学校にいますから、帰ってきてから一緒にネットを見るって、カミさんは言ってました。わたしの乾いた目を潤すのは、うれし涙なんでしょうか、悲し涙なんでしょうか。

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2005年1月19日 (水)

本命受験までになくなれ涙

 きょうは仕事休み。塾に行った小6長男の帰りを待って午後7時半、久しぶりに家族そろって家での夕食。家族団らんといった感じ。小3の三男「お兄ちゃん、ごはん食べ終わったらデュエルしようね」。カードを使った戦いごっこ、という説明でいいのかは分からないが、わたしもカミさんも、とっさに反応した。「デュエル?」。わたしは、そのあとの言葉を飲み込んだが、カミさん「そげなこと、しとる暇があるんか!」と一喝。でも「ちょっとぐらい、してくれてもいいやんか」と三男が頼み込むので、3兄弟はカード遊びに興じ始めた。

 危機感はないのかね。確かに西武文理には受かったけど、次は立教新座ですよ。「10は偏差値が違うっちゃけん」とカミさんが言う。その試験は1月25日。あと6日じゃないか。まあ、もともとダメもとのチャレンジ校だったけど、1度だけ偏差値が66まで上昇したもんだから、周囲はあらぬ期待を持ってしまった。でも本人の意識は「受かるわけないやん」なのかもしれない。それはそれでいいのだけど、第1志望の渋渋だって、2月1日が試験日。もう少し切羽詰まっても、とは思うが、これ以上は言うまい。

 そのうち、長男が「あっ…」小5の次男「(三男が)泣き出した」。どうやら2人の標的が三男に一致したようで「ずるいやんかー。みんながオラを狙ったら負けるに決まっとる…」とホントに涙を流して泣いてる。イライラ気分のこっちは酒の勢いもあって「泣くぐらいなら、ゲームやらするな!」。三男、エーンとひと際大きな声を発し「もう、いい」と隣のパソコン部屋に逃げ込んでしまった。まあ、いいか。とにかくゲームは終わった。と、しばらくして長男が「また、泣きよるよ」。何だよ、今度は。三男に訳を聞くと「(パソコンが)遅い…」とポツリ。どうやら、パソコンを立ち上げてゲームをしようとしたらしいが、わが家のパソコン、本当に遅い。1度見てもらおうと思ってるが、それにしても…。あきれ返ってしまったカミさん「涙が余っとるんじゃないと。幸せなヤツやね」と吐き捨てるように言っていた。

 まあ、理由は何であれ、今のうちに泣くぶんにはいいか。涙を枯らしといてくれないか。2月1日までに。

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2005年1月14日 (金)

焼き鳥屋で祝杯

 約束したから祝杯は挙げなきゃ、トリ年に羽ばたくために、ってなわけで焼き鳥屋に向かった。とは言ったけど、行きつけの店で、ただ私が飲みたかったから。だいたい、家族で食事をするのは、昨日行った焼き鳥大吉か、ステーキのBigBoyか、焼き肉の安楽亭か、回転寿司のスシロー、すし銚子丸しかない。家族は5人。予算を考えれば、このあたりになる。

 わが家から歩いて20分ほどの勝手知ったる道を、長男と次男はどんどん進んでいった。わたしの単身赴任時代からだから、この店との付き合いは、もう7年になる。家族でも月に1~2度は必ず行っている。塾の長男を除いた4人で先に行き、「終わったら大吉さんに来い」と言ったこともあった。だから、店の前で待つなんてことはせず、2人は先に入って座っていた。わたしら残り3人が入ると、女将さんが「おめでとう」。「てめえ、もう自慢しやがって」「違う、わたしが聞いたから」と女将さんは弁護したけど、1月10日が試験なんて話したかな。まあ、いいや。うれしかったのだろう。ビールとウーロン茶で「乾杯」すると、隣の知らないお客さんも「乾杯」と言ってくれた。いい気持ちだ。2月にも同じ気分を味わいたい、って受験するのはオレじゃないし、何の協力もしないけど。

