すみません
前回、父の死を越えて、やっとブログに文章が記せるかな、なんて書いた矢先に、また訃報が…。今月、身内の死は、もう3人目ですよ。それも、若者の死は、さすがに、やり切れません。葬式のことを振り返って書こうなんて気には、なれなくなってしまったので、どうか、お察しください。
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前回、父の死を越えて、やっとブログに文章が記せるかな、なんて書いた矢先に、また訃報が…。今月、身内の死は、もう3人目ですよ。それも、若者の死は、さすがに、やり切れません。葬式のことを振り返って書こうなんて気には、なれなくなってしまったので、どうか、お察しください。
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優勝しちゃいましたねえ。交流戦なんて、イヤな思い出しかなかったのに。日本ハムが優勝するまでになるとは、感ひとしおです。
でも、14連勝とかもしたらしいんですけど、のめりこめなかったんです。このブログ、すっと更新してなかったのには、訳があって。
親父が最近、死んだんです。とても野球に、思い入れる余裕もなくて。勝ってるなあ、とは思ってたけど、14連勝してたころは、別世界の出来事でした。
まあ、優勝とはいっても、しょせん交流戦。ダルビッシュも言ってましたけど。今日からの2試合は、消化ゲームじゃ、ありませんよ。心配ないとは思うけど、そのへんを、ハムナインには、わきまえて、戦ってほしいな。
最近、親父をなくしまして。そういう意味では、昨日の、巨人尚成には、共感するものが、ありましたねえ。寝てないんでしょう。でも、気持ちは高ぶってたんでしょう。わたしも、そうでした。尚成のお父さんは64歳。わたしの父は、66歳。きのう、スポニチだったかな。尚成のお父さんは、肝不全でなくなったとか。長らく、肝硬変と闘っていたとかで、ウチと一緒です。32歳で、父親をなくしたくはないでしょう。わたしは42歳ですけど。
64歳とか66歳って「まだ、若い」って言われる年齢です。昨日の尚成の投球は、プロ野球ニュースで見たけど、「気」ですよね。負けるはずはない、と思ってました。わたしも、父の死からしばらくは、へんな精神状態でしたから。しっかりしてると思ってるのに、突然、感極まったりね。いろんな、経験をしました。決して、巨人ファンではないけど、どちらかといえば、アンチ(もう死語か)巨人だけど、尚成は、良かったね。ウチの親父は、突然入院して、酸素吸入器をつけた口で「昨日の、巨人は、どねーしたんか」と聞いておりました。そんな段じゃ、ないっていうのに。さすが、長嶋世代の巨人ファンは、思い込み度が違います。病室で、変に、感心しました。
でも、親の死ってのは、いろんな意味で、心にきますね。でも、浸ってる場合じゃないんですね。喪主なんてことになっちゃったんで、死後、すぐに葬儀屋との打ち合わせとか、手続きとか。葬式を出すって、ホント大変だ。伊丹十三氏が、「こんな面白い世界はない」って言って「お葬式」という映画をつくったわけが、わかりました。
そんな出来事も、余裕があったら、このブログに記しましょうか。やっと、そんな心持ちになってきたし。三男の「甲子園への夢」は、うちひしがれましたんで。日本ハム観戦記は、書いていきますよ。10回の、1死一、二塁の代打は小田か? 坪井だろ、なんてことをね。
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序走は終えた。球はきてた。雨でぬかるんでたグラウンドを走って、汗もかいた。
終わったあとのビールがうまいんだなあ。「もう1本」は、やめたけど、焼酎を飲んだ。
これが、いけないんだなあ。「アンタ、なして、朝、これだけ走って、腹が出とうと」。
走った後、飲んで食べてる。
今から、寝ます。
イカンよなあ。帰ってきて、2時間近く、飲んじゃった。
子どもは、朝練に、カミさんは、その当番に行った。
明日は、頑張ろう。いや、頑張れ。
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三男は、旅に出てしまった。小学校の移動教室とかで、軽井沢。
いいよなあ。わが家族で、オレだけ行ったことないんだよなあ、軽井沢。妙義山に登るんだって。オマエは、元上毛新聞の、記者かって。クライマーズハイか、っちゅうの。
でも、野球部の4人は、朝4時半から走るって、目論んでっだって。見上げた根性だ。帰ってきたら、また、さらに成長してるんだろう。
朝、走んなくてもいい父親は、今週は、飲み週間だ。今週は、ウサ晴らしに、とことん、飲むぞ。部下、いや、同僚ぞ、覚悟しとけよ。
しかし、パ・リーグが全勝、って、何なんでしょう。せっかく、巨人に勝ったのに。意味ないっちゅうの。火曜日に、初めて勝ったのにね。
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一晩寝て、起きたら、あの重いからだは軽くなってた。ダルビッシュは、どうだろうか。小6三男が聞いてきた。「なして、ダルビッシュは、投げんと?」。Tシャツは、背番10の木元から宗旨替えして、今はプラス1のダルビッシュ。この間の、東京ドームで、買ってやった。「ダルか稲葉」だって。「旬」が、よく分かってるよなあ。
ダルはLサイズしかなかったけど、それでも、ちょっと大きいぐらい。3年前は、子ども用の「2」小笠原だったのに。足のサイズは26.5センチだ。わたしと一緒。今日からは小学校の移動教室らしいが、カミさんが「10」をバッグに詰めようとしたら、怒ってた。「ダルは?」「大きかろうもん」「木元は3分7厘やろ。ダルがいい」。
子どもは、正直です。東京ドーム最後のファン感謝デーで、「握手してください」と勇気を振り絞って言い、声が小さくて聞こえないから、木元に「何?」と聞き返されて「握手してください!」。「そうか」と言われて、頭をなでられ、うっとりしていたのに。ウチの子のためにも、早く帰ってきてくれ、木元! Tシャツがお蔵入りしてしまいそうだ。
話が横道にそれましたが、もう少しそれると、三男は鶴岡捕手が、大好き。そうだよねえ。チャッチボールの相手をしてもらったもんねえ。2時間以上も並んだ、ファン感謝デー。清水投手の指導を受けながら、ツルちゃんが「ナイスボール!」って言ってくれた。清水投手が、わたしに言ってくれた。「野球やってるんですか?」「はい、何か、アドバイスは、ありますか?」「きれいな、フォームです。今は、何も言わないで。野球を楽しくするのが、一番です。何か言うと、楽しくならなくなるでしょ」。
だから、あれから4年、ずっと何も言わずに、楽しくチャッチボールをやってた。今、報告したい。「ありがとうございます。おかげ様で、区のベスト8までに、なりました」。清水も帰ってこい! 鶴岡が出てると、三男はうれしそうだ。あの時、まさか正捕手になろうとは、思ってなかった。わたしは、信二が好きだけど、5番を小田が打てるんなら、捕手はツルちゃんの方がいいなあ。あのしぶといバッテイングは、好感が持てる。
で、何が言いたいかと言えば、ダルビッシュが投げない原因を「体が重いから、休むらしいばい」とカミさんに伝えると、なぜか日本ハムにはまったく興味のないカミさんが、昨年の9月からダルファンになり、今年は三男と2人で東京ドームに行くようになって、「わたしも、体が重いっちゃけど、今日の仕事、休んでよかろうか」。
体が重い、の意味を、履き違えてる。だって●キロ。それは、カミさんにもプライドがあるから、書けません。でも、今は中3になる長男を身ごもった時から、わたしの体重を超えました。それから、きっと、抜かれてません。わたし、いくら食っても飲んでも、太らないんですよ。65キロ以上には。
こんなことを書くはずじゃなかったのに。最近、このブログ、アクセス数が増えてます。なんで? と思ってたら、聞けば、カミさんが奥さん連中に、紹介したとか。ある人は「2時間も読んだ」なんて言ってくれたらしいです。コメントを残してくれると、うれしいな。
本当は、三男好物の、もつ鍋を食べたら、家族に笑いが戻った話から、このブログの「キラーコンテンツ」もつ鍋を東京で食べる方法を記そうとしたのですが、横道の、ぶっちゃけ話だけで行数がいっぱいに、なりました。この記事のジャンルは、どうしましょうか。「もつ鍋」「日本ハム」できてくださった方、酔っ払いに免じて許してください。休みの昨日は、もつ鍋をさかなに、たくさん飲んでしまいました。
さあ、今日から交流戦だ。でも、いきなり巨人戦は、きついよなあ。今年の日程は、日本ハムにとって、どうかしてる。去年の日本一なのに。って、仕方ないか。開幕カードがそうであるように、一昨年の成績をもとに組まれてるんだろう。でも、まだ、6ゲーム差。今年こそ、交流戦で順位を下げることのないよう、今年こそは、勝ち越そうよ。去年の今頃は、首位に立ったんだよなあ。
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あけまして、おめでとうございます。
新年の、ごあいさつが遅れ、更新が滞りすみません。
同僚からは、言われてたんです。
「いい加減に更新しろ」って。
でも、小笠原が移籍して、その後も
モヤモヤがたまりっ放しで、
このモヤモヤは、会社がそうさせたんですけど。
それで、そんな気分になれなくて。
さらに会社が、1月1日に、引越しだって。
1月1日ですよ。
今日、部下が出してきた勤務表は
12月31日の出社が16時で、退社が32時30分、ですって。
32時30分って、何時なんだ!
