2008年6月 3日 (火)

さなぎがいきなり蝶になった

中1三男の野球部実戦デビューも過去の話になり、今度はマウンドデビューを果たした、と聞いた。聞いた、と書いたのは連絡がないから。二塁打デビューの時などは、「(仕事中の)パパに連絡して!」とまで言って、カミさんがメールをよこしてきたのに、今回は練習試合をしているはずなのに、音沙汰がない。翌日、昼過ぎに起きたら、三男は練習でいなかったし、カミさんも仕事でいない。1人、家にいた高1長男に聞くと「投げたってよ。えっ、知らんかったと?」。さらに翌日、ようやく顔をあわせたカミさんに確認すると、「だって、今度は、パパに連絡せんで! って言うっちゃもん」。3回3失点。ボークもとられたらしく、けっこうヘコんでたらしい。


でも、3点は初回に失ったもので、2回、3回はきっちり0に抑えたらしい。ヒジ痛が完治はしたものの、まだ投球練習って、1度しかやってないやん。初登板にしては、まずまずじゃないか。久しぶりに顔を合わせた三男に聞いてみると「うん、まあ…」と生返事。「オマエ、この間、二塁打打った時は、ママにメールしろってまで言ったんやろ」「うん」「じゃあ、なんで、今度は」そう聞くと、ポツリ「悪かったから」。「いや、2回3回は0やろ」「うん」「四球は?」「出してない」「なら、いいやないか」。すると、いたわりの言葉はいらない、そんな調子で語気を荒げた言葉が返ってきた。


「練習試合だから(カウント)2-3になったら、みんな打ってくれたし。ボークだって、あんな場面であんなボーク考えられないし、したことないし」。なるどねえ。あまり考えるのが得意とはいえない頭で、自分なりにいろいろ状況を思い出しながら、考え反省してたわけね。


つい、この間まで小学生と思ったら、ふーむ、中学生なわけね。そういや、6日間の春休み合宿報告を聞いた高1長男が驚いてたっけ。「なんか、ものの言い方考え方が変わっててね。さなぎが、いきなり蝶になったって、そんな感じ」。


ウチでは一番ちっちゃいから、いつまでもカワイイ、カワイイだけど、もう中学生だもんなあ。「もう中学生」のネタ程度の知識もあるみたいだし。頼もしい反面、いつまでも末っ子は末っ子というバカ親心。ダメだダメだ。そんなんじゃ、投手として修羅場をくぐり抜けていけないよね。

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2008年4月 4日 (金)

さすがだ、ダル!

さすがですなあ。ダルちゃんは。3連戦3連勝とはいかなかったが、きっちりカード勝ち越しを、もたらせてくれた。
水曜日の吉川クンが、あまりにひどかったもんだから、ダルちゃんの前の登板も、決して調子は良くなかったから、少し不安もあったけど、悪い流れはひきずってなかった。

それにしても、吉川クンは悪かったねえ。球威はあるのに、そんなことを感じさせてくれないほど、制球や組み立てがバラバラ。昨年の終盤あたりは、すっかり制球もよくなって、球威も増したと思ってたのに。今の状態じゃ、三男を見てるようだ。三男も、吉川クンが好きなわけだよ。どこか、共通点を感じてるんだろう。

その三男と、さあ、そろそろ走りに行こう。キャッチボールもやろう、って、昨日、言ってたなあ。しばらく、ヒジが痛いって言って、合宿に行く頃には8割方は回復してたんだけど、それでも全力投球はできなかったようだから、今日が楽しみだ。

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2008年4月 2日 (水)

ママならない父親心

久しぶりに、3段ベッドがきれいに埋まった。小学校の卒業式翌日、3月26日から6泊7日の長期にわたって、中学野球部の合宿に行ってた三男が帰ってきた。物干し竿には、「FIGHTERS 2008」と書かれたバスタオルが干してある。そうか、持ってってたのか。かわいいヤツよ。

そのファイターズはソフトバンクに先勝。見事でしたねえ、勝さんのピッチング。ノーヒットノーランをやっちゃうかと思って見てた。打線も、昨年の勝ち方を思い出したようだ。少々、勝ち味の遅いのは気になるけど、形になったのは大きい。今日からは、もっと早く決めてくれるでしょう。吉川は、ソフトバンク打線に骨折さえさせられなきゃ、大丈夫。ダルは何せ、今年まだ点を取られていない。見えてきましたねえ。3連戦3連勝が。

三男が帰ってきたその朝に、葉書が届いてた。合宿中に、みんなが家に出したんだろうなあ。「練習がんばっています。なんとなく守備がうまくなった気がします」だって。なかなかに琴線に触れる文章なのだが、宛名の面を見て、ほのぼの気分がさめた。母親の名前しか書いてなかった。

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2008年4月 1日 (火)

4月バカの前に親ばか

この4月から中1になる三男が家を空けて、6日になる。こんな長期間は初めてだ。父親も母親も寂しくって、しようがない。朝、5時45分から1人で走りに行っても、つまんなくって。「朝走」を始めて1年。すっかり顔なじみになったご婦人から「あら、今日はボクちゃんは?」なんて聞かれたりして。「合宿に行ってるんです。野球をやってるので」。

中学入学前なのに、もう部活の合宿に参加してるのだ。シニアか部活か。「部活」。本人に迷いはなかった。ただ、次男の通う最寄りの中学は決して野球部は強くない。しかし、わたしの住んでいる地域は「学校選択制度」を実施していて、入学したい中学を自由に選ぶことができる。これは助かったし、わが子がシニアでなく部活を選んだ理由の1つでもある。もっと言えば、選択基準の根本は違うところにあって、ほう、小6なのに見るところは見てるなあ、と感心したものだが、そのことは、またの機会に。結局、電車で3駅先の学校に、自分の意思で決めた。

で、入学前から進学予定の中学野球部の練習に参加しており、その流れで合宿にも、となったわけ。両親は、気になってしようがない。場所は千葉の九十九里。山口と福岡の出身者には馴染みがないし、行ったこともないから興味もある。「見に行こう」「そげな人、おるっちゃろうか」。ところが、合宿の説明会で「毎年、たくさん見学にこられますよ。どうぞどうぞ」。一も二もなく、見に行くことが決定した。

ところが、である。3月26日から始まった合宿は雨にたたられることがなかったはずなのに、昨日31日だけ雨。でも、そんなの関係ねえ。行くと決めたら行くのだ。

わが家は埼玉との都県境に近いから、千葉に行くには東京の中心部を横断しなけりゃならない。首都高速環状線は事故の影響で大渋滞。でも、そんなの関係ねえ。何とか渋滞を過ぎると、東関道はカーラジオが聞こえないほどの雨音が14年もののタウンエースに降りかかってくる。でも、「想い出の九十九里浜」を歌ってれば、そんなの気になんねえ。行くと決めたら行くのだ。

家を出て3時間半。ようやく宿泊先のホテルに到着。雨は降り続いているから、当然グラウンドに子どもたちの姿はなく、フロントに尋ねると、勉強会のようなものを開いているという。「どうぞ、どうぞ」と会場に案内してもらうと、いた、いた! 6日ぶりの再会だ。合宿に旅立つ前日に買ってやったジャージーが似合ってるじゃないか。何やら一生懸命に話してる三男を夫婦そろってニコニコして見ていると、違う空気を察したのか、部員の視線がこちらに集まった。三男も気が付いたから、2人で手を振ってやると、手を上げてこたえた…んじゃなく、追い払うような仕草をしやがった。それでもめげずに手を振ってると、ほかの部員は笑い出し、三男のジェスチャーばかりが大きくなるので、追い立てられるように会場を後にした。

