2006年6月26日 (月)

観劇! 母に捧げるラストバラード

最近の休日は九州色に染まる。それも今回は「真っ」九州だ。明治座6月公演「母に捧げるラストバラード」を、カミさんと2人、観劇してきた。

思えば、山口出身のわたしだが、海援隊に陶酔して以来、九州は福岡の「軍門に下る」人生は決まっていたのかもしれない。高3の昭和57年冬、大学受験直前集中合宿をしていた福岡の地で、海援隊の解散コンサートが行われていた。寮の門限も打ち破って、福岡サンパレスに駆けつけた。チケットはなかった。でも、行かずにはいられなかった。「券、あるよ」。初めて「ダフ屋」の存在を知った。しかし提示された金はない。でも観たい。今にして思えば、大胆な行動だったろうが、値切った。「そんなお金はありません」「いくらなら、あるんか」。それでも定価1500円の立見席に3000円(だったと思う)を払った。大変な冒険だった。

東京にある大学から、東京に本社のある会社に入ったはずなのに、配属は福岡支店。そこで今のカミさんと知り合った。それから17年。真ん中近くで人生はいろいろ変わり、福岡に本社のある会社に転職したが、住まいはなぜか福岡から東京へ。しかし、連れ合いの話す言葉は変わらない。博多弁など、まったく知らなかったわたしが、その真っ只中にいる。幼少期を福岡で過ごしたわが子3人も、みんな「バイリンガル」だ。

しかし、今日の明治座の舞台。わたしは分かったし、カミさんと2人、博多弁で感想を伝え合ってはいたが、東京の人に分かったのかな。「やおーいかん」なんて言葉が、普通に登場する演劇だったから。「井尻とか諸岡」と言われても、どこか分かんないだろう。でも、楽しかった。おまけに取れた席は、2列目かつ花道の真横。クライマックスでは、わたしの真横で物語が展開していた。息づかいまでが聞こえてくる、こんな臨場感のある世界は、初めてだ。これなら、A席1万2000円は高くない、と書きたいが、2人で2万4000円は、やはり高い。でも、まあ、4年ぶり2回目だから、「家計の見直し」中でも、許してもらおう。「母に捧げるラストバラード」は、明日が千秋楽。

このブログ「俺の人生真ん中あたり」を始めたのも、陶酔する海援隊との関わりを記していこうとしたから。だから、タイトルも拝借した。でも、中学受験日記とか、ファイターズ評論記になってしまったなあ。明治座で買ってきた、海援隊のCD「漂白浪漫」と「心をこめて 回天篇」を聴きながら、初心を思い出した。この2作だけは、LPを持っていなかった。

公演が終わり、明治座からほど近い、人形町の「しばらく」で博多ラーメンをすすり、アメ横に寄って、今日の夕食は、もつ鍋にした。カミさんの機嫌はよく、子どもたちも大喜びだった。でも、たまに「郷土意識」に触れるから、有り難味があるんだろう。すっかり東京に馴染んだカミさんも子どもも、「福岡に転勤になったら、ひとりで帰りーよ」と口をそろえた。

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2005年5月24日 (火)

立った立った○ンポが立った

 「立った、立った」とテレビは叫び、新聞は書き立てている。昨日のスポーツ報知などは社会面で、ドデカい直立レッサーパンダの写真が、風太を始め3匹も載っている。と思えば、日刊スポーツは、ラッコの立ち姿を掲載。さながら、日本列島中の動物たちが、総決起でもしたかのようだ。

 「立った立った…」。このフレーズは、30年ほど前からだろうか、頭から離れない。「立った立った、コンポが立った…○○○の縦型コンポ…テクニークスー」(○○○は伏字じゃありません。商品名なんですが思い出せないんです。ユーオーゼットだかニューオーゼットと言ってたような)。寝ていたレコードプレーヤーを立たせた画期的なコンポを、テクニクスが発売。なんでも、立った方が回転ムラが少ないとかいう技術的な理由がついていたと思う。当時は確か小学生。みんな大喜びで、当然のように替え歌にしていた。

 「立った立った、チンポが立った。たーった立った、チンポが立った」。久しぶりに歌いながら、フラバン茶を飲んでいる。

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2005年4月15日 (金)

ほっといてくれ

 楽天のソフトバンク戦初勝利を伝える日刊スポーツの見出し「ワシはカモじゃない」の見出しを見て「俺はビタミンじゃない」のフレーズを突然に思い出した。郷ひろみの曲「ほっといてくれ」の歌い出しだ。大学1年の時に聴いたから、もう22年前になる。でも妙な歌詞だったので、記憶の片隅に残っている。