1月1日に、10時前に帰ったわが家では、
カミさんと子ども3人が、なぜか、NHK教育テレビのアニメ「メジャー」を見てました。
わたしも、ハマってしまって、寝たのは
放送終了の正午近く。
これが、新年の始まりです。
なのに、なんで更新する気になったか。
2日の仕事を終え、帰ってきた3日の朝方、
GAORAを見てたから。
「祝 日本一! そしてありがとう SINJO! ファイターズ29時間マラソン」。
やっぱり、わたしの活力は、ハムなんだなあ。
楽しみにして、会社でも見てたんだけど。
ただ、昨年の試合VTRをタレ流ししてるだけじゃないか。
もう少し、何か、工夫してくれよ!でも、見出すと、とことん見ちゃうんだよな。
今、放送している9月15日の試合は、一塁小田、三塁小笠原だった。
じゃあ、小笠原が抜けても、一塁小田で、いいじゃないか。
穴なんてない、そう思ってこのブログを書いているわけです。
「天才」小田は、昨年の契約更改で、初めて年俸がダウンしたそうな。
あれだけ、開幕直後は打ってたのに。
あの活躍をシーズン終盤にしていれば、
大幅アップは間違いない。でも、やっぱ、印象が違うんだろうな。
その天才に、今年はかけてみてもいいんじゃないか。
セギノールも帰ってこなくていい。一塁でも指名打者でも、
小田でいい。そう、思うよなあ。
日本一になった日、札幌で
知り合いが連れてきたオッサンと飲んでたけど。
そのオッサンとは初めてで
そのオッサンに絡まれて、
どうしようかと思ってたけど、
その人も、小田の話を出すと「天才」って言ってたぐらいだから。
わたし、背中から腰にかけて
ものすごく痛みが走ってるんで
このあたりで寝ることにします。
その原因は、誰も分かりません。
ただ、飲んで帰ってきた年末の早朝に
トイレで「痛ーい」って大声を出したみたいで
あまりの物音に、カミさんも子どもも起きてきたら
わたしが、仰向けで
ひっくり返ってたそうです。
便座がひん曲がっていたとかで。
「どげんしたら、こげんなると」と、カミさんは聞いたけど
答えられるはずも、ありません。
わたしが聞きたい。
「オレは、どげんして、どげんなって、こげんなったと?」
皆さん、ご自愛のほどを。
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厳罰って報じられてるけど、そうなのかなあ。日本ハム球団が、エースだった金村に対する処分を発表した。罰金200万円と、プレーオフ終了までの出場停止だとか。200万なんて、2億以上もらってる男には、小遣いみたいなもんだろうし、プレーオフ出場停止だって、本人が「自分は投げないんじゃないですか」と言ってた通りになっただけのこと。登録抹消も、「顔も見たくない」っていう願いが、そのままだ。交代を告げたヒルマン采配を「非情」と伝えた新聞もあったが、非情でもなんでもない、交代が遅すぎたぐらい。「温情」を、エースと思い込んでいる投手が、気づかなかっただけだ。
なんて、嫌味っぽい言い方は、このぐらいにして、謝ってるんだから、許してあげてもいいんじゃないかなあ。確かに重すぎる放言ではあったけど、本人も、それに気がついたんだから。
わたしなんて、酒の席の翌日は、おわび行脚だ。気が大きくなるのか、暴言を吐き、悪態を突き。1回や2回じゃない。
ついこの間も、福岡に出張した際、会社の上司や先輩や後輩、だれかれ構わず当り散らし、挙げ句、雨の降りしきる中洲の路上でも先輩に絡み、最後には1人、博多の路上でフラフラになっていた。翌日、ホテルで目を覚ますと、一張羅のジャケットがない。1軒目の居酒屋にもない。2軒目のスナックに確認しても「腕に持って出ていきましたよ」。その後の、中洲の路上か、タクシーか、博多の路上か。タクシー協会に電話はしたけど、いまだに、見つかりましたの連絡はない。折りたたみの傘は、持ってたんだけどなあ。なんで、ジャケットを持ってないのかなあ。東京に帰って、カミさんにメチャクチャ怒られ、それでも次の会合に着ていく服がないからと、紳士服のAOKIで買ってもらって行った席で、また暴言。そこは、カミさんも一緒だったから、翌日には突き刺さるような怒りが飛んできた。あれから5日、まだ、しこりは取れない。
まあ、わたしは酔っぱらってのことだけど、金村は酔っぱらってなかった。金村の発言を聞いたカミさんは「なん? 酔っぱらっとったと?」と聞いてきた。さらに、「アンタ、わたしが、おらんところで酒ば飲んだら、ぶっ飛ばすけんね」だって。ああ…
でも、金村の、その時の感情は、降板直後の投手なんて興奮状態にあるんだから、酔っぱらいの感情と一緒だろう。許してあげても、いいんじゃないかな。殊勝に頭を下げてるんだから。理不尽な行動だったけど、本人は自分の今の立場が分かってなかった。大人のやることじゃなかった。それに気付くのが遅すぎたんだ。でも今、気がついた。ならば、同じ過ちは繰り返さないだろう。
プレーオフや日本シリーズに向けて、金村の投げないハムの戦力ダウンを言われるが、それもないだろう。今の金村、投げさせても確率的には負けるんだから。橋本でも立石でも、だれでもいい。須永でも正田でも江尻でも鎌倉でも、なんなら木下でも、2軍にはいくらでもいるだろ。金村が投げる試合と、勝率はそう変わらないはずだ。
金村は改心して、投球も昔に戻ればいいのに。アウトローに、ボール3分の1をコントロールできるピッチャー。そんな金村に戻ってくれ。金村も災い転じて福。明日からソフトバンクとの大“二”番を控えたハムも、そうなってくれ。このまま負けて3位に終わるんじゃ、このシーズンは何だったんだ。1位へ連勝。西武は1つ負ける。他力に頼るしかないのは思うにまかせないが、とにかく、周囲に「やっぱり、あのせいで」と言わせないでくれ。
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「裂肛」と診断されたのは、先週の月曜日、7月31日だった。その1週間後に、また悪魔がやってきた。左足中指の「骨折」。舌の根も乾かぬうちに、じゃなく、ケツの穴も直らぬうちに、左足を固定された。居ても立ってもいられなかったのに、立つこと、歩くことも不自由になってしまった。ここんところ、毎週の休みは病院通いだ。あーあ。
「どやった」。整形外科から電話したカミさんが聞くから答えた。「骨折の疑い」。「やっぱり、折れとったんね、よかったねえ。ネタができて」。ブログの記事のために、体を提供してるんじゃない。ともかく、左足は包帯でグルグル巻きに固定された。
1カ月ほどには、左足の裏に原因不明の水ぶくれができて、やはり歩くのもままならなかった。水疱は、皮膚科で針をさして潰してもらった。2960円を支払った。内訳を見ると手術の欄に477点とある。針を刺すだけで手術かい! それだけで4770円…3割負担でも1430円。なら、自分でやったのに。「水虫ですか?」と聞くと、「わかりません」。原因も分からないのはつらい。足の裏は治ったけど、横がただれてきている。
今回の「骨折」は、出張した福岡の会社で起きた。トイレに「大」をしに入った。その際に、わたしはズボンを脱ぐ。足を上げた瞬間に激痛が走った。なんだ、と思うと、目の前に洋式便器があった。陶器だから固い。思いっきり、左足の中指をぶつけたのだった。普段「大」をする、家とも東京の会社とも距離感が違ったので、ぶつけてしまった。翌日は真っ赤に腫れ、翌々日は紫に変わり、4日経っても、しびれるような、しみるような痛みは治まらない。昨年、左足の親指を骨折した時と症状は似ている。よもや、と思ったけど、案の定。人生42年目にして、2度目の骨折。それも2年続けてとは…。
さらに、その「原因」が思わぬ波紋を呼んだ。「なして、トイレでズボンば脱ぐと?」「普通、そやろ」「いや、ひざの下までおろしても、脱ぎはせんやろ」「脱がな、落ち着かんやろ」。昨日、行った焼き鳥屋でも聞いてみた。ズボンを脱ぐ人はいなかった。ということは、わたしの異常な行動が、アクシデントを呼んだのか。ただ、わが子の1人は、ズボンどころかパンツまで脱ぐことが判明したけど…。さすがに、それは、やり過ぎじゃないか?
わたしの体は、左足の裏と横、中指を治療中。皮膚科と整形外科が一緒で良かった。さらにケツと、満身創痍。しかし…
○日本ハム7-0ソフトバンク
この時期にきて、投も打も満身創痍のハムなのに、よく勝ったなあ。こんな快勝は今季初じゃないか。スッキリした。
でも、わたしの気持ちもケツもスッキリしない。この場合、男女の区別はないだろう。世間一般的に、「大」の時にズボンは下ろすだけか、脱ぐのか。さらには、パンツまで脱ぐのか。わが家は「家計調査」の真っ最中だけど、「はばかり調査」をして欲しいぐらいだ。
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このブログを始めたのは、04年の11月16日、タイトルは「ケツの穴は見せない」だった。あれから1年と8カ月。あろうことか、ケツの穴を見せてしまった。それも、わが家で、家族全員に。
外痔核とか内痔核の診断は、ここ数年、人間ドックで受けていた。それでも日常生活に影響することは、なかった。しかし5日前、会社で便意をもよおしたのだが、あまりに忙しくって、トイレにも行けなかった。数時間が経って、ようやく便座に腰掛けると、固い便が通過した。その時からだ、ケツにズキズキした痛みが走っているのは。昨日までの3日間、仕事は休みだった。カミさんが小5の三男と2泊3日のサッカー合宿に行ってしまったから。一昨日などは残された子ども、中2長男と中1次男とともに出かけた池袋のデパートで、下痢をもよおしたからたまらない。ほうほうの体でトイレに駆け込むと、和式しか空いてない。「洋式なら、ウオシュレットがあるかも…。でも、待てない…」。直接、トイレットペーパーを当てると激痛が走ったが、子どもの前では、何食わぬ顔をしていた。もし、この3日間が仕事だったら…、仕事にはならなかっただろう。
昨日、長男は学園祭の準備で学校へ、次男は友達の家へ。我慢の限界だったところに1人になったから、意を決して「肛門科」の門をたたくことにした。その直前、カミさんからメールがきた。「かわりない?」「「子どもは変わりないけど、オレの尻が大変。今から病院へ行く」「尻って、痔ね?」「きっと」「あら、たいへん。おだいじに」。こんな状況で、シャレてる場合か!