でも、むなしいなんて、全くない。「元気そうやったね」「楽しそうやん」。生き生きとした顔を見られれば、それだけで満足だ。対面時間30秒。対して、片道100キロの道程を往復5時間半。全く苦になんなかったねえ。ただ、ウチの車、燃費が悪くって約25リッターのガソリンを消費した。暫定税率分もしっかり払って…って、このへんが小市民だ。


ハムは調子が出ませんなあ。しかし、昨年も一昨年も、出だしはこんなのもだったし。きょうからのソフトバンク戦で勢いをつけてもらいましょう。先発ローテのめぐり合わせと、相手の調子からすると、3連勝もあるんじゃないかな。

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2007年10月 4日 (木)

中田からボタもち

うれしいなあ。ドラフト中継を見ていて、
こんなに興奮したのは、初めてだ。

とは言っても、昔の山口県じゃ、ドラフト中継はなかった。
大学進学で初めて東京に出てきて、
「ドラフトも、テレビで見れるんだ」と思った。

確か、「KK」の時。千葉テレビだったかな。
巨人の王監督が桑田を指名して
千葉テレビの解説をしてた、
日刊スポーツの佐藤安弘記者が
王監督にインタビューをしてて、
「桑田は(打者じゃなく)投手で」
なんて、答えていたのを思い出す。

質問の主旨が違ってるでしょ、なんで清原じゃなくて
桑田なの、それを聞け、
なんて1人、アパートでわめいていたかな。

そんなことはともかく、中田を当てた。
これは、大きいですよ。

ハムのドラフト戦略なんて、負け犬で
じゃんけんで先にパーを出されても
グーしか出せないもんで。
ずっと、目玉選手を回避して
安心、安全な選手を指名してたもんなあ。

でも、それじゃ、強くなるわけないんで
連覇を遂げた要因には、
ドラフト戦略の変換があったと思う。

守りから攻めへ。
どうせ、人気がないんだから、
来てくれる選手だけを指名する。
そうじゃ、なくなったもんなあ。

ダルビッシュがいい例で、
陽は取れたけど、
「当たりくじ」の間違いで、みそをつけて。

だから、今回の中田を当てたのは
ホント、うれしかった。

昔、木田を当てた時は、家をくれとかで
ゴタゴタしたもんねえ。

そこから、いいドラフトは、高代、田中富…。

まあ、ネガティブだった過去を振り返っても
しようがない。

中田! いいねえ。
指名後の会見で、「ハム入団」を前提に
話してくれたもんねえ。

態度が煮え切らなかったダルとか
拒否の姿勢を見せた須永とは違う。
活躍は、約束されたようなもんだ。

いいチームに指名されたでしょ。
だって、サードもファーストも、
レフトだって、空いてるんですよ。
こんな、チーム、めったにない。
新人王、当確です。


ドラフト中継の始まる寸前に
サウスポー小6三男が帰ってきた。

しかし、佐藤クンも唐川クンも
中田クンも、受け答えが
しっかりしてるよなあ。

思わず、三男に聞いた。何せ、渋渋に言ってる
中3長男から「想像もつかないバカ」と言われたヤツ。

「オマエ、こんな場所で質問に答えきるか?」
「さあ…。全部、わからんて言おうか」。

あと6年。

先日、佑ちゃんを見に神宮に行っても
「オラは高校を出た後、プロに行く」
と言ってた。
身の程知らずのバカだから、
せめて、会話は鍛えよう。

親ばか話でした…。

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2007年5月29日 (火)

弱いヤ

 まあ、寒かった。仕事が休みだったので、神宮のヤクルト対ソフトバンク戦に行ってみた。なんで、こんなに寒いんだよ。ビールも、飲めやしない、って飲んだけど。

 小6三男は、「暖かいもん買ってくる、自販があったけん」と言って席をたったけど、何も買わずに、席に戻ってきた。「全部、売り切れやった」。売店に下りれば、長蛇の列。みんな「寒い、寒い」を連発してる。ドーム慣れしてたから、軽装で行ってた。でも、この寒さは、ないだろ。

 そして、ソフトバンクは弱ってたなあ。3点を取った4回以外は、ヒットも出てない。ヤクルトは、弱いよなあ。8回の1死二、三塁の宮本や、9回、2死ではあるけれど、一、二塁のラミレスで点を取れないなんて、考えられない。10安打も打っといて、初回の1点だけかよ。昔のハムを見ているようだ。典型的な、弱小チームになってる。

 速報で、ハムが勝ってるのは知ってたから、差を詰めようと、ヤクルトを応援してたんだけど、このチームには酷だった。でも、ソフトバンクも無理してるよね。8回1死から馬原なんて。勝つには勝ったけど、途中から合流したソフトバンクファンの中3長男も、満足してなかった。しかし、よう、しゃべるなあ。友達2人を連れてきたけど、ずっと、親の問いかけより、友達との会話に夢中。まあ、そんな年頃なのかなあ。

 で、三男は、少しは勉強したんだろうか。左の藤井、杉内と、同じサウスポーの三男には、絶好の舞台だったのに。プロ野球を見ながら、前日の自分が投げた試合を、グチっておりました。投球もともかく、3打数2三振。自分の打撃で、投球のリズムを悪くして、KOは食らうわ、1-9で惨敗するわ。一夜明けた昨日の朝も、泣きじゃくっておりました。

 リーグ戦2敗目。全勝チームが2チームあるから、優勝は絶たれました…。

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2007年5月26日 (土)

走っても太る原因

 序走は終えた。球はきてた。雨でぬかるんでたグラウンドを走って、汗もかいた。
 終わったあとのビールがうまいんだなあ。「もう1本」は、やめたけど、焼酎を飲んだ。

 これが、いけないんだなあ。「アンタ、なして、朝、これだけ走って、腹が出とうと」。

 走った後、飲んで食べてる。

 今から、寝ます。

 イカンよなあ。帰ってきて、2時間近く、飲んじゃった。

 子どもは、朝練に、カミさんは、その当番に行った。

 明日は、頑張ろう。いや、頑張れ。

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ハム吉川クンのように

 まるで、子どもの少年野球を見てるようだった。プロでも、あるんだねえ。こんなことが。小6三男のチームは、4戦連続で最終回の逆転勝ちというミラクルぶりだったけど。プロの世界でも、特にヤクルトのように勝ってないチームは、接戦の最終回には、正常な精神状態では、いられないってことか。

 実は、グライシンガーが投げてる限り、日本ハムの勝ちはないと思い、テレビ画面から目を離してた。うわさには聞いてたけど、いいピッチャーなだあ。なんで、代えてくれたんだろ。何にしても、めでたい。

 吉川クンが投げてる時は、自分の子どもを応援するような感覚で見てた。序盤は完ぺき。5、6回は、腕が振れなくなったなあ、なんて。家でテレビを見ていた三男も「オラに似てるね」なんて言ってたらしい。いい、お手本になっただろう。

 さあ、その三男も、3泊4日の軽井沢への移動教室を終え、帰ってきた。現地で熱を出したらしいが「明日(26日)は走るけん」なんて言ったらしいから、大丈夫だろう。「朝走」の復活だ。やっぱり、酒浸りの生活は、イカン。雨も上がったことだし、2時間後には、走るよ。明日、27日には、リーグ戦の試合もあることだしね。

 日本ハムは、子どもたちのように勝った。試合をつくったのは、まぎれもなく、三男に似ている左腕の吉川くんだ。これを、吉兆と言わずして、何を吉兆と呼ぶ。相手は、リーグ戦全勝中のチームだけど、直前のカップ戦では負けたけど、その試合、三男は先発を回避したから、恐れることはない。救援した結果は、スコアだけを見れば、2回3分の2を無失点、6奪三振じゃないか。1敗のわがチームは負けられないし、大丈夫だ。まずは、序走でしっかり、足元を固めよう。

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2007年5月23日 (水)