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2005年1月12日 (水)

最初のサクラは咲いた

 午後3時13分、PHSが鳴った。「受かったよ」。今日は会議で、普段より3時間近く早い1時半に出社していた。会議も終わり、することもないので、会社の近くを散歩していた時だった。カミさんのPHS番号が表示されたので、そのつもりで答えたら、変声期を終えた野太い声だった。「おめでとう。明日は仕事が休みだから、お祝い行くか」「お祝い? 第1志望じゃないよ」なんて、かっこつけてやがる。でも、さすがに明るく弾んでいた。カミさんに電話を代わり、思い出した。クギを刺すのを忘れた。ほっとけば、オレと同じで、どこまでも舞い上がってしまうタイプ。カミさんのブログに、短所はとことん父親似と書かれた。だから66まで上がった偏差値が、直後に54だ。と、カミさん「もう、ゲームやら、しようよ」。やっぱりか…。

 まあ、今日ぐらいは、いい気持ちにさせといてやろう。発表前は「落ちた方が危機感が生まれて、いいんやない」なんて言ってたが、やっぱり受かるに越したことはない。それに、偏差値急落でヘコんでいたから、これ以上の落ち込みは危険だったかも。中学受験は、まだ始まったばかり。2月、本命の渋渋までは長い。

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きょう午後3時

 で、入試の手ごたえは、西武文理は、どうだったのか。昨日11日、午後0時30分に起きた時、長男は次男とカードゲームに興じていた。「そんな暇があったら、べんきょ…」と言いかけて、やめた。どうも体が重い。まだ風邪が抜けきってないのだろうかと、もう1度寝た。

 起きたら3時を過ぎていた。今度は勉強していた。そして自分から話しかけてきた。「まあまあ、よかったよ」。「ほう、それは、それは」。ゆっくり話している暇はない。急がなきゃ遅刻だ。メールチェックをと、パソコン部屋に入るとカミさんがいた。「なんや、おったんかい」。なら、ブログで会話するのは、やめようよ。とカミさん、ゲンコツを2つ鼻の上につけて「こげん、なっとんけんね」と言う。スポーツ新聞によくある、天狗の鼻が妙に太く長く、その横に「あっ!!」凄い!!蘇る男の自信、なんて広告が頭をよぎり「また、でかくなったんか」と聞くと、「違う、チンチンじゃない」。ブログに長男のチ○チ○がテカイし立派と紹介したのは、オマエじゃないか。「天狗になっとうけん、鼻っ柱を折ってやって。偏差値66の時も、そうやったろ」と真面目に言うから、勉強している長男のもとへ歩み「そうか、よかったか。受かってりゃ自信にして突っ走れ。落ちてたって、いいやないか。どうせ、行かん学校やし」と話していると、後ろから頭をポーン。「励まして、どうすると」と突っ込みが入った。結果は今日の午後3時にわかる。受かってりゃ、この場で自慢しますから、便りがなければ不幸だったと思ってください。

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2005年1月11日 (火)

どうだったんだろう

 昨日、1発目の受験だったはずだ。どうなったのだろう。家を出るころには当然、長男は西武学園文理のある狭山からは帰ってきてなかったし、あれから13時間、わたしはまだ会社にいる。普段なら、仕事の合間に電話の1本もするのだが、昨日はとても、そんな暇もないほど、忙しかった。今、確認したけど、メールもきていない。1度、お気楽なメールがきた時「そんなメール、会社にいる時によこすな」とカミさんを怒鳴り上げたので、まあ、こないだろう。当然、電話もあるはずない。でも、やっぱり気になる。どうだったのだろう。帰って、家が悲劇に包まれてなければいいが。

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2005年1月10日 (月)