十数年前も肛門が痛くて、自転車で肛門科の前まで行った。でも、入る勇気がなかった。しかし今は、そんな羞恥心はない。なにしろ毎年の人間ドックで、肛門を触られている。直腸がんの検診らしいが、診断は前記の通り。直腸がんの検査のため、腸透視を受診したこともある。肛門からカメラを入れられる。その姿は屈辱だ。だから、なんのためらいもなく、肛門科の門をくぐった。
診察は痛かった。「すみませんが、もう1度、痛みが走りますよ。もう1度、機械が入りますから」。指だけかと思っていたら、いつの間に機械を入れてたんだ。そりゃ、痛いわけだ。「お尻の力を抜いてください」。看護婦さんは軽く、誰にでも言ってるんだろうけど、そりゃ無理だ。自然と激痛を警戒して、力が入ってるってもんだ。で、診察の結果は「裂肛」。肛門の前の方が裂けてるらしい。「肛門は、腕の皮膚などと違って裂けやすいものですから。気にすることは、ありません」「切れ痔ですか」「そうです。でも、今すぐに手術とか、そう深刻なもんじゃ、ありません」「あのー、イボ痔も、まだ、あるんでしょうか」「ありますけど、ホント小さいもんです。気にするほどのものでは、ありません」。安心していいのか、悲しむべきなのか。
合宿から帰ってきたカミさんは、疲れたのか、ソファーにデカい体を任せ、ほとんど寝入っている。目が覚め、まだ10時前なのに「寝る」と言うから、止めた。「なんね」「薬、塗ってくれ」「あー、痔のね。尻ば、出し」。そう言いながら、今まで寝てたもんだから、手の動きがおぼつかない。わたしの渡す薬が、震えて受け取れない。塗り薬とはいっても、先端部は細く、途中まで肛門に入れたら押し出す注入薬のようなものだから、手許が狂われるわけにはいかないのだ。それに、まだ寝てない子ども2人も、隣の部屋でパソコンをしてるし、来られたら恥ずかしいし、などとグズグズ言ってると「なら、いい。寝る」「いや、待ってくれ、塗ってくれ、入れてくれ」。40過ぎた夫婦が、なんて会話をしてるんだろうか。騒がしかったのだろう。子ども2人がドアを開けて顔を出した。「くるなー」。そう言っても面白がって引き下がるはずもないし、だからソッと済ませようと思ったのに、結局おろしたパンツを上げるわけにも行かず、2人は上下に顔をのぞかせている。何とかドアは閉めさせたものの、薬が入ると「痛い、痛い、いたーい」と、ほとんど衆人監視の状況だ。ドアを開けて出てきた次男、「今、カンチョーってしたら、どうする?」なんて聞いてくるから、パンツを上げながら「殺してやる」と言ったら、ゲタゲタ笑いやがった。
しかし、早く治さないとなあ。3週間後には帰省が待っている。萩までは新幹線で新山口(旧小郡)まで4時間40分。さらに1時間10分のバス。薬は2週間分だから、それまでには、治るのかなあ。でも、2週間、薬を入れ続けなきゃ、治んないよなあ。
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1杯の、とんこつラーメンが、われわれ夫婦を危機から救ってくれた。東京・人形町の「しばらく」。スープを一口すすり、「うまい」「これよ」「懐かしいねえ」。犬も食わないケンカをして、1週間、会話のなかった夫婦が、まろやかになった。
仕事休みの朝に、起きたら、カミさんがいた。あれっ、始めたばかりの仕事に行ってるんじゃ? 「今日は休み」「なら、ラーメン、食いに行こうか」「ラーメンやら、食べたら太る」。もう、太っとろうもん、と口まで出かかった言葉を飲み込んで、続けた。「とんこつぞ。しばらくぞ」。「なら、行く」。
わたしたち夫婦の出会いは、18年前に住んでいた福岡・西新だった。その翌年の89年、南海がダイエーになり、福岡・平和台を本拠にした。野球好きの私は、現・カミさんを連れ、観戦へと十数回は行った。平和台と西新。その共通点は、博多ラーメンの「しばらく」。平和台観戦後は「しばらく」で祝杯を挙げ、野球がない日には、わたしが住んでた西新の「しばらく」に、ラーメンを食いに行った。あれから18年。今、住んでいる東京の、ちょっと遠いけど、人形町に「しばらく」が進出したと聞いた。行こう! やっと行けた。
あふれんばかりのスープを受け取る皿がある。これだ、このスタイルだ。とんこつでありながら、とんこつ臭くないスープが、般若のような顔をしていたカミさんをも解きほぐしてくれた。「西新に住んでたんですよ」。思わず大将に話しかけると「ありがとうございます!」とお礼を言われた。
さらに、人形町のすぐ近く、箱崎には、わたしの出身地、山口・萩が発祥の、うどん店「どんどん」がある。ラーメンを食った後、「じゃあ、うどん食おうか」といったら「なん、言いようと」とあっさり、断られた。いいか、こんな遊びの会話も、1週間なかったから。また、来よう。
博多ラーメンしばらくのホームページは
こちらです。
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どうも、ここのところ起き上がれない。確かに会社では相当なストレスを感じ、出勤が7日ほど続いたから、かなり蓄積しているんだろうが、それにしてもおかしい。後輩が相次いでかかった、インフルエンザかロタウイルスにでも感染してしまったか。8日ぶりに休みだった昨日も、昼過ぎに1度は起き上がったものの調子が悪く、テニススクールに欠席の電話をして、再び布団にもぐりこんだ。
ところが、そんなことに全く構わないヤツがいる。カミさんだ。午後3時ぐらいに激しくドアを開ける音とともに「ただいまーっ」の大声。今どき、子どもでも、こんな元気には帰ってこない。出しておいたわたしの着替えがまだあるから「あらっ、まだ寝とうとかいな」と、2階にまで聞こえるようなひとり言。そしてドスドスと階段を上り、バーンとドアを開けて「パーパーッ、どっか悪いとーっ」。とても、人の身を案じているとは思えない叫び声だ。「ああ」とか「うー」とか答えようとする人の言葉を聞こうともせず、「病院に連れてって欲しいっちゃけど」。そういや、小6の次男がケガをしたとか言ってたな、と思いながら布団に入っていると十数分後、「下りてきてくれんかいな。病院の場所とか説明したいっちゃけど」と、また叫ぶ。仕方ないから、布団を抜け出した。
「なして、こげん毎日忙しいとかいな。子どもを病院にも連れて行けんやないね」と誰に話すわけでもなくしゃべり、「アンタはいいねえ。こんな時間まで寝れて」。ちょっと待ってくれよ。毎日10時間以上、1週間も続けて深夜まで働いて、寝たのは朝の5時なんですけど。それに、アンタは趣味のコーラスサークルに、今まで行ってたんでしょ、と反論しようとしても、「なんやったかね」と言いながら、病院の地図を書いている。交差点の名前は「?」で、なんとか自動車のとなりの、なんとか商店街の入り口にある、宮本外科だって...?。わかるか!!。
まあ、いいや。診察券に住所が書いてあるからネットで調べりゃ分かると思って、質問もせずに聞いてたけど、「わたし、バカやが。2回も行ったとに、なんていう商店街か思い出せん」とか言ってる。まったく、その通りだ。カミさんの地図じゃあ、きっと行けなかったろうけど、ネットのおかげですんなり行けて、ああ商店街ね、病院は看板の真下だ。「覚えとけよ。こんなわかりやすい名前なのに」。そう、次男に言ってた。帰って「確かに商店街の入り口やったね」と伝えたら「そうやろ。で、なんちゅう名前やったっけ?」。「…」。思い出せない。
わたしの脳年齢は64歳。カミさんは71歳。初挑戦した時の「脳トレ」判定は、正確だ。
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仕事も終わり、そろそろ帰るかと、ふとPHSを見ると、カミさんからメールが届いてた。仲直りもしたし、愛のメッセージか、いや、そんなことはないと、見てみると
「お寿司を食べに行ったから、ごはんは何もないです。食べてくるか、適当に食べてください。鬼嫁みたいに言わんでよ。作っておいても食べてくるんだから」。…。
適当に食べてください、って、何もないと伝えてきて、何を食えというんだ。確かに、昨日も飲みにいった。帰ってブログを書き終わった朝には、みんな、起きてきた。ここ最近、ほとんど家で飯を食った記憶はない。でも、今日は違うんだよなあ。
仕事が早いんだよなあ。いつもより、5時間以上も早い、午前10時には家を出なきゃいけないのに。だから、真っすぐ帰って、風呂に入って、飯を食って、すぐ寝ようと思ってたのに、それでも5時間も寝れないのに。飯がない…。
給料日だからって、オレ抜きで家族4人で寿司を食いに行きやがって。さぞ、おいしく、楽しかったんでしょうね。だいたい、食べてこいと言われても、人の財布からキャッシュカードを抜きやがって。下ろせやしなかったから、金もない。これは、周到に用意された、計画的犯行に違いない。わたしは、まんまと、はめられてしまった。
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なんで、ホリエモンの逮捕で、われわれ夫婦が、怒鳴り合いの大ゲンカをしなきゃ、ならんのだ。
仕事休みの昨日は、ずっと、そのニュースを見ていた。「実体のない会社は、こうなるよなあ。ライブドアなんて会社、IT企業とはいっても、実態は何やってんだか、わからんやろ」などと持論を展開していると、カミさんが「ほか(のIT企業)だって、わかるもんかいね」と反論を始めたその時、楽天の三木谷社長がテレビ画面に映った。「楽天だって、同じようなもんやろうもん」とカミさん。「いや、違う」とわたし。「なして違うなんて、アンタ言えるん?」と、突っかかってくる。
「だからあ!!」。わたしは声を荒げてしまった。「楽天はインターネットに一番大きい仮想商店街をつくったやろうが。何の実体もない、ライブドアとは違うと!」などと必死になって説明しても、反応は「ふーん」だけ。そして「わたし、三木谷さん、キライやもん」とぬかしやがった。
「キライ? 誰も、好きとか、キライとかの話は、しよらんやろ! 人が真面目に説明しようのに」とさらに声を荒げると、「何、ムキになりよん? バッカやないと? なん、三木谷さんば、かばいよーと?」とくる。かばう? 同学年という共通点はあっても、なんで見ず知らずの人間をかばわな、ならんのだ。そして、どこから、「かばう」なんて発想が、出てくるのか。その後も「アンタ、わかるん? それ、ホントね、アンタが見たんね」などと、人の説明にいちいち突っかかってくるから「ホントのところは、わからんよ」と言うと「ほら、わからんやないね」とこうだ。あったまにきて、「そしたら、そこにあるテレビだって、ビデオだって、ほんとにソニーとか、シャープがつくったんか、わかるんかー」などと怒鳴ってる。本質から外れて、収拾がつかなくなってしまった。
「実録鬼嫁日記」の存在は知っていたが、昨日、初めて手にとった。古本市場で見つけ、パラパラッとめくると、あまりにおもしろいので買ってしまった。バスに乗り、運転手の直後の席で何度も吹き出してたから、おかしいヤツと思われたかもしれない。福岡の物語だとは知らなかった。「鬼嫁」は熊本、「カミさん」は福岡だけど、同じ九州女…。
「おもしろいよ」とカミさんにすすめてみた。東野圭吾の直木賞作品を中断して読み出したが、アレッ? 反応がない。しばらくして「どう?」と聞くと、「なんか、そうでもないねえ。普通っていうか、常識的で驚きがない」と言って、東野圭吾に戻ってしまった。あれが常識ねえ…。口角泡を飛ばす勢いでケンカを挑んだオレが、バカらしくむなしい。
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いやー、きれいきれい、って、何がきれいかと言えば、東京の夜空。
満月じゃない、三日月なんだけど月が、光ってた。
思えば、17年前の春、初めて東京に出てきたとき、
寂しくなって夜空を見上げた時
「今日、曇ってますね。星が見えないですから」って言った時、
住み込みで働いてた、新聞販売店のオヤジさんが言った。
「東京じゃあ、星は見えねえんだよ」。
「そうなんだ」。寂しく悲しくなったのを、思い出した。
でも、今、星も見えてた。
東京だって、空気が澄む時間も季節もあるんだなあ。
その場所からは、17年も経つのに
歩いて5分も離れてない。
今、午前5時45分。
なんで、こんな時間に外に出たかと言えば、
それは、言えないなあ。
禁煙中だから。
でも、きれいだった。さっきまで、仕事のモヤモヤが