軽い気持ちで軽井沢

 三男は、旅に出てしまった。小学校の移動教室とかで、軽井沢。

 いいよなあ。わが家族で、オレだけ行ったことないんだよなあ、軽井沢。妙義山に登るんだって。オマエは、元上毛新聞の、記者かって。クライマーズハイか、っちゅうの。

 でも、野球部の4人は、朝4時半から走るって、目論んでっだって。見上げた根性だ。帰ってきたら、また、さらに成長してるんだろう。

 朝、走んなくてもいい父親は、今週は、飲み週間だ。今週は、ウサ晴らしに、とことん、飲むぞ。部下、いや、同僚ぞ、覚悟しとけよ。

 しかし、パ・リーグが全勝、って、何なんでしょう。せっかく、巨人に勝ったのに。意味ないっちゅうの。火曜日に、初めて勝ったのにね。

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2007年5月22日 (火)

重い思いをぬぐい去った

 一晩寝て、起きたら、あの重いからだは軽くなってた。ダルビッシュは、どうだろうか。小6三男が聞いてきた。「なして、ダルビッシュは、投げんと?」。Tシャツは、背番10の木元から宗旨替えして、今はプラス1のダルビッシュ。この間の、東京ドームで、買ってやった。「ダルか稲葉」だって。「旬」が、よく分かってるよなあ。

 ダルはLサイズしかなかったけど、それでも、ちょっと大きいぐらい。3年前は、子ども用の「2」小笠原だったのに。足のサイズは26.5センチだ。わたしと一緒。今日からは小学校の移動教室らしいが、カミさんが「10」をバッグに詰めようとしたら、怒ってた。「ダルは?」「大きかろうもん」「木元は3分7厘やろ。ダルがいい」。

 子どもは、正直です。東京ドーム最後のファン感謝デーで、「握手してください」と勇気を振り絞って言い、声が小さくて聞こえないから、木元に「何?」と聞き返されて「握手してください!」。「そうか」と言われて、頭をなでられ、うっとりしていたのに。ウチの子のためにも、早く帰ってきてくれ、木元! Tシャツがお蔵入りしてしまいそうだ。

 話が横道にそれましたが、もう少しそれると、三男は鶴岡捕手が、大好き。そうだよねえ。チャッチボールの相手をしてもらったもんねえ。2時間以上も並んだ、ファン感謝デー。清水投手の指導を受けながら、ツルちゃんが「ナイスボール!」って言ってくれた。清水投手が、わたしに言ってくれた。「野球やってるんですか?」「はい、何か、アドバイスは、ありますか?」「きれいな、フォームです。今は、何も言わないで。野球を楽しくするのが、一番です。何か言うと、楽しくならなくなるでしょ」。

 だから、あれから4年、ずっと何も言わずに、楽しくチャッチボールをやってた。今、報告したい。「ありがとうございます。おかげ様で、区のベスト8までに、なりました」。清水も帰ってこい! 鶴岡が出てると、三男はうれしそうだ。あの時、まさか正捕手になろうとは、思ってなかった。わたしは、信二が好きだけど、5番を小田が打てるんなら、捕手はツルちゃんの方がいいなあ。あのしぶといバッテイングは、好感が持てる。

 で、何が言いたいかと言えば、ダルビッシュが投げない原因を「体が重いから、休むらしいばい」とカミさんに伝えると、なぜか日本ハムにはまったく興味のないカミさんが、昨年の9月からダルファンになり、今年は三男と2人で東京ドームに行くようになって、「わたしも、体が重いっちゃけど、今日の仕事、休んでよかろうか」。

 体が重い、の意味を、履き違えてる。だって●キロ。それは、カミさんにもプライドがあるから、書けません。でも、今は中3になる長男を身ごもった時から、わたしの体重を超えました。それから、きっと、抜かれてません。わたし、いくら食っても飲んでも、太らないんですよ。65キロ以上には。

 こんなことを書くはずじゃなかったのに。最近、このブログ、アクセス数が増えてます。なんで? と思ってたら、聞けば、カミさんが奥さん連中に、紹介したとか。ある人は「2時間も読んだ」なんて言ってくれたらしいです。コメントを残してくれると、うれしいな。

 本当は、三男好物の、もつ鍋を食べたら、家族に笑いが戻った話から、このブログの「キラーコンテンツ」もつ鍋を東京で食べる方法を記そうとしたのですが、横道の、ぶっちゃけ話だけで行数がいっぱいに、なりました。この記事のジャンルは、どうしましょうか。「もつ鍋」「日本ハム」できてくださった方、酔っ払いに免じて許してください。休みの昨日は、もつ鍋をさかなに、たくさん飲んでしまいました。

 さあ、今日から交流戦だ。でも、いきなり巨人戦は、きついよなあ。今年の日程は、日本ハムにとって、どうかしてる。去年の日本一なのに。って、仕方ないか。開幕カードがそうであるように、一昨年の成績をもとに組まれてるんだろう。でも、まだ、6ゲーム差。今年こそ、交流戦で順位を下げることのないよう、今年こそは、勝ち越そうよ。去年の今頃は、首位に立ったんだよなあ。

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2007年5月21日 (月)

重い思い。引きずんじゃねえよ、オレ。コーチもね。

 イヤな、予兆は、あったのよね。コーチに謝んなきゃいけない。

 試合の2日前。いつものように、朝5時半の「朝走」に出発する前のこと。「パパ、今日は投球練習するけんね」と言ってきた。いつも、2日前は遠投だけ。投球練習は、前の日なのに。投げたいんだろうなあ、焦ってるんだろうなあ、と思ったら、案の定だった。

 2キロ走って、ラジオ体操もして、場所を公園のゲートボール場に移して、さあ第1球。ボールは、はるか上を超えていった。その後もバラバラ。投げたい、投げたいで、体ばかり早く開いて腕がついていってない。それでも投げたいもんだから、球離れが早すぎる、で暴投の繰り返し。「我慢しろ、早いんだよ」って言ってみても、治んなかった。最後は置きに来た、ど真ん中の直球を投じて「パパ、やめよ」。自分でも、もどかしかったんだろうなあ。周囲の期待にこたえなきゃ、早く投球練習をして試したい、でも思うようになんない。「大丈夫、球はきてんだから」。必死に助け舟を出そうとしたが、その言葉も、救いにはならなかったようだ。

 その夕方、カミさんから、仕事場のわたしにメールがきた。「夕方、公園にいって300球投げたんだって。フォームも変えたんだって」。カミさんは、何で300球も。フォームも今かえてどげんするん、なんて言ったらしい。さらに「コーチに伝えるから」と言うと、「言わんで」と泣き出したらしい。投げずには、いられなかったんだろうなあ。思いのほか、プレッシャーを感じてたようだ。

 わたしは、心配でしようがなかった。300球も。ひじや肩は、痛くないのか。

 土曜日の朝、また走った。家を出る前に聞いた。「ヒジ、痛くないか。肩は大丈夫か」。「大丈夫」と言うので、300球のことは知らないふりをして、「軽くキャッチボールするか」と聞くと「うん」と言うので10分ほど。終わると、三男が、わたしに話した。「昨日、少しだけ、公園で投げたんバイ」。「投げた、って、1人でか」。「うん」。「フォームも変えてみた。右足を真っすぐ出しとったやろ。それじゃあ、スピードが乗らないって言われて、ひざを曲げて、左足に絡めるようにしてみた。低めに決まっとったバイ」。「そうか、で、少しって、何球ぐらい?」少し間があって答えた。「1試合ぶんぐらいかな」。

 自分でも、いけないことをしたって、わかってるんだな。でも、責められはしなかった。「やり過ぎは、ダメだぞ。肩やひじを壊すと、元も子もなくなるぞ」。そう言うのが精いっぱいだった。でも、わたしに話したことで、少しは吹っ切れたようだから、思いつめた表情がなくなって、一安心してたんだけど。