埼玉で小手指いや小手調べ

 いよいよ今日だ。市船橋と鹿実の決勝戦。って、昨日も同じ書き出しか。長男の中学入試1発目が、あと数時間に迫っている。昨日、一昨日とこの話題を書いて、おかげ様でこのブログ、連日アクセス数が自己最高を更新してしまった。12月6日の98を越え一昨日、初めて大台を突破したと喜んでいれば、昨日は143。週初め月曜日の6倍だ。本当にありがとうございます。

 この勢いで今日も、といきたいのですが。ネタがありません。昨日、午後3時に起きた時には、長男は塾に行って家にいなかったし、今は当然寝ている。「せい、セイ、何かな? 星稜だ」以来、会話はない。何せ夫婦の会話も、ブログを通じてしているぐらいだから。今日受験する西武学園文理は埼玉県の狭山にあるとカミさんが言ってたから、練馬のわが家からは1時間半は、かかるだろう。だから、もうすぐ起きてくるんだろうけど、待って激励を、なんてことはしない。普段通りが一番だ。それに、わたしは今日の仕事が早いのだ。普段は午後4時からだけど、2時には行かなきゃなんない。だから、2日続けてカレーも食ったので寝る。

 ところで、ここにきて感染性胃腸炎が猛威を振るっているようです。神奈川の施設で死者が出たようだし、広島・福山で7人死亡の施設でも、感染性胃腸炎の代表的な感染源であるノロウイルスが原因という。わたしと小3三男2人が屈した様子は、12月25日付に記してありますので、よろしかったらどうぞ。わたしのブログ、今もってこのページへのアクセスが一番多い、ということは、流行している証拠でしょうか。予防策は手洗いと、うがいしかないようで。わたしは、セロテープを口にくわえる癖があるが、そのようなことはなさらないよう、どうか、お気をつけください。ほとんどの感染は口からです。

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2005年1月 9日 (日)

叱咤し続けられると

 いよいよ明日だ。高校サッカーの決勝、じゃないか、長男の中学受験1校目。でも、ダメみたいだ。「ええと、第2試合は、市船橋対セイ、セイ…せい、なに?」。昨日は家族で高校サッカーの準決勝を見ていた。やっぱり気になる九州対決。第1試合は国見対鹿実。国見が完封負けで連覇を絶たれた時、長男がさっきの言葉を発したのだった。わたしとカミさん、顔を見合わせ「受験生が、あげなこと言いよるけど」「やっぱり、ダメか」「ゴジュウヨン様以下かもしれん」。で2人そろって、ため息を「ハーッ」。やっと星稜が読めた長男「セイリョウだ、せいりょうだ。松井だ。ねっ、星稜といえば松井だよね」と取り繕うのに必死。「そんな問題じゃない」と相手にもしなかった。

 ここにきての偏差値急落。その責任は、わたしにあるんじゃないか、と最近、思い始めている。もともと「やりたかったら、やればいいやん」と言ったのは、まったく無関心だったから。ところが昨年11月、渋渋の学校説明会に行ってから、中学受験は他人事じゃなくなった。「いい学校だ。いい教育方針だ。オレが小6なら、絶対に行きたい」。当時の心境は11月19日付をご覧ください。それ以来、長男のダラダラぶりが、やたら気になるようになった。「その、何もしないでダラダラしてる時間、何とかならんのかな。1日の、そのダラダラを足せば、すぐに1時間ぐらいになるやろ。そしたら、過去問の1つぐらい、解けるやろ」などと、口出しを始めたのだ。説明会で、「これまで親子関係がギスギスしていたでしょうが、これからの時期は、リラックスさせてください」と言われたのと、正反対のことをしてしまった。