心の中に充満してたから。
モヤモヤは、少し晴れた。
自分の煙で、少し汚したかもしれない。
そういや、最近、雨が降ってない。
部下に同意を求めたら
「洗濯物が、よう乾きます」
だって。
早う、結婚せえ。
仕事中のフロアでは、「M1グランプリ」がついてた。
録画してきたから、結果を知らずにいたいから
「見るな」って言いたかったけど、
1台じゃない、複数台ついてたから、言ってもムダだった。
さらに、電話した先の受話器の向こう側からも聞こえたから
相当に注目されているのね。
決勝は、「圧勝、圧勝」って言ってた。
「笑い飯」という名前は聞いたけど
対戦相手は、覚えてない。
カタカナだったから。
今、ビデオで「ブラックマヨネーズ」
に笑ったところ。
年のせいか、カタカナが覚えられなくて
良かった。
わたし、英語だけじゃなく
世界史も、偏差値38でした。
解答用紙に全部
アメンホテップ4世
と書きました。
ビデオで、ガチンコの世界を
楽しんでます。この戦いは、どうなるのか。
それとも、もう寝ようか。
若者が一生懸命の世界に
妙に心が新鮮になって
外に出れば、空の美しさに心が洗われて
こんな文章を書きました。
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いろんなことを経験させてもらえた、東京から福岡へ1泊2日の出張だった。
眠い目をこすって羽田空港に到着したのは、12月8日午前8時45分。9時20分の飛行機に乗るためだ。自動チェックイン機に航空券を入れても手続きできない。「なんでだよ」とブツブツ言いながら有人カウンターへ行くと「出発が遅れまして10時の見込みです」「えーっ」。その程度の遅れは何てことないが、それなら、そうと言ってくれよ。あと40分寝られたじゃないか。1時半まで仕事をして、羽田空港近くのホテルでベッドに入ったのは、午前4時。4時間も寝てないし、「寝過ごすわけにはいかない」という重圧で熟睡できてないのに。と、航空券と一緒に500円の喫茶券をくれた。なるほど、だから自動チェックインできなかったのか。寒くって、温かいコーヒーが飲みたかったので、ちょうど良かった。
福岡の宿泊先は、グランド・ハイアット・福岡。こんな高級ホテル、初めてだ。好き好んで選んだわけじゃなく、ここしか空室がないと言われたから。往復の航空券と宿泊がセットになった、いわゆる「出張パック」。ヘタすりゃ、片道の正規運賃より安く往復できて、ホテルもついてくる。どんな料金システムになってるのか、よく分からないが、使わない手はない。9000円のオプション代金は痛かったが、ここしかないんじゃ致し方ない。
チェックインしたのは午前2時ぐらいだったか。「スイート…」とか言われたけど、酔っ払ってたので適当に返事をして部屋に入ると、スイートルームじゃないか。何かの間違いじゃないかと、慌ててフロントに引き返して確認すると「あいにく満室でして、狭い部屋がご用意できなくて、申し訳ありません」だって。こんなおわびも珍しい。興奮しながら中洲の街に出て、何時にどうやって帰ったか覚えていない。目が覚めた時には、ベッドルームの床に寝てた。せっかくのスイートルームが、もったいない…。よくよく歩いてみると、5人で住んでいるわが家よりも、広い感じがした。
二日酔い、というか、さっきまで飲んでたから、酔っ払った状態で福岡空港へ。と、また、自動チェックインできない。「また遅れるのか」とブツブツ言いながら有人カウンターへ行くと「お席の確認をしてまいります」。?? クラスJを取ったのに、ないのかな、と不安がよぎった。これも好き好んでクラスJにしたわけじゃない。この便の空席が1席しかなく、それがクラスJと言われたから。2000円のオプション代金は痛かったが仕方ない。それに、体がキツいので、クラスJに座りたかった。
「クラスJは満席でして」(やっぱりか…)「お隣のお客様が、かいじょけんをお連れで」「はっ?」「介助犬です。ご了承いただけますか」「ええ、何の問題もなく」。席に行くと、いたいた。大きい犬が、ベタっと座っている。盲導犬なら知っていたが、介助犬は初めてだ。目がすごくかわいらしいし、何よりおとなしい。ワンもキャンも、一言も発さない。さすがに離陸の時には不安そうに起き上がったが、たしなめられると、頭を下げた。立派だ。着陸は、もっと不安だったのか、わたしの足に体をすり寄せてきた。子どもが大きくなって、寄り付かなくなった今、介助犬の仕草が、何ともいとおしかった。
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もう2週間も前の話だけど、車がヘコんだのには伏線がある。アトピー性皮膚炎に苦しむ小4三男の症状が、冬になってひどくなってきたので、近くのかかりつけ医に行った。わたしの体質そのままだから、責任も感じている。かねてから、血液によるアレルギー検査を、行きつけの整体師や薬剤師から勧められていたので、親子そろって受けようとしたわけだ。
ところが、まあ病院の混雑のひどいこと。2時間以上待った。医師は検査を快く引き受けてくれ、1回に11項目しか出来ないと言われたので、11項目を埋めなきゃいけないと思い、ダニやらハウスダストやら、牛乳やら卵やら、原因になりそうな物質に、ひたすらチェックマークをつけていった。で、会計。2人で1万円を超えた。「すみません、持ち合わせがないので、下ろしてきます」。大恥をかいた。さらに、薬局では4000円以上。医療費とはいえ、1万5000円もの出費を、わが家は簡単に許せはしない。そんなに、金がかかる検査なら、先に言ってくれよ。いや、医者はそんなこと言わないか。3週間分も薬を出す必要があるのか…などとモヤモヤしながら運転していたから、悲劇は起こった。と言い訳をする。
家に帰って、さらに怒りは増した。処方された塗り薬の「プロトピック」という名前は確か「発ガン性があるから、絶対にダメです」と言われてた軟膏じゃないかなと、薬剤師に確認したところ、やっぱりそうだった。治癒効果があっても、発ガン性が指摘されている薬を処方する医師に対する信頼感は、一気にゼロになった。わたしは、その薬を、過去に何度も塗っている。
さらに後日、怒、怒、怒…。検査結果を聞きにいった診察の場で「この検査は、こんなにお金がかかるんですか」と勇気を振り絞って聞いてみると「1項目1200円です。3割負担だから、自己負担は360円です」。11項目だと、4000円弱か。前回の会計も納得がいった。さらに、医師の言葉が続いた。「費用がかかりますんで、それでも検査をしますか、と確認してるんですよ」。はっ? アンタ、前回、一言でも、そんな話をしたっけ?? もし聞いてりゃ、家計の見直し中で、出費制限を強いられてるわが家は、11項目も選ばず、選び抜いたはずだ。よくまあ、しゃーしゃーと、そんなことが言える。
でも、その医師をかかりつけ医として、3年以上通っていたのも事実だし、混雑しているのも、事実なのだ。この現実を、どう説明すれば、いいのだろう。
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会社の大先輩のお父さんが亡くなったので、昨日は、お葬式に行ってきた。87歳、大往生。などというのは、他人の勝手な思い。いくつであろうが、どんな原因だって、悲しみに差があるわけではない。夫に先立たれた奥さまの仕草が、わたしの胸を打った。
失礼ながら、足腰も立たない、自分の力では歩けない老女が、亡き夫のそばから離れようとしないのだ。号泣しているわけではない、泣き崩れているわけではない。ただただ、心のままに体が動いている。そんな風に思えた。お別れの場面では、棺おけにすがりつき、夫の顔をなでてほおずり。その姿はいとおしく、こんなに愛されたご主人は、さぞ幸せだったろう、と感じずにはいられなかった。
帰りの電車の中、同い年41歳の同僚と話した。「カミさんは、あんな風に、してくれるやろうか」「オレ(の妻)なんて、棺おけのふたをしめる時に、『フッ』って、笑ったりしてな」「その場に、いないかもしれん」「熟年離婚なあ、あるよなあ」。駅から家に帰る、真冬の風が、体に冷たかった。
帰ったら、カミさんがいた。「どうやった」と聞くから、その様子を伝えた。そして聞いた。「アンタも、あげん、なるんやねえ」「誰が?」「アンタが」「誰に対して?」「オレに」「なして?」「いや、夫婦やから」。
突然に、カミさんの声が大きくなった。「バッカやない! なして、アンタの顔やら、なでな、いかんと? 気持ち悪い。ほおずり? 冷とう、なっとっちゃろ」。まだ続いた。「アンタ、いくら言うても、酒ば、飲みようやろ。そげな人に、できるもんかいね」。いたたまれなくなったので、寝た。
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うーっ…車がヘコんだ。心もヘコんだ。ぶつけてしまった。あーあ。あれから6日。通るたびに思い出す。
ぶつけようのない怒りというか、車をぶつけたというか、なんで工事中なんだよ。家まで、あと少しで、通行止めと看板が立っていて「右か左に迂回して」と横柄な態度で言われ、左に行こうとしたら、一方通行の出口じゃないかっ! わたしの通過を何台かが待っていたので、あわててバックすると「ガン!」。やべえ、後ろの車にぶつけたか…とドアを開けて飛び出すと、その手前で止まってたから、まずはホッ。でも後ろの左コーナーは、カーブミラーにめりこんでいて、方向指示灯のオレンジと停車灯の赤いプラスチックが、バリバリと落ちてきた。あーあ。
しかし、こんなこともあろうかと、車両保険に入っといたんだ。単独事故もOK。1度目事故の免責は、0にしておいた。昔、スパシオに乗ってた時代、わたしが左のドアをこすると、間髪を入れずにカミさんが右のドアをこすった。修理代は左が11万、右が9万で、わたしに軍配、って言ってる場合じゃない。ただのバカ夫婦だ。タウンエースに変えても、東京に引っ越していきなり車庫入れでこすった。その時の傷は車両保険に入っていなかったので治せないまま、これを教訓に保険に入りなおしたのだった。はやりのダイレクト保険。車両を加えても保険料は安くなった。
怒り狂うカミさんに、「保険でおりる」と胸を張って答えると、「なら、いい」。しかし、保険を使えば等級が落ちる、ということは保険料が上がる。その総額は3年間で2万6000円という案内は事故報告をした際にもらったが、カミさんには黙っておいた。しかし翌日、担当者が決まりましたとの連絡の電話にカミさんが出てしまい、2万6000円の案内もされてしまった。当然のように言われた。「あんたが、払いーよ」。あーあ、うまくいったと思ってたのに。
事故から6日。担当者の顔写真が入った案内書が届いた。テレビコマーシャルとおんなじだ。それを真似て「わー、すごーい」と驚いてみたら、カミさんも中1長男も、さげすんだ目で見てた。
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あれから、もう1年か。この場所でブログを開設したんだなあ、と思うと、ちょっと感慨深い。1泊2日の人間ドックの最中、昨年の11月16日に宿泊先のホテルで初めての挑戦をしたのだった。先駆者は「30分もあればできるよ」と言ってたから、寝る前に、ちょっとの感覚だった。ところが悪戦苦闘。無事開設できたのは、朝の5時9分と、高層ホテルから見る東京副都心の街は、すっかり明るかった。結局、一睡もせずに、2日目の検査に突入してしまった。結果が良かろうはずもない。
1年間の累計アクセス数は3万8529。最高は5月10日の241。最低は昨年12月15日の12です。多いのか少ないのかは、よく分かりませんが、こんなページにアクセスしていただき、感謝します。このブログを通じて、多くの方と知り合えました。ご覧いただいた皆さん、コメントをよせていただいた方、トラックバックをつけてくださった方、みなさん本当に、ありがとうございます。
感慨に浸ってると、また眠れそうにない。昨年のテツを踏みそうですから、この辺で。昨日からのわたしは、人間ドックで、一応ホテルに入院中なのですから。ぐっすり寝て、今日の検査に備えます。タイトルも、1年増やさなきゃかな。