 昨日の試合は、重そうに投げてたもんなあ。さらに、審判との呼吸も合わなかった。味方とのリズムも取り戻せないまま、気がつけば9失点。2回2死から、ようやく本来の投球スタイルを取り戻したけど、そこまでの失点は、あまりにも、大きすぎた。

 でも、4回コールドなんてルールは、ないよなあ。知らなかったから、あっけに取られた。わがチームは、最終回の2死から、8点差を逆転したことも、あるんですよ。親ばかかもしれないけど、そこから先は「0」で抑えただろうから、せめて、6回までは、やって欲しかったなあ。

 今回は、完全な調整の失敗です。前回、会心のゲームをして、周囲は浮かれてたんだけど、当人は、相当の重圧を感じてたんだ。それを分かってもやれず、期待の言葉ばかり口にしてた。その言葉がさらに重圧を呼び、さらに重圧を、取ってやることもできなかった。親の責任です。ごめんなさい。

 さきほど、仕事を終えて、2時半に家に帰ると、中間試験前の中3長男は、まだ勉強をしてた。筆を止めたので、聞いてみた。「(三男の様子は)どうだった?」「審判とか、味方のエラーとか、いろいろ言ってたけど、調子も悪かったって。自分が悪い、って言ってたよ。でも、次のリーグ戦は、大丈夫だって」。切り替えたか。何よりの救いだ。

 今、外は、雲ひとつない、気持ちのいい青空です。今日は、三男の大好物の、もつ鍋にでも、してやるか。いつもなら、走ってる時間だ。

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2007年5月20日 (日)

心が寒いコールド敗退

 抱擁する相手は帰ってこない。あまりに試合が早く終わったので、練習にいっちゃった。そうだよなあ、ほとんど、野球してないもんなあ。

 浮かれてたなあ。現実を突きつけられた。0-9。4回コールド負け。あー、虚無感。

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ママとの抱擁、今日も。

 よくやったなあ、木下。1回の投球を見て、いける! とは思ったけど、完封とは。一昨日は、ただのラッキーで、ソフトバンクが勝っただけ。“暴投”が暴投にならずに、アンラッキーで負けただけだ。流れは、ハムにきてた。それが証拠に、昨日、木下が投げた投球は、バックネット下のフェンスに跳ね返って、木下のところまで戻ってきてた。

 微笑ましいよなあ。母親にウイニングボールを渡して抱擁。子どもは、かわいいよなあ。マウンドの気迫みなぎる姿とは違って、恍惚の表情だった。木下も三男なんだろう。そう思ってた。わが家の三男も「朝走」から帰ってくると、「ママ、オムレツね」なんて、甘えてる。小6なんだから、よせばいいのに、カミさんも「うん、つくってあげるよ」と言いながら、ひざの上でだっこ。でも、このことは、黙っててくださいね。三男にも、プライドがあるんだから。わたしが起きた昨日の午後3時には、女の子が訪ねてきてました。応援したいのかなあ。にくいね! 母と、どっちを取るのだろう。

 もし、三男がプロに入って、木下はハムが意中のチームじゃなかったらしいけど、うちの三男が中日に入っても、カミさんも球場で、三男を抱きしめるんだろう。なんて、また親ばか。父ちゃんは、恥ずかしいからと、姿をくらましたらしい。そうだよなあ。でも、木下は長男だって。ビックリ。いい子だなあ。思いっきり、母ちゃんに甘えなさい。

 吉兆だ。いいものを見せてもらった。今日は、三男の4強をかけた登板日。長男はスコアブックを、次男はビデオカメラを手にかけつける。わたしとカミさんは、試合に集中する。あらん限りの声を張り上げ、相手を圧倒する。その後はカミさんが、三男に「チュッチュ」だ。はっきり見えた。4強の瞬間が。ハムにあやかろう。いや、三男の力で突破しよう。勝てば、このブロクで速報します。

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2007年5月17日 (木)

走れないなら飲む

 さきほど、午前3時から、雨が降ってきた。恒例、朝5時半からの「朝走」は、今日は中止か。残念だなあ。と、小6三男が、今、寝ながら思ってるだろうなあ。

 衝撃の瞬間は、意外に早くやってきた。3月から、朝のランニングを始めて、もう2カ月。今まで、先着されてない三男に、前回、きれいに抜かれてしまったのだ。三男は、それが、うれしくってしようがないらしい。帰ってくるなに、「ママ、パパを抜いたんバイ。オラの方が、早かったんバイ」と、得意気に話してた。それが、先週12日の土曜日。その勢いで、13日、日曜日の3回戦も勝ってしまったんなら、最高の動機付けだった。

 決して、手を抜いたわけじゃ、ないんだけどなあ。2キロのタイム、わたしも2カ月で最高の10分21秒。自己記録を30秒以上、更新してた。高校時代は、1キロ4分で走ってたんだけどなあ。遅くなったもんだ。でも、42歳だから、しようがないでしょ。あれから、25年、まともに走ってない。三男は、10分12秒。1分半以上の更新だ。これが、子どもの成長なんだろうか。

 だから、走りたくって、しようがなかったようだ。一昨日、東京ドームで日本ハム戦を見て、遅くに家に帰った後も、言ってたもんなあ。「パパ、木曜日は、走るけんね。サボらんでよ」。中3長男、中2次男にも、言っていた。「パパを、次も抜くもんねえ」。

 1回抜かれたら、もう抜けないだろう。どんどん、速くなれ。下半身ができてくれば、とんでもないピッチャーになるって、言われてたっけ。だから、「朝走」を始めたんだから。

 ホント、子どもの成長を見るのは楽しい。1週間で、姿が変わってしまう。「朝走」がある日は飲めない酒を、今ガンガン飲みながら、その喜びに浸っている。

 以前、好評を博した「中学受験の道」にならって、「甲子園の夢まで走る」なんてカテゴリーを立ち上げてみました。その、長男も今や、中3かよ。一昨日も、学校の試験勉強だと、午前1時まで、リビングで勉強してましたねえ。父親が、その日観戦した、東京ドームのビデオを見ている横で。でも、高校受験がないのは、いいですなあ。心に、ゆとりが持てます。だから、熱中している三男の、野球道を、親バカ話を書きますよ。うーん、公立中2年の、次男は、どうなってんだろ。

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2007年5月14日 (月)

完勝の試合を初めて観賞

 勝っちゃったよ。マイケルがまた締めて、2試合連続1点差の試合をものにした日本ハムもうれしいけど、三男が、強豪相手の3回戦を勝ち抜き、ついに区ベスト8。うれしかったねえ。あまりの興奮に、昨日は仕事の後、まったく関係ない後輩を「連行」し、朝5時まで三男自慢をしてた。つらかったろうなあ。

 何しろ、相手は、一昨年のこの大会で準優勝を飾り、地元のリーグ戦では4戦全勝。すべてが完封勝ちらしい。「勝てるわけ、ないやん」。カミさんたちは、一笑に付していたが、わたしには「いけるかも、しれない」感触があった。

 2回戦の前日、恒例5時半からの「朝走」の後で、三男が「投球練習をしよう」というので、40球ほど受けてやった。それが、いい試運転となったのか、勝ち上がってくれたので、ゲンをかついで、また土曜日の朝に受けた。すると、だ。2回戦の前とは、全然、球の走りが違う。おおげさじゃなく、左腕から糸を引くような球筋が見えた。中止になった1週間前と比べても、格段にいい。その時は「調子はいいな。でも絶好調じゃないだろ」と聞くと「うん」。でも、今回は「絶好調だろ」と聞くと、即座に「うん」と返してきた。「その球を投げときゃ、どんな強打者でも、簡単に打たれはせん。ど真ん中でもいい。自信を持って思いっきり投げろ。ただ、力むなよ」。そう言って、気持ちを盛り上げていたのだ。