 俺はビタミンじゃない もっと毒もあるぜ
 食べて見る気があれば 中毒も覚悟しろよ

 むつみ合ってるうちに 愛に変わるなんて
 サラダみたいなことを 言ってるとケガをするぜ

 と、確かこんな歌詞だった。ねっ、変でしょ。

 作詞はあの阿久悠。大先生でも、とんでもない失敗作があるんですね。レコード会社も、よく、こんな歌をシングルで出そうとしたもんだ。案の定と言うか、まったくと言っていいほど売れなかったはずだ。

 この記事、何のテーマも意味もありませんが、思いついたんで書いてみました。

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2005年3月17日 (木)

キムタク工藤静香の紅白名場面

 自分のブログに、どんな検索ワードで来てもらってるのかは、みなさんも興味があるところでしょう。わたしの場合は、依然として「もつ鍋 作り方 東京」のフレーズが断トツ。すみません、もつ鍋の記事は3回しか書いてないのに。尿酸値対策で、今は苦しみながら、もつ鍋断ちの日々。先日、福岡に出張した際も、もつ鍋店に向かいそうな足を、何とか止めました。

 もう1つ、すみません。「SMAP 雪が降ってきた」の検索ワードで訪れてくださった方に、おわびです。「雪が降ってきた」は、SMAPが紅白2度目の出場の時に歌った歌。2月24日の記事を書き始めた時は、その方向に話を持っていこうとしたのですが、「金太の大冒険」のことだけで終わってしまいました。ちなみに「金太の大冒険」も、このブログでは、人気ワードになってます。

 で、あらためて「SMAP 雪が降ってきた」の話。92年の紅白。なんだか分からないグループが、全然知らない曲を歌っていました。事実、番組の扱いも、ぞんざいでした。その前年、初出場で「Can't Stop!!-LOVING-」を歌い終わったSMAPに向け、紅組司会の浅野ゆう子は「白組のボクチャンたちー、元気ですねー」なんて、子どもでも相手にするように話しかけ「しーちゃんも頑張ってください」と紹介されたのは工藤静香でした。当時、まだロン毛じゃなかった木村拓哉と工藤静香の間には、大きな格の差があったのです。その後、この2人が結婚することになるなんて、と思うと、興味深い場面だったと1人、思ってます。

 わたしの中では、「ギターを燃やして、次の河合奈保子の登場を妨害した吉川晃司」(85年)「三波春夫をおちょくったように、バカ殿みたいなメークをしてNHKを激怒させ、その後の紅白に出られなく(出なく?)なったサザンの桑田佳祐」(82年)と並ぶ紅白3大名場面なのですが、どうでしょう。

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2005年2月24日 (木)

雪が降ってきた金太の大冒険

 カラオケBOXを出たら、雪が降っていた。「ありえねー」。小学生のガキ3人と夫婦は、先を争うように自転車を走らせた。「寒い、冷たい」。いつもは「はよ入れ」と言われても入らない風呂に、みんなこれまた先を争うようにして入った。東京都練馬区は、午後10時前から、雪が積もり始めている。

 渋渋の合格祝いに家族そろってカラオケ、ってカミさんが言い出したんだけど、手を変え品を変え、いったい何度お祝いしたことだろう。それに、家族相手なんて、照れて歌えない。8年ぶり2回目ぐらいかなあ。

 コーラスをやっているカミさんは、お構いなしに歌いたい歌を歌っている。ガキは、オレンジレンジとか、アニメの主題歌とか。みんなに人気だったのは、ゆず、だ。「パパも歌ってよー」。何を…。1曲目は「ファイターズ賛歌」。物心つく前から、東京ドームに強制的に連れて行ってたから、みんな知ってる。でも盛り上がらない。「SMAPでも歌うか」「歌って」「俺たちに明日はある」「…」盛り上がったのは、カミさんだけだった。じゃあ、思いっきりギャク路線。「ドリフの早口ことば」は今ひとつ。「恋のぼんちシート」はダメだった。この時わたしは、ひらめいた。つボイノリオの、これなら。実は、近田春夫と、つボイノリオが、酔った頭の中で錯綜して一緒になっていた。

 「金太の大冒険」。♪金太、負けるな。♪金太、マカオについた。受けた!! 「知ってるー」「なんで」「ネットで」。30年近く前の放送禁止歌をなぜ。わたしだって、中学の頃、給食の時の校内放送で、誰かが面白がって流したのを聞いただけの「伝説の歌」。テレビはもちろん、ラジオでも耳にはしていない。ちなみにカラオケBOXでも、つボイノリオの方は、何度入れても送信エラーが出て、誰だかは知らないけど、HI-MEとかいう人のは入った。同じ歌だからいいけど。

 でも、子ども以上に受けたのは、「なして、こげな歌を知っとうとっー? アタシは知らんバイ」と言いながら、「♪金太、負けが多い」には長男に向かって「アンタのことやね」と大笑いしていたカミさん。家に帰って、風呂でも口ずさんでいた。

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