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昨日は、8日ぶりの仕事休みだった。だいたい休みの日は台所に立つので、昨日もそうしていると、夕方7時前に、サッカーの練習から小6の次男が帰ってきた。「ただいまーっ」とリビングのドアを開けると、わたしの背中が目に入ったのだろう。「おーっ、パ、パパーッ」。久しぶりの対面だ。しかし、そこまで歓喜の声を上げてもらうと、うれしいじゃないか。
「休みなの」「ああ」「と、いうことは…」。次男、おもむろに冷蔵庫を開けると、「あった、あったー。やっぱり、サーモンだ」。目当ては、わたしではなく、大好物である生サーモンの刺身だった。
休みの日には、夕食の買出しに行くのが、わたしの日課。車で15分ほどのショッピングセンター、その専門店街の肉屋さんや魚屋さんは、近くのスーパーより、はるかに安いのだ。ここなら、手を出すのにはばかられる、サーモンも買うことができることを、次男は知っている。ちなみに、もつ鍋用じゃなく焼肉用で、ちょっと高いけど、生ホルモンの大腸やミノも置いている。
しかし冷蔵庫をのぞいた次男「きょうは、サーモンの量が少なめですな」とつぶやいた。だってねえ。行く前にカミさんに言われたんだもん。「アンタ、買ってくるのはええけど、金はやられんけんね」。どうやら、今月は予算オーバー。そりゃ、富士山にも行ったからねえ。で、「何とか1000円だけ」と折り合いをつけ、アジとサーモン、そしてカツオやらマグロやらの入った切れ端の盛り合わせ、それも2割引きのシールが貼られるのを待ってたんだから。
「家計の見直し」。その実践はつらく厳しい。そして今日からは人間ドック。「家計の見直し」がきっかけとなり「体の見直し」をした1年間の総決算だ。フラバン茶効果がどう出ているか、水を毎日2リットル飲み続けた結果はどうなのか、楽しみだ。
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しばらく、すれ違いが続いていたわが家だが、昨日、午後3時前に起きると、珍しくカミさんがいた。趣味のコーラスサークルにも、PTA仲間との茶のみ会にも、行ってないようだ。しかし、その姿ときたら…
リビングのドアを開けると、大きい物体が横たわっている。ホットカーペットの上に毛布までかけて、さらに暖房も入っている。風量は最大、設定温度は30度だ。わたしは布団から出てきたばかりのパジャマ姿なのに、暑いほど。言葉の発しようもなく、しげしげとカミさんをながめていると、目があいた。口も動いた。「なんね、じーっと見てから。はっ、なんね。好きなんね」と悪態を突いたかと思うと、「あーあ、寒いし、眠たいし、テレビは面白そうやから見たいし。あー、どげんすれば、いいとね」と、横になったまま叫びだした。
どげんもこげんも、知ったことですか、ねえ。なーんか、妙な生き物を飼ってるような気になってきた。なんて、ブログに、こんな告げ口をすると、熟年離婚へ向けて原因を積み重ねていることになるんでしょうか。
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日曜日とはいえ、昨日は仕事。いつものように、午後2時過ぎに起きると、テーブルの上に置き手紙がしてあった。
「おかえり。シャワーをあびてカップラーメンとカレーパン食べていいからね。パンは、40秒ぐらいチンしてもいいよ。ラーメンは持ちはこびに気をつけてね。オレは区民館に行ってるから。きたかったら区民館にきてもいいよ。くるときはかぎをしめてね。くるならデュエマとゆうぎおうもってきてね」。
小6の次男が、小4の三男にあてたものだ。野球の練習から帰ってきた時の三男を気遣ってのものだろう。わたしが起きた時には、カレーパンの空き袋とカレーヌードルの容器が、流し台に転がっていた。大人になったもんだ。1人で、昼飯を食えるようになったか。しかし、カレーヌードルとカレーパンとはねえ。
ところでだ。オレはその頃、2階の部屋で寝ていたのに。まったく、アテにされていないとは。というか、いないものとして扱われている。まあ、仕方ないか。一緒に住んでいるのに、子どもの顔は、いつ以来見てないだろう。中1の長男とは、土曜日の午後3時に玄関で「お帰り」「いってらっしゃい」とすれ違ったけど、次男、三男とは、3、4日は会ってないなあ。カミさんも、そのぐらい、見てないなあ。
仕方ないよねえ。わたしが仕事から帰ってくるのは、午前3時が定刻。家族が起きてくる前の午前6時過ぎには寝てしまう。で、昼過ぎに起きて、子どもが帰ってくる前の午後3時に家を出る。見事なすれ違いだ。
こんなに長期間、家族の顔を見ないんじゃ、一緒に暮らしてる意味なんてないじゃないか、単身赴任と一緒じゃないか、と言われそうだが、そうじゃないのよねえ。実際、4年前までは単身赴任だったけど、それは寂しかった。やっぱり、空気が違う。1人の部屋は、冷たく寒い。すれ違いでも、顔を見なくても、家族は暖かい、って、暖房の残り香のせいかもしれないけど。
今日は月曜日。このブログを書いていると、3段落目でカミさんが、5段落目で長男が起きてきた。でも、次男、三男は、まだ姿を見せない。また会わないまま「おやすみなさい」。
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気がつけば、1カ月も更新をしていなかった。それなのに、けっこう多くの方に訪問いただいていたみたいで、すみません。そして、ありがとうございます。トラックバックをつけていただいた方も、いらっしゃって。しばらく、自分でさえ、自分のブログを見てなかったもので。
仕事でへこみ、プレーオフ圏からズルズル離れていく日本ハムにへこみ、と、8月上旬から気がめいりつづけ、パソコンに向かえなかったのですよ。まあ、仕事でへこんだ理由は身から出た錆だし、ハムはさあ盛り返すかと期待をかけると、また離されるし、と、カーッとたぎるものがなかったのですよね。しかし40過ぎて、プロ野球の結果しか一喜一憂するものがないのも悲しいし、と思えば、昨日は勝って、3位までは2.5差。その気になって、元気を出していきましょう。
この1カ月の間に、いいこともあったのですよ。7月に受けた健康診断の結果が出まして。いやあ、驚いたことに、前回あれだけ正常範囲から外れていた血球の数値が、一つ残らず正常な範囲に収まったのですよ。驚くべきは、昨年の初め頃からずっと飲み続けている、フラバン茶効果か。飲み始めた頃の記事は、よろしければこちら。
サントリーから、何をもらってるわけでもなく、毎日168円を払い続けてるんですけどね。
尿酸値も「A」判定(異状なし)ではないが「B」(ほぼ正常)の7.4まで下がり、辛い思いをして、もつ鍋断ちをした甲斐があったってもんだ。ただ一つの「E」判定(二次検査の必要)は脂質代謝障害。総コレステロールの値が高いのだ。知り合いの整体師にきくと、運動不足が一番の原因とのこと。そういや、健康診断対策のために通い始めたテニススクールに、足の骨折のために、5月からほとんど通ってないもんなあ。
まあ、深刻な事態ではないでしょう。これはぜひ、もつ鍋でお祝いを、しなきゃなんない。
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やっぱり怒られた。前回の「家計が見直せない」の記事に、家計の見直しセンターの藤川社長らしき人から。実は、その記事をアップした。木曜日の夕方から金曜日の早朝にかけて、やっちまった。絵に描いたような、浪費の仕方を。その影響で、金曜は二日酔い、土曜は3日酔い。やっと、まともに文章がかけるまでに回復した。
浪費を抑えるためには、自分の財布にいくら入っているかを把握することから始めましょうと、指導を受けた。その日は1万4000円を持っていたように思う。会議が午後5時に終わり、全国からたくさんの人が集結したからと会食へ。串揚げ店で払ったのは、確か3000円だった。その後、ほとんどのメンバーがスナックへ。割り勘で6000円を払って、店を出たのは12時前だった気がする。ここまでは仕事上の必要不可欠な出費だ。
ただ、問題はその後だ。頭がもうろうとする中、他の酒席に押しかけた。何を飲んだか、何を話したか、覚えていないし、金を払ったかどうかの記憶もない。店を出ると「歌うぞー」と先陣を切って歩いていた。後輩「行ってもいいけど、財布に金がないって言ってたじゃないですか」。「金はなくても、カードがある。オレが全部払う。飲み放題、歌い放題だ」とか言ってたんだろう。会社に電話し、仕事が終わったばかりの上司を呼び出した。発信履歴には午前2時17分とある。
相当に盛り上がって、5時は過ぎてたんだろうなあ。会計を済まそうとすると、後輩に先を越された。「オレが払うと言ったろ」「いや、みんなで割りましょ」。内心、ホッとしながら「そうか」とうなずき、財布に残っていた4000円を渡すと、もう小銭しかなくなった。おや、じゃあ、その前の店は払ってないのかな。
いくら、財布の中身を把握していても、なくなるまで使っちゃ、意味ない。後輩の機転のおかげで一命をとりとめたけど、あのままカードで支払いをしてたら、6人分、約2万5000円の負債を背負っていたところだった。
しかし、金もないのに、家とは反対の方向に、タクシーは走り始めた。
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物議を醸した水道代問題だが、わたしは一足はやく、節水を試みていた。使う水じゃなくて、飲む水だけど。
行きつけのマッサージ師から「健康のため、1日2リットルは水を飲むように」と指導され、素直なわたしは従っていた。毎日、出勤前にボルヴィック1.5リットル241円と、フラバン茶168円、計409円の支出が日課だった。
行きつけの整体師も、「水を2リットル以上」は同意見。組織と組織を仲立ちをする水をたくさん飲みなさい。体をやわらかくしてくれます。尿になって出る量はそうでもありません。意外に吸収してくれるんです、という理由も一緒だった。

毎日2リットル以上を飲んでいるわたしを褒めてくれた後、毎日、水を買っていると告げると「今は手軽ないい浄水器があります」と教えてくれた。「BRITA」という使い勝手の良さそうなポット型を見せてもらった。スーパーマーケットでも売っていると教えられた。ある日、渋谷のマッサージの帰りに、東急東横店に行くと、あった。家庭用に2.2リットルを6300円、

会社用に1.6リットルを5250円で買い求めた。
浄水器を2つも抱えて帰ると、カミさんは「また変なもん買ってきた。もう、洗脳されてから。もう整体にいくのは、やめり」と言った。初めてなんだけどな。変な先入観があるみたいだ。でも、その浄水器の水を飲ませると「わっ、水道の水と全然違う」と驚いた。わたしは鼻が利かないので分からないけど、その言葉を信じて、会社でもBRITAに水道の水を注ぎ冷蔵庫で冷やし、ペットボトルに移して仕事中に飲んでいる。
面倒くさい。でも1日241円の出費を抑えるためには、いた仕方ない。東急東横店のセールスコピーを引用しれば、1リットルのコストは7円だそうだ。もう1カ月以上、家庭でも会社でも、ミネラルウオーターは買っていない。
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「家計の見直し」の厳しさで、久しぶりにこのブログも盛り上がっているようです。昨日は当事者である家計の見直し相談センター
藤川太社長らしき方がコメントを寄せていたようですが、気にせず話を続けましょう。でもなあ、こんな話をかくと、また叱咤されるだろうなあ。
先週のテニススクール以来の左足の痛みはさらに激しくなり、接骨院に行くと「ずいぶん、腫れてますねえ。何か変わったことをしました?」「いえ、特に」の答えは嘘じゃなかったが、低周波治療をしている間に、よくよく前夜のことを思い出してみると…
珍しく仕事が早く終わり、会議のため福岡から上京していた後輩と中華料理店に入ったのが午後8時。その日は健康診断があって、2日間、酒を断っていた。「尿酸値の敵」ビールが恋しい。あっという間に飲み干すと「どうしますか。プリン体ですか」と後輩。「おう、プリン体でバリウムを出す」と、わけのわかんないことを言いながら、さらに2杯も飲んでしまった。その後はウーロン杯に突入し、何杯飲んだかは、覚えていない。