 7回を完投し、4回を除く毎回の8四球を与えた。監督から「1イニングに1個まで」と言われてたんじゃ、なかったっけ。でも、普段よりは、はるかに少ない。平気で1イニングに3つ、4つ出してたからなあ。7イニングのうち、三塁を踏ませること5イニング。それでも、大事には至らなくてすんだ。2ランスクイズで与えた2点だけ。終わって見れば、自責点は0に封じ込んでいた。

 しっかり、感激の瞬間も撮らせてもらいましたよ。どこから捻出するのか、あてのないまま、ビデオムービーを熟慮もせず買っちゃった。自慢げに、中3長男に見せびらかすと「親バカ」と一蹴された。と言いながら、オマエも昨日、喜んで見てたやん。

 しかし、撮影は疲れますな。それに、液晶画面ごしにしか試合を見られないので、試合に入り込んでいけないし。なんか、感激に乗り遅れたようで。

 前の試合から、スコアブックは中3長男に任せた。幸いながら、わが家には、もう1人こどもがいる。カメラを買ってきて以来、毎日のように撮影ごっこをしている中2次男だ。こいつに任せよう、と思ったら、塾のテストとかで、いなかった。塾なんて、どうでもいいから、来週は必ずビデオ係をさせる。涙を流して喜んでたカミさんと、親ばか、いや三男バカは、どんどん加速する。

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2007年5月 7日 (月)

久しぶりの好投

 「21‐0で勝ったよー」。小6三男の声で起こされた。昨6日は、すべてをこの日のために合わせていた、区の少年野球大会の8強をかけた3回戦。まさか、もう終わったわけじゃなかろうと、あわててリビングへ降りると、時計の針は、まだ8時過ぎ。9時半の試合開始に備えて、アップしていた三男が帰ってきたところだった。「イメージトレーニングば、しよったとね」とカミさん。「うん。でも、中止だって」。外を見れば、雨が落ちている。残念だなあ。この日に、すべての照準を合わせてたのに。
  
 何しろ相手は、一昨年の大会で準優勝に輝いた強豪だ。今春のリーグ戦も4戦全勝、すべてが完封勝ちらしい。リーグが違うわがチームは、前回書いた4月29日のリーグ戦で、奇跡の逆転サヨナラ勝ちを収めて以来、このトーナメント3回戦のために、調整してきた。5月3、4日と隣町の「カップ戦」に参加したが、背番号「1」のわが三男は、1回戦も2回戦も、先発することはなかった。コーチは言ってた。「温存です」。チームも、5月6日を最大の目標にしてきたのだ。

 だから、この雨は、痛いなあ。強豪にとって、1週間の延期はどうってことないだろうけど、チャレンジャーのわがチームは、このカップ戦を利用して、試合勘を鈍らすことなく、「本戦」に臨むはずだったのに。わたしは今、三男と朝5時半から走っている。基本は週3回、水、木、金。だが先週は、この試合に備えて、前日土曜日の5日も走った。「ハナキン」(もう死語ですか…)の酒もやめて、湿布を貼っている足の痛みもこらえて走ったのに。その後は、わたしが捕手役になって投球練習。「ナイスボール」「そう、その球」とか言って、盛り上げてたんだけどなあ。

 仕事も休みだったので、日本ハム戦の始まる1時までは寝ようと、布団にもぐりこんだ。ところが、11時半にカミさんから、起こされた。「仕事に行くっちゃんね。雨が降っとうけん、自転車で行けんばってんが、車で送ってって」。せっかく、ビールでも飲みながら、ハムに浸ろうと思ってたのに。しかし、ビールなど、飲まなくて良かった。昨日のハム戦は、しびれた。8回を終わって1-0。金村の続投だよなあ。マイケルは不安だよなあ、と思ってたら、案の定だ。その後の、武田久は、賞賛してもしきれない。無死満塁を、抑えちゃった。「見ろ、これが救援っていうんだ」と、三男に叫ぼうとしたら、遊びに行ってていなかった。

 三男は、ひどかったんだから。カップ戦の2回戦。先発投手がストライクが入んなくなって、3回1死満塁の場面でリリーフに立ったら、相手は初球をスクイズ。投手前への打球をきれいにトンネルし、2者を生還させた。さらにもう1人もかえし、前の投手の残した走者3人を、きれいに掃除した。そのくせ、その後、自分が出した走者の生還は許さず、記録だけを見れば、2回3分の2を投げて、2安打3四死球6奪三振の無失点だって。褒めていいのか、怒っていいのか。相手の監督が、わがチームの監督に言ったらしい。「あの、左(投げ)の救援投手は(打つのが)キツい」。確かに、球は走ってたなあ。

 カミさんを迎えに行った車中での会話。「試合を撮らな、いかんやろ。ビデオカメラ買おうか」「オレも、そう思っとったんよ」。長男が生まれて15年にもなるのに、わが家にビデオカメラはない。運動会などで、撮影競争に明け暮れる父親の姿を、さげすんだ目で見ていた。自分の目に、しっかり焼き付ければいいじゃないか。でも、そんなポリシーも簡単に揺らぐほど、夫婦ともに親バカ極めり。子どもよりも、親の方が大いなる勘違いをしている。

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2007年5月 2日 (水)

負けと思うたばってん8点

 子どもの野球を記したスコアブックをつまみに、2時間も酒を飲んでしまった。2‐9で負けてた最終回の裏に8点を取って、逆転サヨナラで勝ってしまった。それも2死から。サヨナラヒットを放ったのが、小6三男だから、こたえられない。

 ランニングスコアを記すと

 相手のチーム 9=710010
 三男のチーム 10=020008X

 毎週日曜日のたびに、三男の野球を観戦に行ってる。先々週は3-7の最終回表に5点を入れて勝った。先週は4-6の最終回表に3点を取って勝った。後のないトーナメント戦、64チームが参加している区の大会で、奇跡のベスト16進出だ。余勢を買って今週のリーグ戦も。

 でも、6回の表を終わって7点差。わたしの描いたシナリオは、こうだった。2度あることは3度あるから、今週も逆転勝ち。6回裏に2、3点でも取って、7回の裏にサヨナラだ。だが、少年野球には7回制だけど時間制がある。2時間を過ぎて、新しいイニングに入らない。6回裏の攻撃の最中に、そのラインを超えてしまった。先頭は出たけど、直後にウチの三男が二ゴロ凡退で、2、3点どころか、1点も取ってない。2死二塁。さすがに、負けを信じた。でも、わからんもんですなあ。相手のピッチャーが勝ちを意識したのかスタミナが切れたのか、そこから5連続四球で4点差。満塁本塁打で同点の場面で、ウチの4番に回ってきた。

 先々週の最終回表に、同点3ランを放ってるから、その気になってた。でも、ボコッと鈍い音を残して打球はショートへ。あーあ…エッ、エラーで3点差。続く5番が、センターへ走者一掃のスリーベース。同点だ。やった、やった、と思ってたら、2死三塁で次の打順はウチの子だった。いたたまれない。大声を張り上げる応援席で、わたしとカミさんだけは、声も出さずに下を向いてた。

 だいたい、オマエが初回に7点も献上するから、こんな窮地に追い込まれてるんだ。暴投あり、ボークあり。おまけに、2回のビッグイニングになりそうな攻撃では、暴走で走塁死。会場から帰る道すがら、カミさんと話した。「もし、プロ野球やったら、お立ち台には、サヨナラ安打を放った、ウチの子が呼ばれるんやろうか」。「今日の、ヒーローは、6回を完投131球9失点のナイスピッチング、暴投あり、暴走あり、最後には顔ほどの高さの球を、見事センター前に弾き返しました。『暴』が3拍子そろってますね」とでも、紹介されたのか。

 試合が終わってあいさつにきた相手のキャプテンは、泣きじゃくってた。先週も先々週も、相手の応援席は静まり返ってた。何と、罪なチームだろう。でも、子どもの野球に、ハマってしまった。頼むから、勝つのなら、普通に勝ってくれないかなあ。