 おまけに、わたしの勤めている会社の本社は福岡。入社以来13年11カ月の変遷は、小倉(2年9カ月)→東京(3年5カ月)→福岡(11カ月)→東京(6年10カ月)となっている。ということは、次の→が、いつあるとも限らない。実際、家も福岡に建てたしね。上司も心配顔で「転勤になったら、どうするんか」と聞いてくるから、きっぱりと答えた。「(福岡に)転校させますよ。合格することが目標じゃなくて、そこに至るまでの過程は、必ず本人の力になっているはずですから。受かる落ちるは結果に過ぎない。ブランドが欲しいわけでもないし」。カッコつけてるわけじゃなくて、本心だった。でも、本人に言う必要はなかった。休日の夜、目の前で勉強している長男に、酒が入ったいい気持ちで、さっきのような一席をぶっていた。その場では、うなずいていたが、どうだったろうか。「受かんなくていい」と安心したか「転校させられるかもしれない」と心配になったか。どっちにしても、身の入り方が違ってやしないかと。

 上司の前では、あのようにぶってみたものの、今は「渋渋に行ってほしい。オレのできない英語を、あの教育環境の中で学んでほしい」と本心から思っている。それなのに合格圏から努力圏への転落。「オレがいかんかったんやろうか」とカミさんに相談すると「関係ない、ない。他の人の成績が上がっただけ。そしたら偏差値やら、落ちるに決まっとろうもん」と一笑に付し、パソコン部屋に引っ込んだ長男にわめき始めた。「なして、ゲームやらするとか! そげなもんで疲れて、どうするんか。疲れるんなら、勉強して疲れろ」。そして「ああ、すっきりした」。よかった。偏差値急落の原因は、オレじゃなかった。やっぱり、わたしは、何も言わないでおこう。

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2005年1月 8日 (土)

川向こうの付属大学

 大学を卒業してから17年も経つのに、初めて野球部のユニホームを見た。今、テレビでだ。仕事から帰り、何気なくつけたケーブルテレビで、何かないかな、と番組表を表示させると「首都大学40周年記念 プロ・アマ交流試合」などという番組を、G+(じーたす)でやっていた。原辰徳父子(東海大)が、ともに監督をしている試合の、プロにもアマにも、わが武蔵大の選手が2部なのにいる。そういや00年秋のドラフト翌日、たまたま母校を訪れた時は、大変な騒ぎだった。大学始まって以来のプロ選手の誕生、それも巨人。経済の講座を受けに行ったはずなのに、封筒にはスポーツ新聞のコピーが何種類も入っていた。毎日タクシーで仕事帰りに通る母校正門の横には、指名を喜ぶ横断幕まで登場していた。その主の小野剛投手は現西武に在籍。翌年、2年連続の武蔵大ドラフトという快挙を成し遂げた丸山泰嗣内野手は、ロッテから昨季ヤクルトへ移籍した。しかし、PL出身のアナウンサーなどに、実況してほしくなかった。日テレの上重君、アンタ立教でしょ。首都大学と何の関係もないじゃないか。

 と、誇りを持っている母校なのに、中学受験には煙たい存在らしい。武蔵大には中学、高校も付属しており、おんなじ敷地内にある。所在地は東京・練馬区。今、わたしが住んでいるのも練馬区。知ってる人は知ってるだろうが、中学、高校は、麻布、開成と並んで、東京では御三家の一角を占めている。長男が受験を決意した時の、母親同士の井戸端会議。ある主婦「おたくなら、武蔵中も狙えるんじゃない」。カミさん「いや、とても、そんな」。別の主婦「でも、今の武蔵は偏差値が下がってるらしいわよ。いらん大学が、ついてるから」。さっきの主婦「そうねえ。いらん大学がねえ。人気も落ちてるしねえ」。カミさん「…」。

 帰ってくるなり言われた。「もう、アンタのせいで、ずっと黙っとかんと、いかんかったやないね」。でも、納得できる井戸端話だ。大学と中高の間には濯川(すすぎがわ)という小川が流れ、中高生からは「川向こうの大学」とさげすまれていた。1歩で越えられる川なのに、あまりに大き過ぎる偏差値の差。希望すれば高校生の誰でも大学にこれるのに、そんなヤツは1人もいない。東大はもちろん、早慶上智なんて、当たり前の世界だろうから当然か。そんな大学に5年(アレッ!?)もいれば、こっちは慣れてる。付属中、高というよりも、こっちが付属だ、付属大学だ。そのぐらい開き直って、笑いを取ってこい。しかし「いらん大学」はないやろ。誰か、その主婦は! オレが行って言うてきてやる!! と息巻くと、「やめて、たのむから武蔵出身って、言わんで。ここ(練馬)におられんように、なる」。