店を出て「どうしますか」とでも聞かれ「近くにリースナブルなカラオケ屋がある」とでも答えたのだろう。普通に歩いても20分はかかる道のりを、タクシー代がもったいないと、足を引きずりながら歩いた。別の会合に出席していた同僚を「もう帰る」と言っていたのに無理やり呼び出し、歌った。ソファーの上に立ち、飛び跳ねていたような気がする。記憶を思い出させてくれたのは、財布に残っていたカラオケBOXのレシート。23時40分から4時31分まで滞在し、ジョッキ2杯とウーロン杯6杯。なぜかウーロン茶が7杯。聞けば、あとの2人が飲んでいたという。さらに聞くと、中華料理店の会計は「割りましょ」という後輩を「なめてんのか」と意味もなく怒鳴りながら、わたしが払ったという。さらに、これだけ飲んで動けば、足も腫れるわけだ。なんてことをするんだ、オレは。
ここまで思い出して、接骨院で、とってつけたように「きのう、深酒をしたせいかもしれません」と、つぶやいた。「アキレス腱がいつ切れてもおかしくない、危険な状態になってます」の言葉が心を突き刺した。
そもそも、テニススクールに無理して行ったわけは、先月までに消化しなければいけない振り替えが1回分、残っていたから。3150円がもったいなくて、古傷もうずきだしたから、1部位あたり400円、2部位で800円の治療費を毎日、払っている。4回でスクール1回分か。さらに5時間も滞在したカラオケBOXで歌ったのは3人で9曲。たった? 歌い放題なのに!? ずっと、仕事のことなどを話していたらしいが、そんな内容を覚えているはずもないし…。本当に金の使い方を知らないオレだ。
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フラバン茶を、いつ頃から飲み始めたかは、はっきりしないが、確か3、4カ月前だったと思う。以前、長塚京三が「継続はサラサラなり」と宣伝していたのが妙に耳についていて、ある日、思い出したように飲み始めた。
最初は「高い割に、まずいお茶だな」ぐらいにしか思ってなかったが、飲めないほどの味じゃないから、何となく続けていた。すると、数週間ほど経った頃だったか、あれっと感じる変化が起こり始めた。酒を飲むと、妙にアルコールの回りが速い。胸はドクドク言うし、顔は真っ赤。酒を飲み始めた18歳の頃のようだ。最近はあまり顔に出なくなったのに何で? と考えて、ひざを打った。「フラバン茶のせい、いや、おかげだ!」。血のめぐりが良くなったんだ。血液がサラサラになった表れだ。最近、昔みたいに顔が赤くならなくなってたのは、血がドロドロになっていただけなんだ。
と、数日後、また変化が現れた。久しぶりの朝立ちじゃないか。それも、この勃起力は「愛と青春の朝立ち」とか言ってた大学の頃を思い出すほどだ。そうか、海綿体に集まる血のめぐりがいいと、元気にもなるのか。硬度が増すに連れ持続時間も増したような気がする。出すがままだったのに、少し制御できるようになった…。血液サラサラ効果は、思いもしない方面に波及した。会社へ出勤の途中、コンビニ新鮮組で168円を払って350mlを手にするのが日課になった。新鮮組でよく売り切れるのは、この効能が知れわたったからなのか。保健いや保険のため、家の冷蔵庫には、900mlを横たえている。
と、これらは素人の思いつきで、何の医学的な裏付けもないことです。血液検査もしたわけではないし。ただ、現象は、まぎれもない事実です。血糖値が高いなど、ボロボロだった血液検査の数字が、次回の健康診断でどう変わってるのか、楽しみだ。
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「立った、立った」とテレビは叫び、新聞は書き立てている。昨日のスポーツ報知などは社会面で、ドデカい直立レッサーパンダの写真が、風太を始め3匹も載っている。と思えば、日刊スポーツは、ラッコの立ち姿を掲載。さながら、日本列島中の動物たちが、総決起でもしたかのようだ。
「立った立った…」。このフレーズは、30年ほど前からだろうか、頭から離れない。「立った立った、コンポが立った…○○○の縦型コンポ…テクニークスー」(○○○は伏字じゃありません。商品名なんですが思い出せないんです。ユーオーゼットだかニューオーゼットと言ってたような)。寝ていたレコードプレーヤーを立たせた画期的なコンポを、テクニクスが発売。なんでも、立った方が回転ムラが少ないとかいう技術的な理由がついていたと思う。当時は確か小学生。みんな大喜びで、当然のように替え歌にしていた。
「立った立った、チンポが立った。たーった立った、チンポが立った」。久しぶりに歌いながら、フラバン茶を飲んでいる。
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千葉市動物公園のレッサーパンダ「風太」が、立ち姿を披露してからというもの、世の中は「立った! 立った!!」の大合唱だ。「立つ」という言葉には、男女問わず、気持ちを高ぶらせる何かがあるようだ。
わたしの場合は「フラバン茶で立った」。もしくは「立ったのはフラバン茶のおかげ」か。今日は酔っ払ってるので、詳細は、書ければ後日…。
ふうた、は、太い、のかな…。
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昨日は六本木で、はしゃいだ。午前2時半から築地で寿司を食べ、閉店だからと追い出されたのが午前4時過ぎ。「物足らないでしょ」と部長代理を誘い、後輩は有無を言わせずタクシーに押し込み、13万というとてつもない曲数を誇る、カラオケBOXパセラへ。歌いたいと思った曲は、何でもあるといっても過言ではない。だから、もっとハジけるはずだった。部長代理は受付で「里谷多英の行ってた店はどこ?」なんて聞いてたほどだから、テンションは上がっていたのに。その顔は、ただのエロジジイだったけどね。でも、店を出た午前7時前には、哀愁が漂っていた。
3週間ほど前も、この店で歌っていた。そのドキュメンタリーはこちら。中西クン事件の前だ。心の底からはしゃいだもんだ。その時と違うこと。部長がいない。そのお方は、途中で席を立たれたにもかかわらず、金を置いていかなかったからと、わざわざ引き返して1万円を置いていかれた。でも、今回はおられない。寿司代を払われると、一目散に姿を消された。その部長、月に1度ほど出張で、大阪から東京にお越しになる。よほど前回のことが懲りたのだろう。人の金で飲む酒、歌う歌は心から楽しめるが、今回は自分で金を払わなきゃいけないことが、まずブレーキをかけた。
もう1つ違うこと。今回の部屋には、BOXでは珍しく窓があった。入った時には真っ暗でも、だんだんと明るくなってくるにつれ、逆に心には影が差してくる。一緒に行った部長代理は大阪から東京へ出向中。歌の合間に突然、窓から外を見やり、「はーっ…、東京まで来て何をしてんねやろ」とつぶやいた。さっきまで「アチチ、アチ」などと絶叫していたのに。
ほどなく店を出て、地下鉄の駅に吸い込まれる上司の背中には、憂いがあった。
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酒の飲み方を知らないバカなオヤジが、また現れた。国会議員の次は会社社長かよ。
神奈川県宮前署は14日までに、駅員を殴ったとして傷害の現行犯で東京都品川区、タクシー会社「東京エムケイ」(東京)社長の青木政明容疑者(41)を逮捕した――。
40歳の次は41歳か…。何やってんだか、法を犯してんじゃねえよ同世代。わたしも飲んだらのまれる方で「飲み方を知らない」と何度となく怒られ、はしゃぎ過ぎて、上司に店からつまみ出されたこともある。出したチンチンに先輩から生ビールを浴びせられ、膿(うみ)が出てきて泌尿器科に通ったこともあるが、せいぜいその程度だ。それからは、出してない。膿が早く出て良かった、って、違うか。
何でもこの社長、電車を乗り過ごして「なんで起こさなかったんや」と駅員を殴ったという。タクシー会社の社長なら、自分の会社のタクシーを呼べばいいじゃないか。わたしは何度、自分を嘆きながら、乗るはずじゃなかったタクシーに乗ったことか。有楽町線は大変だ。永田町から練馬を通り過ぎ清瀬、有楽町から乗り換えの小竹向原を過ぎ和光市。大江戸線が開通して助かった。光が丘が終点だから、まだ被害は少なくて住む。豊島園は過ぎたけど、練馬春日町で目が覚めた時は「光が丘まで行かなくて良かったな」と、自分を褒め称えた。
酔って乗り過ごすなんて日常茶飯事なのだ。福岡にいた頃は、車庫に入った西鉄バスに、閉じ込められてしまったことだってある。そんな時にも「何で気付いてくれなかったんだ」なんて逆ギレは、しなかった。酔って、見知らぬ女性の乳をもむ、なんて真似も、権力のなせる勘違いなんだろう。そんなもの、わたしになくて良かった。
この事件を受け、父親で76歳のエムケイグループオーナーは、その職を辞するらしい。さらには「もっと東京にきていれば、こういう問題は起こさなかった。私がそばにいたら、けんかしてでも指導できた」と後悔を口にしたという。
あきれ返ってしまう。親が親なら子も子か、子が子なら親も親か。この年で、親がそばにいたら、うっとうしい。親に責任を取ってもらうなんて想像もできないし、親だって見放すだろう。だいたい、とうに自立している。
この年だから、親不孝だけは、してはいけないんじゃないのか。
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心が痛くなってくる会見だった。昨日夕方のニュースが映し出した中西一善衆院議員の姿。同じ40歳、そして行動も…似ている…。
「後から思い出しても思い出せないほどお酒を飲んでおり」
よくある。
「そのことが、原因で常軌を逸した行動をした」
うんうん。
「ワインを1本ぐらい、焼酎は半分ぐらい、ビールも2、3本ぐらい」
興が乗ったら、そのぐらいはね。
「友人から量をそんなに飲まない方がいいと言われたことがある」
よく言われます。
「元来お酒は弱い。好きだけど強くない」
まさにそうです。
「軽い…」
ホントにその通りですね。
カミさんが言った。「アンタも気をつけりーよ」。
だが、わたしは、見知らぬ女性を傷つけたりはしない。そのぐらいの理性は、記憶がなくなってもある。
「人前でチンチンを出すのと、たいして変わらんやんね」
ううっ、そうだった。決して公然で露出したわけじゃないけど、そんな話がカミさんの耳に入り、ついには「今度、出したら、切るけんね」と最終通告を受けた。阿部定事件を起こしたくはないから、それからは出していない。
中西議員は「一生お酒は飲まない」と誓わされていたが、わたしは口が裂けても、そんなことは言わない。さあ、これから、飲みに行こう。
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ううっ、かゆい。頭皮から首、腕、背中、尻から太もも、ふくらはぎ、すなわち体全体がかゆくてたまらん。たま、といえば、チンチンの裏側や袋の筋もかゆいが、決してインキンではない。耳たぶは腫れ、ひだの中のかさぶたを、かきながら取っていたら、血が止まらなくなった。花粉の量が増えてきたようだ。
小学生の頃、30年も前の、まだそんな言葉が知られてない頃に「アトピー性皮膚炎」と診断された。その頃から、流行の先端をいっていたのだ。おとなになれば自然と治っていたのだが、2年前のこの時期から、症状が戻ってきた。かゆくて、夜も眠れない。アトピーの再発かと皮膚科を尋ねると、意外にも「花粉症ですね」と診断された。目も痛くないし、鼻もなんともないのに、だ。まれに、わたしのような症状の花粉症もあると聞いた。どうも、人とは変わったことになるようだ。
「目の玉を取り出して洗いたいような気持ちになる」なんて言ってたヤツに「できるもんなら、やってみればいいやんなあ」などと悪態を突いた報いなのか。最近の目の痛みは、ブログのやり過ぎかと思っていたが、これも花粉症なのか。ああ、目の玉を取り出して洗いたい。
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昨日の記事で訂正があります。会社で飲んでた時刻を、午前7時過ぎと書きましたが、午前8時過ぎの間違いでした。
人を引っ張るだけ引っ張った部長は、帰り際に「オレ(今日)休みだから」。そりゃ、ないよな。だから、好きなだけ飲んでたのか。昨日、2日ぶりに再会して「家に帰ったら9時を回ってたから、8時過ぎまでいたよ」と申されたので明らかになりました。そして、なぜかニコニコ顔。「オレ、酒に強くなったかもしんない。(午後)2時には起きて子どもとプールに行ったもん」。それは、健康的で良かったですね!