 

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2006年8月25日 (金)

リビングで勉強も野球観戦もしてる

○日本ハム13-1楽天

 「ハムの自力優勝って、なくなってるね」。意外な言葉を中2長男が口にした。「そんなことは、ないやろ」「じゃあ、西武とのゲーム差は?」「4.5」「西武との残り試合は?」「さあ」と言って日刊スポーツを開くと、「あっ、4しかない」「ねっ」。ソフトバンクファンの長男は得意気に言う。今はプレーオフ制度があるから自力1位と言葉を改めた方がいいが、プレーオフ制度がなければ、自力優勝の消滅は「終戦」を意味する。昨日、このブログで3位より2位、2位より1位、と書いたが、そんな状況に追い込まれていたとは。

 そんな意味でも、昨日のパ3強の試合は、理想的な結果だった。早々にハムの勝利は確定したから、ソフトバンクと西武の試合をザッピングで見ていた。ソフトバンクが、何と不運なイレギュラー安打でサヨナラ負けした瞬間には「あーっ…あっ、やった、ラッキー!」と大声。子どもが、どれほど熱心にソフトバンクを応援してるか知ってるのに、大人気ないったら、ありゃしない。でも、本心だから、仕方ない。夕食時に酒を飲んだ後、ソファーにデカい体を横たえ、イビキでもかこうとしていたカミさんからは「もーっ、うるさい!!」って怒られた。

 今度は延長に入った西武戦を見ていると、カミさん「子どもが勉強しよーとに、ほかに行って見られんと」と、また怒る。夏休みの宿題も佳境に入ったようで、リビングのテーブルでは、長男の横で、中1次男も「歴史」と大書きした紙に向かってる。一応、子ども部屋もあるんだけど、わが家では、リビングで勉強するのが習慣。そういや、最近の週刊現代に「中学受験に合格する子は、リビングで勉強していた」なんて記事があった。誰に聞いたわけでもなかったが、長男受験期のわが家もそうだった。さすがに、その時期は、9時を過ぎるとナイター観戦は遠慮してたけど。おかげで親も、酒も飲まずに読書したりで、一石二鳥だった。

 でも今は夏休み。受験生もいないし、と、お構いなしに見ていたら「うるさいって言いよろ。寝られんめーが」。カミさんの本心はこれだったけど、CATVが見られるのはリビングのテレビしかないんで、「仕方なかろうもん」と返してやった。そうこうしてると、西武が大量失点。これは、長男とともに喜んだ。その横で、中学受験とは無縁で、野球にも興味のない次男は、冷めた目で見てた。

 2位ソフトバンクとの差を1.5に縮め、1位西武との差も3.5.自力1位も復活した。幸雄さんにもヒットが出て、立石先発の試合でピッチャーを2人しか使わなくて済んだから言うことなしだ。立石は、初めて6回を投げたんだって? 珍しい先発投手だな。武田勝のセーブもプロ初とか。先発に戻さないのかなあ。まあ、名将ヒルマンに考えがあってのことだろうから、1位になると、信じて、ついていきましょ。

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2006年6月17日 (土)

代々木の先に九州が

 また休みを九州色に染めてしまった。延期になった中2長男の運動会を代々木公園で観戦した後、北九州は黒崎が発祥のラーメン「唐そば」に行こうと、明治通りに車を走らせようとした。わたしは、このラーメンが大のお気に入り。とんこつに鶏ガラや野菜の絡んだスープは、本当にうまい。

 と、カミさん。「九州じゃんがら、って書いとうけど、あれ、なんね?」と聞く。そうか、こっちでもいいか。ちょうど、パーキングメーターも空いていたので路線変更。ただ気持ちは唐そばだったので、わたしは、とんこつ100%ではない「じゃんがら」を、カミさんは、とんこつ100%の「ぽんしゃん」を注文した。

 あっという間に出てきた「じゃんがら」を一口。「うん…」。特長のないスープで物足りない。ところが、カミさん「うん!」。「ちょっと、くれよ」と手をのばしてすすると「あー、絶対こっちやった」九州の味は。でも、けっこう濃い味だから、食べられない人用に「じゃんがら」が、あるんだろう。カミさんは上機嫌で「ぽんしゃん」のスープを飲み干していた。しかし、九州の味でここまで機嫌がよくなるんなら、毎週そうしようか。次は、リンガーハットが照準だ。

 ところで、長男の通う渋渋の運動会。昨年も驚いたが、今年もやっぱり、ビックリした。自分が出ない競技の間に、メールはしてるわ、菓子は食べてるわ。記念撮影をしてるグループもいるから先生は注意しないのかな、と思ったら、先生がその輪の中にいた。カミさんも「入場門とか、退場門やら、ないっちゃろうか」。統率なんてまったく取れてない。でも、ある意味うらやましい。軍隊調の行進を強要されたこともあり、さらに運動オンチのわたしは、運動会が大っ嫌いだった。

 そうなのだ。運動会なんて、誰に見せるものでもないのだ。やってる人間が楽しいのが一番だ。あっ、ここでは、運動会じゃなくて、スポーツフェスティバルだった。

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2006年6月10日 (土)

渋々中止の運動会

最近の休みは、九州に染まってる。
「しばらく」以来、カミさんにコビてるわけじゃないが
その方が機嫌が良けりゃ、その方がいい。

実は昨日は、渋渋中2長男の運動会だった。
でも当然、雨で中止。わたしが寝た午前5時に
ガンガン降ってたから。

でも一応、8時50分に起きて見た。
「中止か」とカミさんに聞くと
「当たり前やろうもん」
と、バカにしたように言いやがった。

わたし、雨の運動会に苦い思い出がある。
やはり長男、幼稚園の時だから10年ほど前か。

仕事が終わった午前2時、雨はますますひどくなっている。
「絶対に中止だ」。自他ともに予想し飲みに行った。
「1次会」が終わった5時にも止んでない。

「もう1件」。何曲も絶叫して店を出た午前8時、
空は明るかった。

「運動会、あるよ」「うそやろ」
そのまま、幼稚園の運動場に「強制連行」。
でも、起きてられない。シートに仰向けになった。
でも、寝れない。あまりに、大地が冷たいからだ。

その幼稚園に、たまたま会社の先輩がいた。
運動会の日はカミさんに怒られ
そんな光景を見ていた先輩に
翌日の会社では怒られた。

もう、こんな思いはしたくない。
だから、雨予報100%でも真っすぐ帰ってきた。

「当たり前やろうもん」と言ったカミさんも
実は、長男にメールしたらしい。

「(運動会)ないよね」
「もちろん」。

カミさんは怒ってた。
「バカにしやがって、もちろん、だけかい。
なんか、返信のしようが、あろうもん」。

でも、帰ってきた長男に聞くと
メールが届いたのはホームルーム中だったらしい。

学校にいる長男にメール送ってんじゃねえよ。
「もちろん」の返信が、やっとだろ。

で、その後、映画「佐賀のがばいばあちゃん」
を見に行ったわけですが、長くなったので
続きは後日。

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2006年4月25日 (火)

給与の一策

 仕事休みの昨日、午後3時過ぎに起きたら誰もいない。いつもは、ソファーからあふれんばかりの尻を据えた女がいて、必ず2時間ドラマの再放送を見てるのに、と考えてて、5日前に会社にきたメールを思い出した。「お仕事1日目、楽しかったよ」。えっ、今日からだっけ、知らなかった…。カミさんが15年ぶりに勤めに出た初日を。

 次男が中1になった。長男とは違って私立じゃないから金はかかんないんだけど、塾にも通い出した。「オレなんて、1回たりとも行ったことないから、行かなくていい」と言ったのに、カミさん「時代が違う! 塾に行かんやったら、高校やら行けん」と、強引に行かせてしまった。しかし、わが家の家計に、月3万円の余裕はない。すると「わたしが働くけん、大丈夫」と、妙に張り切っている。