 大学進学で上京して、その街が気に入って今も練馬に住んでいるのに。カミさんも、「(最初に住んだ)葛西(江戸川区)なんかより、すごくいい。住みやすい」と、ずっと喜んでいるのに。練馬に家族がきて3年、それまでシャレっぽく大学の話はしていたが、わが大学の「正体」を目の当たりにしてから結婚以来、少しはあった尊敬の眼差しが、今は完全になくなった。

 偏差値「ゴジュウヨン様」の長男には、常々言っている。「渋渋を出て武蔵大に入るようなマネはするなよ」「うん、でも、なんで」「おかしかろう。高い金をかけて中学、高校に行かせて、地方の公立(中、高)のオレと一緒か」。カミさんは滑り止めと、おこがましいことを言っている西武文理の入試まで、あと2日…。

 そして、すみません。武蔵大OBの方々と、先輩、友人、知人の方々、後輩にも。そこまで笑われる大学じゃ、ありませんよね。学習院、成蹊、成城と4大を形成してますから。ぶらさがってますけど。わたしは、大学にはほとんど行ってなかったけど、愛校心は人一倍です。

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2005年1月 7日 (金)

合格祈願まだ行けない

 すみません。また更新を4日ほど、やめてしまいました。恥ずかしながら、また、風邪です。ただ医者に行くと今度は急性胃腸炎ではないそうで、インフルエンザの検査もしてもらったのですが、幸いそれもなし。「風邪ですね」。「それが病名ですか」。「まあ、風邪症候群でしょうか」。昨年、急性胃腸炎にかかってからというもの手洗いに、うがいは欠かさなかったのですが。大晦日を襲った再びの豪雪のせいか、そんな中で行った、護国寺の初詣でのせいか。皆さまも、お気をつけください。

 会社では邪険にされ「エーッ、ウイルスなんですか。うつるから、帰ってください」と言われたのが4日の夕方。でも1人の部下は核心をついた。「ここ(会社)にいた方が、お子さんのためじゃないですか」。その通りだった。わが家には、中学受験を控えた偏差値「ゴジュウヨン様」がいる。会社を出てカミさんに電話した。「帰ったら、そのまま病院に行くから。そのあとも(リビングを通らず)2階(の寝室)に上がるから」。「そこまで気を遣わなくていいよ」の答えを期待していたが、返ってきた言葉は「ああ、そうしてくれたら助かる」。でも、洗面所に行くためには、リビングを通らざるを得ない。帰る前に電話をすると、リビングにはカミさんと次男と三男。「あれっ、(長男は)」と尋ねると「あっち」と、リビングに隣接したパソコン部屋に「避難」していた。かたくななまでに、接触を阻まれた。

 そうまでして受けた5日の模試なのに、結果はかんばしくなかった。第一志望の渋渋も合格可能性は50%。5日の仕事が終わってから休みの昨日6日も、夕方まで寝室から出なかったわたしをカミさん呼びにきて「もう、いいよ。一緒にいても」。「でも、熱でも出たら」と言うと「熱でも何でも出ればいいったい。風邪がなんね。どうせ落ちるんやから、ハッハッハ」と、吹っ切れたように叫んでいた。最初の入試である西武学園文理の試験まで、あと3日。まだ合格祈願に行けてない。

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2005年1月 2日 (日)