それからしばらく経ち、仕事も佳境に入った時刻に、大きな声で呼び止められた。「わかったよ。会社で飲むと終わらないわけが」「ほう」「店なら閉店時間があるから、追い出されるじゃん。会社は閉まんないもん」。そんなことは知っている! 何度目で気付いてるんだ!! 「それにね」「はあ、なんですか…」「店なら食うから、それで満足しちゃうんだよ。会社じゃ何も食わないから満足せず、ついつい長くなる」と、わが意を得たりの表情だ。そんなことで、クソ忙しい時間に呼び止めていただいて、ありがとうございました。
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しんどい1日だった。今やっと仕事が終わった。体調はずっと、すぐれないままだった。そりゃそうだ。昨日のちょうどこのくらいの時刻、午前2時半に同じフロアにいるグループ会社の部長が歩み寄ってきた時から、イヤな予感はしていたが…。事態は想像をはるかに越えてしまった。
仕事机の上に、焼酎と日本酒の5合瓶。仕事の話をつまみに、午前7時を過ぎるまで面をつき合わせていただろうか。胃に入るのは酒だけだ。これは、さすがにキツい。どうやって帰ったか、帰ってから次男に絡んでいたらしいのだが、まったく覚えていない。おまけに、この日の仕事は、月で1、2を争うハードさ。テンションを上げて仕事をしていたときは、気持ちの悪さを忘れていたが、今、またよみがえってきた。
そういうわけで、あまり長く書けません。今日は、まっすぐ帰って、風呂に入ってすぐ寝よう。
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この人たちの酒の飲み方は尋常じゃあない、なんて趣旨のことを、ブログ仲間のわたしのあしあとに書かれてしまった。確かにそうでしょう。こんな飲み方や、こんな飲み方(同一人物の同じ席の話みたいですね)をしてる女性がいるほどですから。足元に及ぶべくもないが、わたしのカミさんも、大酒飲みでした。
付き合い始めたばかりの頃だから、もう16年前。場所は博多の居酒屋。よくある職場の飲み会。新入社員のわたしは、当時は先輩だったカミさんに誘われていた(わたしたち職場結婚なんですが、結婚半年後にわたしは転職しました)。わたしと同期の女性も一緒で、その子は当時の南野陽子似で、それは可愛かった。カミさんは、当時お嫁さんにしたい芸能人NO・1東ちづるに似ているなんて言われていたけど、それは太めの体型だけでしょう。その2人が、突然に戦いを始めたのだった。
なんの拍子だか知らないが、ストローでビールの早飲み競争。酔いが回ったところで、日本酒の一気飲みだ。1合グラスにも満たないグラスだったけど、2人とも飲む飲む。1升瓶なんて、あっいう間に空いてしまった。
で、先にダウンしたのは、東ちづるのほう。ナンノちゃんは死者に鞭打つように「○○さん(カミさんの旧姓)、酒豪って聞いてましたけど、たいしたことないんですね!」などと罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせてました。九州初上陸だったわたしは「とんでもない土地にきたもんだ」と、おののいてましたけど。
その後、カミさんを送っていったのですけど、「お母さん…。よ、よっ、酔っ払った」って玄関に倒れこんだ娘を、いたわるわけでもなく「シャンとせんね」なんて言ってたお母さんも、スゴイなあと思いましたね。きのうカミさんに確認したら「8合は飲んだかね」って言ってました。
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合格発表当日、長男がダウンしてしまった。「お祝い、何が食べたい?」「焼肉!」と言うから、行き先は安楽亭。みんなで「おめでとう」と祝福しても、顔色は青く、苦痛の表情だ。「車酔い」。そう言ってトイレへ。確かに新座まで往復1時間40分ドライブはしたけど、次男、三男と違って車には弱くない。それに1度吐いても、気分はすぐれないようだ。結局、長男はカミさんに伴われて家に帰った。
しばらくして、わたしたちも帰ると、長男はソファーでぐったり。「ノロウイルスじゃなかろうか」とカミさん。「違う! 」と願いも込めてわたし。「いきなり吐き気じゃなくて、その前に微熱が出るとか風邪のような症状があるはずだ」。「でも、こいつ(三男)は、いきなり吐いたやないね」。「うーむ」。とにかく、少しでも症状が出ればすぐ知らせろ、夜中でもなんでも起こせと言い聞かせてベッドへ見送った。
まあ、疲れも出たのだろう。まず、受かんないと思ってた中学に受かったもんだから、張りっぱなしだった緊張感が、一気に緩んだのかもしれない。でも、まだ試験はある。大事に至らなきゃいいが、と思ってたら、翌日、つまり昨日は回復していた。「次はいつ、焼き肉に連れてってくれると? オラ1切れも食ってないんだよ」なんて減らず口をたたいていたから、大丈夫だろう。
わたしも、どうも気分が悪いのだが、これは原因がはっきりしている。安楽亭では5人前を想定して注文していたから、残された3人で食った食った、そしてわたしは飲んだ。家に帰っても、カミさんと祝杯。「飲まん方がいいっちゃないと。病院に行くようなことにならんとも…」「タクシーで行きゃいい」「そうやね」。まったく、なんて親だ。でも、2人とも、うれしかったんだもん。これが飲まずにいられるか。そして飲みすぎた。
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目が痛いんです。今にも、血がしたたり落ちてきそうな気さえします。事実、先週、久しぶりに会った上司は「オマエ、その目は、どうかしたんか。真っ赤やないか」なんて言ってましたから。
昨年11月に始めたブログにハマってしまって、家でもずっとパソコンに向かってる。会社では、自分のノートパソコンの横に、もっと大きな端末があるのです。ITなんて無縁だった40男が、ここまで目を使ったのは初めてですから、限界を超えたんでしょう。
実は12月も同じような症状がありました。その時はノロウイルスのおかげで、丸3日パソコンに向かえませんでした。ノロウイルスの退散とともに、目の痛みも消えていました。
でも今回はパソコンには向かい続け、昨日は子どもの中学受験の付き添いで、朝7時に家を出ました。ふだんなら、仕事を終えて一杯やって、家に帰ってくる時間です。ほとんど寝てません。きついんです。
その立教新座の結果は、きょう午後2時発表です。子どもはその時間まだ学校にいますから、帰ってきてから一緒にネットを見るって、カミさんは言ってました。わたしの乾いた目を潤すのは、うれし涙なんでしょうか、悲し涙なんでしょうか。
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すごいことになってきましたね。感染性胃腸炎。わたしが急性胃腸炎と診断されたのは、昨年の12月19日だから、流行を先取りしていたわけか。しかし、あの頃、ノロウイルスなんて言葉は知らなかったなあ。あの時、こんな騒ぎになっていれば、カミさんの態度も変わっていたと思う。
思い出せば、12月18日土曜日の午前2時半ごろ。わたしはこのブログを書いていたから、日時は正確だ。2階がバタバタする。そのうち、カミさんがシーツを丸めて降りてきた。「(三男が)吐いた」。涙目の三男も一緒だ。「大丈夫か」と声をかけると、細い声で「うん」。「ゆっくり寝ろよ」と2階の3段ベッドまで送っていった。すると30分後またバタバタ。今度はカミさんの怒鳴り声が聞こえてくる。「いい加減にしーよ。寝られんやないね」。そのまま三男を1階のリビングまで引きずり降ろし「ここに、おりっ。また吐きとうなった時、ベッドを降りるのは、アンタも辛かろ」と自分を正当化し、去っていった。残されたこっちは、横たわっている三男を見守り、またおう吐を催したから、トイレで背中をさすり、って、これがいけなかったのだ。吐しゃ物のついた手をろくに洗いもせず、三男は落ち着いたから再びベッドに送り、ピーナツなど食べてながら一杯やってた。経口感染。
ダメ押しは、その夕方。三男を車で病院に連れていったら、また吐いてしまったから、その処理もした。何気なく、口にゲロがついたとも限らない。その12時間後、19日(日)の午前4時ごろ、体全体の痛みが収まったと思えば、二日酔いでも経験したことのない、ものすごい吐き気が襲ってきた。明け方、やっと落ち着いて眠れた。夕方、起きても熱があったから救急病院へ。会社は休まざるを得ない。するとカミさん「休む? 家におるんやね。なら行ける!」と、PTAだかコーラスサークルか母親の会か知らないが、忘年会に出向くと言う。病院から帰ったら、カミさんはいなかった。わたしは、子ども3人の世話もそこそこに、布団にもぐりこんだ。しかし、よくカミさんには、感染しなかったな。最初の吐しゃ物の処理をしといて。さすが、わたし(59キロ)より重いだけのことはある。そして丈夫だ。
普段から規則正しく体を健康に保っていることが、ノロウイルス撃退の特効薬。でも、不規則、不摂生の代表のようなわたしでも、手洗いを入念に、そしてうがいを欠かさなければ防げただろう。1日40本のタバコをやめて8カ月。酒席だけは我慢できないけど、吸うのは週に4、5本。のどが痛くなくなったから、最近うがいの習慣を忘れていた。万が一かかっても、高齢者の場合は深刻でしょうが、子どもでも、普通なら感染しない大人でも、丸2日もあれば治りますから、ご安心を。2日ぐらいは食べなくても平気ですが、ただ水分は必要です。欲します。三男もわたしも、アクエリアスは、たくさん飲みました。
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いよいよ今日だ。市船橋と鹿実の決勝戦。って、昨日も同じ書き出しか。長男の中学入試1発目が、あと数時間に迫っている。昨日、一昨日とこの話題を書いて、おかげ様でこのブログ、連日アクセス数が自己最高を更新してしまった。12月6日の98を越え一昨日、初めて大台を突破したと喜んでいれば、昨日は143。週初め月曜日の6倍だ。本当にありがとうございます。
この勢いで今日も、といきたいのですが。ネタがありません。昨日、午後3時に起きた時には、長男は塾に行って家にいなかったし、今は当然寝ている。「せい、セイ、何かな? 星稜だ」以来、会話はない。何せ夫婦の会話も、ブログを通じてしているぐらいだから。今日受験する西武学園文理は埼玉県の狭山にあるとカミさんが言ってたから、練馬のわが家からは1時間半は、かかるだろう。だから、もうすぐ起きてくるんだろうけど、待って激励を、なんてことはしない。普段通りが一番だ。それに、わたしは今日の仕事が早いのだ。普段は午後4時からだけど、2時には行かなきゃなんない。だから、2日続けてカレーも食ったので寝る。
ところで、ここにきて感染性胃腸炎が猛威を振るっているようです。神奈川の施設で死者が出たようだし、広島・福山で7人死亡の施設でも、感染性胃腸炎の代表的な感染源であるノロウイルスが原因という。わたしと小3三男2人が屈した様子は、12月25日付に記してありますので、よろしかったらどうぞ。わたしのブログ、今もってこのページへのアクセスが一番多い、ということは、流行している証拠でしょうか。予防策は手洗いと、うがいしかないようで。わたしは、セロテープを口にくわえる癖があるが、そのようなことはなさらないよう、どうか、お気をつけください。ほとんどの感染は口からです。