 目星をつけたのは、福岡にいたずいぶん前に、わたしたちも撮影したことのある、子ども写真館。車で10分ほどのショッピングセンターの中にある。直線距離では3㌔程度だが、直行している電車もバスもない。「どうやって行くんか」と聞くと「自転車たい。運動にもなって一石二鳥やろうが」と悦に入っている。ところが、面接の日は雨。威勢良く「自転車たい」と言ってたヤツが、甘えた声を出し始めた。「ねえ、パーパーッ。(車で)送ってってくれんかいな」。まさか、雨のたびに、朝から起こされるんじゃ、ないだろうな。

 その面接も無事に合格し、カミさん自慢げに言っている。「ママ、お仕事ば、始めるけんね。遠慮せんと、心ゆくまで、学問ば、せえよ」。「ふーん」と返した次男「お給料は、いくらぐらい、もらえると?」。カミさん、なぜか沈黙。「どうしたと?」と心配そうに聞く次男に、カミさん重い口を開き「聞かんかった…」。家族4人、みんな、あきれて声も出ませんでした、とさ。

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2006年3月 2日 (木)

金に色は本当にないのか

 ついに来た。昼過ぎに起きると、ビックリ。カミさんの顔が変わっていた。メガネをかけている。知り合ってから18年。こんな顔を見るのは初めてだ。「どげん? 似合うっちゃろ」。言葉がみつからずに黙っていると、「学校に行ったらね。『わあ、よく似合うね』って言うんよ。わたしの子は正直やねえ」。次男は小6にして、処世術を身に付けたようだ。違和感は、ぬぐえないのに。

 10日前のことだ。地下鉄の出口を出ると、わたしは仕事モードに変わる。さあ、今日も頑張ろう。短くて9時間半、長かれば12時間、やるぞ、と気合を入れた瞬間にPHSが鳴った。カミさんだ。「事後承諾になるっちゃけど」「なに?」「メガネば、買ったけん」。

 視力が落ちてきた、とは言ってた。わが家の愛車、福岡ナンバーのタウンエースを、東京にきてもナンバープレートを変えることなく、カミさんも乗り回してる。右目は1.5あるが、左目は0.いくつも見えないらしい。いわゆる「がちゃ目」。「危ないから目医者に1度、行けば」と、ずっと言っていた。でも、行った風もない。それで、いきなりメガネかよ。

 「医者に行ったんか」「行っとらん」「で、なんでメガネが買えるん?」。わたしは、40を過ぎた今でも視力は1.2と1.5だから、メガネやコンタクトとは無縁。まったく分からない世界だ。「たまたま、メガネ屋さんに入ったと。そしたら、検査もなんも、全部ここで出来るって言われたけんが」「どこで?」「メガネスーパーッ!!」とか言って、電話の向こうで歌ってる。いちいち突っ込んでたら話が前に進まないから「で、買ったんかい」と聞くと、けれん味なく「うん」。「なんぼほど、した?」「…4万円…」「えーっ、もう払ったんかい」「うん」「金は? よう、現金で4万円も持っとったなあ」。もう家計費がないって言ってたし、キャッシュカードは、わたしの財布にある。単純に疑問に思って聞くと、「あったろうが、アンタのお母さんからもろうたお祝いが」「えっ、…」。

 3月に次男は小学校を卒業する。そのお祝いか、中学の入学祝いかが、現金書留で送ってきたとは聞いた。でも、その金って、そういうために使っていいのか。「いいと、いいと、色がついとうわけやないけん。1万円札に、お祝いって書いとうわけでも、なかろ」。そりゃ、そうですけど。確かに、車を運転するうえでも、メガネは必要ですけど。でも、いいのかなあ。

 それでも、1人ご満悦なカミさん。「まるで、魔法やが。よう見える。でもね、困ったことが1つだけあってね」「なんか」「わたし、こげん、ふけとったんやね。しわが1つ1つ、はっきり見えるようになった」。今まで、こんな能天気でいられたのは、現実から目を背けていたからなんですね。

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2006年2月22日 (水)

脳年齢135歳夫婦の記憶力

 どうも、ここのところ起き上がれない。確かに会社では相当なストレスを感じ、出勤が7日ほど続いたから、かなり蓄積しているんだろうが、それにしてもおかしい。後輩が相次いでかかった、インフルエンザかロタウイルスにでも感染してしまったか。8日ぶりに休みだった昨日も、昼過ぎに1度は起き上がったものの調子が悪く、テニススクールに欠席の電話をして、再び布団にもぐりこんだ。

 ところが、そんなことに全く構わないヤツがいる。カミさんだ。午後3時ぐらいに激しくドアを開ける音とともに「ただいまーっ」の大声。今どき、子どもでも、こんな元気には帰ってこない。出しておいたわたしの着替えがまだあるから「あらっ、まだ寝とうとかいな」と、2階にまで聞こえるようなひとり言。そしてドスドスと階段を上り、バーンとドアを開けて「パーパーッ、どっか悪いとーっ」。とても、人の身を案じているとは思えない叫び声だ。「ああ」とか「うー」とか答えようとする人の言葉を聞こうともせず、「病院に連れてって欲しいっちゃけど」。そういや、小6の次男がケガをしたとか言ってたな、と思いながら布団に入っていると十数分後、「下りてきてくれんかいな。病院の場所とか説明したいっちゃけど」と、また叫ぶ。仕方ないから、布団を抜け出した。

 「なして、こげん毎日忙しいとかいな。子どもを病院にも連れて行けんやないね」と誰に話すわけでもなくしゃべり、「アンタはいいねえ。こんな時間まで寝れて」。ちょっと待ってくれよ。毎日10時間以上、1週間も続けて深夜まで働いて、寝たのは朝の5時なんですけど。それに、アンタは趣味のコーラスサークルに、今まで行ってたんでしょ、と反論しようとしても、「なんやったかね」と言いながら、病院の地図を書いている。交差点の名前は「?」で、なんとか自動車のとなりの、なんとか商店街の入り口にある、宮本外科だって...?。わかるか!!。

 まあ、いいや。診察券に住所が書いてあるからネットで調べりゃ分かると思って、質問もせずに聞いてたけど、「わたし、バカやが。2回も行ったとに、なんていう商店街か思い出せん」とか言ってる。まったく、その通りだ。カミさんの地図じゃあ、きっと行けなかったろうけど、ネットのおかげですんなり行けて、ああ商店街ね、病院は看板の真下だ。「覚えとけよ。こんなわかりやすい名前なのに」。そう、次男に言ってた。帰って「確かに商店街の入り口やったね」と伝えたら「そうやろ。で、なんちゅう名前やったっけ?」。「…」。思い出せない。

 わたしの脳年齢は64歳。カミさんは71歳。初挑戦した時の「脳トレ」判定は、正確だ。

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2006年2月 6日 (月)

「なん、しようと」

 「あいつら、まだ勉強が足らんね。ガキと思うて、甘えとる」。カミさんが、ぶつぶつ言いながら部屋に入ってきた。家の前の路地では、小4の三男が、友達と戯れている。「なん、しようと、って聞いたんよ。何回聞いても、ポカンとして、しまいには、きたない物でも見るような顔をしやがって。バカガキどもがっ」。

 福岡から東京にきて、もうすぐ5年。カミさんは、地域のサッカーチームの会長になるほど、なじんでいる。でも、言葉はなじめないらしく、サッカーチームでも普通に博多弁で接し、最初は戸惑っていた子どもたちも、さすがに慣れてきた。カミさん流に言えば「よう勉強した」となるわけだが、今回の子どもたちは初体験だったよう。わが三男に「なん、しようと、って、どういう意味」と聞き、三男は「なに、してるの、ってことよ」と丁寧に説明したとか。さすが、バイリンガルだ?