偏差値急落「ゴジュウヨン様」

 「公約」通り、昨日あれから紅白を見た。ほとんど早送りしてみたけど、やはり時間はかかる。酔っ払ってるから、1人でもテンションは高い。思えば、会社からタクシーの車中、ジョナサン、そして紅白を見ながら飲みっぱなしだ。ビールから始まり、日本酒は久保田、麒麟の酔茶チューハイは、あまりうまくない。烏龍茶割はサントリーより、宝焼酎の烏龍割りの方がうまいか。それとも高いだけか。なんで、こんなに値段が違うんだろう。って、興が乗ってザ・ベストテンまで見てしまったから、カミさんも子どもも、みんな起きてきた。何時に寝たかは覚えてない。

 目が覚めたら午後3時だった。気持ち悪い体をリビングまで運ぶと、小6長男が勉強してる。そりゃ危機感も募るだろう。年末の模試で、偏差値を66から54まで急落させやがった。だから「ゴジュウヨン様」と散々馬鹿にしてやった。武蔵大に行った、オレの萩高校時代の偏差値まで下回ってどうすんだって。合格圏内にいた渋谷教育学園渋谷(渋渋)や立教新座や城北は、みんな有望圏を突き抜けて努力圏まで下がってしまった。だから、今年は新年会も中止した。たかが中学受験を大げさなものにはしたくなかったが、この惨状じゃ仕方ないし、正月から机に向かわざるを得ないだろう。西武学園文理は腕試しと言ってたけど、そんな甘い考えは通用しないんじゃない。試験まであと8日。

 でも、せっかく起きたのにテレビも見れないし、カミさんと話をしようとしても「うるさい」って言われる。やることがないから、気持ち悪いこともあったので、もう1度寝た。起きたら午後6時。すっかり暗かった。家族で初詣でぐらい行こうと思ってたのに、1歩も外に出なかった。あーあ、たった1日の休日、それも正月を無為に過ごしてしまった。

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2004年11月19日 (金)

中学受験斬り

 「中学受験」。田舎出身のオレには全く無縁だったのに、今は本気になっている。「うらやましいよなあ。あんな中学校ならオレが行きたいぐらいだ」。学校公開から帰って、小6の長男に本心からそう言ってた。「渋渋(しぶしぶ)」。最初に聞いた時は、何のことか分からなかったが、渋谷教育学園渋谷中学校の略。渋谷駅から徒歩6、7分。ファッションビルなどが立ち並ぶ一角の、地下1階、地上9階の校舎は、かっこよかった。

 だいたい、渋谷なんてところに足を向けたことは、ほとんどなかった。東京に出てきたのは18歳。進学先に決めた武蔵大は、23区の端っこ練馬区にあるし、住まいも練馬。渋谷なんて身近じゃないし、用事もない。根っからの田舎者だから、物おじして行けなかったことも理由の1つではあるが。でも、東京に越してもう4年になる長男には、そんな「遠慮」はない。だから堂々と「渋渋」を第1志望にできるんだ。何だか、うらやましい。

 さすがに渋谷の学校だから、グラウンドがないのもいい。冬の体育、ひたすら走るだけの苦痛なんてないんだ。そんな話をしながら「いいよなあ」とつぶやくと、「まだ行けると決まったわけじゃないよ」。「なんでか。模試の偏差値は合格圏内に届いとるんやろうが」「そうだけど、過去問がね…」カミさんが口をはさんで「理科が10点なんよ」「あーっ…??」。
 
 ついこの間まで「高い学費を払わなくていいから、落ちてくれないかな」などと本気で考えていた。でも、かっこいい学校を見てしまったから「頑張れよ。まだ時間はある」なんて今は励ましている。考えが180度変わって、すっかりその気になったから、行ってもらわなきゃ困るのだ。と、小3の三男が突然「オラも受験したいなあ」。頭の中は、また180度回った。冗談じゃない。私立に1人なら何とかなっても、2人3人なんて、とんでもない。「わが家では、中学受験は先着1名さまとなっておりますから!! 残念!!」。本気になる前に、バッサリ斬っておいた。

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