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すみません。また更新を4日ほど、やめてしまいました。恥ずかしながら、また、風邪です。ただ医者に行くと今度は急性胃腸炎ではないそうで、インフルエンザの検査もしてもらったのですが、幸いそれもなし。「風邪ですね」。「それが病名ですか」。「まあ、風邪症候群でしょうか」。昨年、急性胃腸炎にかかってからというもの手洗いに、うがいは欠かさなかったのですが。大晦日を襲った再びの豪雪のせいか、そんな中で行った、護国寺の初詣でのせいか。皆さまも、お気をつけください。
会社では邪険にされ「エーッ、ウイルスなんですか。うつるから、帰ってください」と言われたのが4日の夕方。でも1人の部下は核心をついた。「ここ(会社)にいた方が、お子さんのためじゃないですか」。その通りだった。わが家には、中学受験を控えた偏差値「ゴジュウヨン様」がいる。会社を出てカミさんに電話した。「帰ったら、そのまま病院に行くから。そのあとも(リビングを通らず)2階(の寝室)に上がるから」。「そこまで気を遣わなくていいよ」の答えを期待していたが、返ってきた言葉は「ああ、そうしてくれたら助かる」。でも、洗面所に行くためには、リビングを通らざるを得ない。帰る前に電話をすると、リビングにはカミさんと次男と三男。「あれっ、(長男は)」と尋ねると「あっち」と、リビングに隣接したパソコン部屋に「避難」していた。かたくななまでに、接触を阻まれた。
そうまでして受けた5日の模試なのに、結果はかんばしくなかった。第一志望の渋渋も合格可能性は50%。5日の仕事が終わってから休みの昨日6日も、夕方まで寝室から出なかったわたしをカミさん呼びにきて「もう、いいよ。一緒にいても」。「でも、熱でも出たら」と言うと「熱でも何でも出ればいいったい。風邪がなんね。どうせ落ちるんやから、ハッハッハ」と、吹っ切れたように叫んでいた。最初の入試である西武学園文理の試験まで、あと3日。まだ合格祈願に行けてない。
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それにしても、今回の風邪には往生した。とにかく吐いた。酒も飲んでないのに、こみ上げてきた。胃の中のものは、洗いざらい出した。それでも食欲は出なかった。2日間、ほとんど何にも食べなかった。急性胃腸炎と診断された。12月20日の朝日新聞朝刊で紹介していた、感染性胃腸炎である。
小3になる三男の症状を1日遅れで追っていた。夜中2時半に吐いた。3時にも吐いた。4時にも背中をさすっていた。翌日の午後2時半、わたしが起きると三男は苦しそうに横たわっていた。わたしが「仕事に行く」と言うと、「行かないで」とすがってきた。カミさんもいないし、小6の長男は塾に行くと言うし、小5の次男はサッカーに行くと言う。「ママが帰ってくるまでね」と言って会社に「遅れる」と連絡して家に残ったけど、なんだか私の様子もおかしい。熱を測ったら7度ある。無理して行くより、あす万全で行こう、今日は大事を取ろうと会社を休んだ。その程度だったのに。
三男と一緒に行った病院で「軽い風邪」と言われたから、安心して早めに寝ようとしたら、すごい痛みで目が覚めた。「苦痛」なんてもんじゃない。関節痛はもちろん、筋肉痛で、のたうち回った。収まったから寝付いたと思ったら、今度は吐き気で目が覚めた。酔っ払っててもめったにない経験。前日は酒を1滴も飲んでない。それなのに、布団の中でこみ上げてくるものと戦い、耐え切れなくなって口を塞ぎながらトイレに駆け込んだ。すごい声と、すごい量が逆流してきた。「昨日の昼のうどんか。わかめも出てきた」。それ以降に食べた、豚肉の生姜焼きなども、すべて戻した。以降2日間は、何も食べなかった。最初の内科の先生が言った。「新潟の、救出された子どもがいたでしょう。食べなくっても平気ですから」。その言葉がなかったら、食べられないことにあせり、イライラしただろう。でも2日間ぐらい食べなくても、本当に平気だった。
その日の夕方、救急病院に出向き点滴を受けた。症状も説明された。「最初は軽い感冒のようですが、油断すると、普段なら大人にはこない胃腸に重い症状が出るのが、今年の風邪の特徴です。流行ってるってほどではありませんが、多いですね」。原因はウイルスなので、手洗い、うがいを励行し、体を弱らせることのないよう、抵抗力をつけるよう、おとなの皆さまには助言いたします。
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住宅ローンを受ける大きな条件が団体信用生命保険の加入引き受け。その「申込書兼告知書」告知事項の第1項目で、いきなりつまづいた。「最近3カ月以内に医師の治療(指示、指導を含みます。)・投薬を受けたことがありますか)」。嘘をつくわけにはいかない。あれほど、子どもを叱っといて。この場でも、表層性胃炎とか十二指腸かいようの疑いとか、公表している。「なかったら、なしに記入してください」と言う東京三菱の窓口氏は田口浩正似。「あるんですけど…、胃炎が」「ああ、胃炎なんて、われわれでも、しょちゅうありますから。検査を受けられたんですか」「ええ、人間ドックで」「診断が?」「はい、胃炎と」。ちょっと、田口浩正氏の顔色が変わった。「胃炎ぐらいなら、大丈夫と思いますけど。一応、その旨を記入してください。ええ、大丈夫と思いますけど」。そこまで「大丈夫」と言われると、逆に気持ち悪い。もし、引き受けてもらえなかったら、どうなるの? 「団信(の加入)がキャンペーン金利マイナス1.5%適用の条件ですから、通常の金利になってしまいます」。つまり「(借り換えの)メリットがない」と。
「投薬」という言葉が、告知要件に引っかかるのだ。人間ドックの診断で「少し炎症は見られますけど、この程度なら気にすることはありません。どうしても自覚症状があるのなら、薬を出しますけど」。そう言われて「じゃあ」と応えてしまった。処方箋をかかりつけの医師に見せると、極々軽い薬だという。でも、投薬を受けたという事実は揺るぎない。気を遣って「胃もたれを抑えるため」と記入したところ、田口浩正氏が「銀行マンがどうの言うわけじゃないんですけど、これは症状じゃないですよね。胃炎と…」「はい」。指摘を受けて「胃炎」と書き直したが、「あのう…表層性と付け加えていいですか」「そう付け加えると(症状が)軽いんですか」「ええ」。往生際が悪いというか、うだうだと、そんなやり取りをしていた。何せ500万円がかかってるから、団信を引き受けてもらえないことには、計画がパーだ。「早ければ今日、遅くとも明日じゅうには、生命保険会社から(可否の)連絡がくると思いますから」。田口浩正氏は、また付け加えた。「大丈夫とは思いますけど。大丈夫と」。
銀行を出て5時間ほど経った頃だろうか。ポケットのPHSが鳴った。近くの大きな公園に家族で行き、来年の写真入り年賀状の撮影をしていた時だった。「結論から申しますと」「…」「団信の方は大丈夫です」。胸のつかえがおりた。「少し、ビクビクしていたんですよ。ありがとうございます」。いいことは、続くものだ。テーブルの上に1年間置きっぱなしだった宝くじを、どうせ末等だけだろうと思いながら換金に行ったら、3000円+900円が当たっていた。その資金で、晩飯はすき焼きに決まった。だが、喜んでばかりはいられなかった。
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人事異動で今の職場を離れる後輩の送別会が、昨日、行われた。感極まり、涙ながらにあいさつをする姿に、こちらの胸にも、込み上げてくるものがあった。
1度目は、2次会のカラオケボックスで、きた。ウーロン杯を浴びるように飲んでいて、突然しゃっくりが。と、同時に、ウーロン杯が逆流を始めた。「どうした」の問いかけに答えることもできず、トイレへ駆け込んだ。
2度目は、就寝中に起こった。どうやって帰ったかは覚えていないが、布団の中で眠っていた。夢を見ていた。気持ち悪い夢だった。気が付けば、トイレにしゃがみこんでいた。
3度目は、起床直後だった。起き上がると同時に胸の底から、こみあげてきて、トイレへ直行した。
4度目は会社だった。家よりもトイレが遠いから、難行苦行だった。
今日も、これから送別会だ。あいさつで泣くな、と後輩に注意しておこう。
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無事に人間ドックから「退院」した。表層性胃炎に十二指腸かいようの疑い、痛風に軽度の脂肪肝と、例年通りの診断。新しい発症はなかったから、気にすることはない。
しかし気になったことがある。受診者の数が年々減少している。わたしは毎年、東京・池袋の人間ドック専門のクリニックと決めている。初めて受診した00年、あまりに苦痛のない胃カメラにびっくりした。以来、自分の胃腸を見るのが楽しみになったほどだ。宿泊は駅直結の高層ホテル。レストランの食事はうまいし、眺めもいい。だから、このクリニックの人気は高い。翌01年は予約が取れず、違う病院で受診。食事は病院食だし、宿泊は病院のベッド。ちょっと外出するにも許可書が必要だったし、予定時刻に帰らなかったら怒られた。人間ドックも「入院」には違いないから、これが本来の姿だろうけど、さすがに気がめいった。
02年からは再び池袋のクリニックへ。予約も簡単に取れるようになったと喜んでたら、明らかに受診者が減っている。今年など、1泊2日コースは、わたし1人だけだった。日帰りコースの受診者も少ない。世は健康ブームなのにである。なぜか。わたしの会社が属している健保組合は35歳以上は8割の補助が出て、2割は会社補助。自己負担はない。恵まれた環境と言っていいだろう。企業が経費削減で真っ先に手を着けるのは福利厚生費。あくまで想像だが、長引く不況で、人間ドックの補助を打ち切る会社が増えているのではないか。自腹では、さすがに二の足を踏む。不況が病人を増やすことにならなければいいが。
3日ぶりのビールはうまかった。痛風に悪い牛肉も、たくさん食べた。久しぶりの酒のせいか、家で飲んだのに、前後不覚になるほど酔っ払った。こんな人間にこそ、人間ドックを受診する資格はないのかもしれない。
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あの屈辱から1年。ホッ!! 今年はケツの穴から管を突っ込まれずにすんだ。わたしは11月19日の誕生日前後に人間ドック入りするのを、毎年の恒例行事にしている。今年は昨日15日から、つかの間2日間の「入院生活」。
昨年はエラい目にあった。「便潜血反応」が見られたから大腸ポリープの検査を、と医者は平然と言う。胃カメラの逆。口じゃなく肛門から入れるのだ。とても耐えられない。「(出血は)痔のせいだと思うんですけど。先生もさっき『外痔核』だと、おっしゃったじゃないですか」と必死に訴えても、「いつに、しますか」と聞いちゃくれない。結果、検査自体は何てことなかったのだが、腸を空っぽにしなきゃいけないから、下剤を飲んでひたすら便器にかがむ。ケツの穴が痛くって仕方がなかった。結果は「外痔核」だけ。逆に悪化したんじゃないのか、なんて捨て台詞が出るところだった。
などと、いきなり下ネタから始まりましたが、体があちこちで悲鳴を上げている、あと3日で40歳になる男の日常を、こんな調子で脈絡もなく記ししていこうと思います。タイトルは中学の頃からのファン「海援隊」の曲から拝借しました。と、カミさん「俺の人生真ん中あたり、ってアンタ、80まで生きるつもりね? 迷惑なっ…やめてくれんね」。夫婦生活も15年目を迎えると、悲鳴も上がります。
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