 17年前も、そうだった。福岡から2人、東京へ「婚前旅行」。山手線の中で、大きな声で聞いてきた。どうして、九州の女は、総じて声がデカイのか。「ねっ、ねえ、どこ行くと?」。小声で「いけぶくろ…」。さらに大きな声で「そうね、池袋ね。ぶくろに行くっちゃね!」。「あのう、もう少し小さい声で、それに博多弁というのも…」「なんね、博多弁の、どこが悪いとね。アタシは、この言葉で、ずーっと育ってきたと! その言葉ばしゃべらんで、なんば、しゃべれ、っていうんね」。わたしは、18歳で上京して山口弁を笑われ、方言が出ないように過ごしてきたのに、それが当然だと思ってたのに、すごいカルチャーショック。開き直りというか、潔さに感服すらした。

 今、テレビでは「なまり亭」が人気を呼び、方言が脚光を浴びている。いいことだ。やっぱり、いろんな地方の文化は大切にしないと。山口人が福岡人に飲み込まれてしまったのは、じくじたる思いだけど…

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2006年1月31日 (火)

ニンテンドーDSにハマってる

 長いこと更新が途切れていたのは、送別会だ、新年会だ、歓迎会だ、反省会だ、と仕事帰りに毎日のように飲み歩いていたせいもあるのだが、もう一つ理由がある。ニンテンドーDSの「脳を鍛えるトレーニング」にハマってしまった。

 わが家はゲーム禁止だったはずなのに、ニンテンドーDSを買ってしまった。中1長男が期末テストで80点以上取れば、カミさんが「買うちゃる。世界中のゲームば持ってこーい」と約束したからではない。長男の平均点は75点。そんなに遠い数字じゃないじゃないか。「そうよ。冷や汗ば、かいたー」とカミさん。変な約束をするから、子どもの点数が上がらないように祈らなきゃならない。

 でも、ニンテンドーDSはある。長男が、納得できない、といったふうに聞いてくる。「なんで、買ったん」。さらには、「今さら買うなよな。禁止なら禁止の方が、カッコいいよ」と口をとんがらかす。すまん、主義主張を曲げて。すべては、「おいでよどうぶつの森」をしたいと懇願した小6次男に負けたから。ほとんどの友だちが持っている。だから、友だちと遊べない、と言われると…。そして、わたしにも、はやりの「脳トレ」をやってみたい気持ちもあった。で、ハマってしまった。

 しかし、DSは、ないもんですなあ。簡単に買えると思いきや、時期が悪かった。正月明けのお年玉戦線でほとんど売れてしまったらしく、特に東京は品薄とかで、1月15日に次男は、近くのTSUTAYAやヤマダ電機から、ちょっと遠いけどビックカメラ池袋本店とかの量販店、さらには新古書店やらゲーム店に、かたっぱしから30店以上電話しても、「売り切れました」の返事ばかり。唯一、ブックオフ要町店に「中古ならあります」と言われ、「中古? やめようよ」とは言っても、次男の心の火は消せない。仕方ないかと出かけ、そういや近くにゲオ要町店があったと思い出し、そこには電話はしてないという。なら試しにと入ってみると、「1台だけあります」。「えっ、新品が?」「はい」。その時の次男の感激ぶりときたら。「やったー」の声が、店中に響きわたった。

 丁重にブックオフ要町店に、わびを入れ、今に至る。「アンタ、何分やっとーと。いい加減にしーよっ」と、みんながカミさんの罵声を浴びながら。

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2006年1月25日 (水)

図書の授業の参観日

 今日、というか、昨日から今日にかけては、1日が長いなあ。この記事が何時にアップされるかは分からないけど、書き始めた今は、わたしが家に帰ってきた午前5時半です。もう、何時間、起きてるんだろう…。

 そもそも、昨日のブログに書いたケンカの前に、話はしてたんです。カミさんが子どもに言う。「あした、学校公開やけんね。アンタら、何時間目に来て欲しいと。1時間目以外の時間を言いーっつ」。

 学校公開とは、授業参観の「拡大版」。わたしも、東京に来て初めて知ったのですが、1日中、小学校があいてて、どの授業を見てもいいシステムなのだ。

 子どもは答えた。「じゃあ、2時間目」。カミさん「2時間目は、早いねえ。行けんかもしれん」。なら、最初っから、2時間目も行けん、って言えよ。と、他人事で聞いてたら、一大事でも起こったような、カミさんの叫び声。「あー、あした、学校公開やら行けん。わたし、コーラスやった。なんか、忘れとったと、思うとったんよねえ」。

 コーラスとは、火曜日に、カミさんが毎週、通っている、コーラスサークルの練習日。何を今さら思い出しとんじゃ、毎週、決まったスケジュールやろ、と思うと「ねっ、アンタ、行ける?」と聞いてくる。「オレ? テニス」。毎週月曜日が仕事休みのわたしは、週の始まりの火曜日はテニススクール。午後1時半から3時まで、心地いい汗を流した後、4時から仕事をすることにしている。普段、午後2時とか3時にしか起きないわたしが、頑張って昼過ぎに起きてるという日なのに、そんなことは、お構いなし。「あんた、テニスと子どもと、どっちが、大切やんね?」。そのまま同じ言葉を返してやりたいけど、どうせ言うんだろうね。「それと、これとは別ったい」って。案の定、言われた。「だいたい、アンタだって、たまには、学校に行っても、いいっちゃろ」。

 行きましたよ。午前11時に目覚まし時計に起こされて。わたしの習慣では、午前6時前には寝れないのに、5時間ほど寝ただけで、誰もいない家を出て学校へ。

 ところが、小4三男の教室に行っても誰もいない。なんだ? と思っていると、黒板の文字が目に入った。「4時間目は、図書の授業です。図書室にいます」。ふーん、と図書室に行くと、父母なんて、誰もいない。それでも、と、ドアを開けて入ると先生が、あいさつしてきた。「図書の授業なんです」「何を、するんですか?」「みんなで、本を読みます」。たーだ、ガキどもが、本を読む姿をながめていた。退屈だ。でも、こんな世界もいい。わたしも一緒に、図書室の本を読んでいた。

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2005年12月12日 (月)

王者も今日から期末考査

 いやー、驚いた。今、買ってきた日刊スポーツを開くと、3面にドーンと「16歳新女王 中村美里」の大見出し。記事には、しっかり「渋谷教育渋谷高」と入っている。中1長男の通う「渋渋」の高校生、中村美里選手が、昨日の福岡国際柔道で初優勝に輝いた。高1以下での同大会優勝は、YAWARAちゃん以来の快挙だという。今日の学校は、大騒ぎだろう。あっ、今日から期末考査か。でも、大騒ぎだろう。

 昨日は家族そろって、テレビに見入っていた。中村選手のプロフィルを紹介するVTRが流れると、長男「オレの学校だ」と言って興奮している。北田選手との決勝戦「1本」の判定に、「ヤッター」と大歓声。しかし技ありに変更。「なして、なして」とカミさん。知らん…。しかし、知り合いでもないのに、なんでここまで熱中してるのだろう。長男と同じ学校に通っている生徒というだけ。でも、それで十分か。勝利の瞬間には、みんなで拍手を送った。

 昨日のこのブログは、アクセス数294と、最高の数字を記録したのだが、それも中村選手のおかげだった。検索ワードをみてみると「中村美里」「渋谷教育渋谷高」「柔道」なんて言葉が、やたらに目立った。そして、優勝の決まった午後4時台以降に、数字が急増している。思わぬ渋渋効果。ありがとう、そして、中村選手おめでとう。

 期末考査の勉強を中断してテレビを見ていた長男。中継が終わると「中村さんも、明日から試験なのかなあ」。わたし「そりゃ、そうやろ」。すると長男「いいなあ、赤点とっても、何も言われんやろうね」。わたしとカミさん、同時に叫んでいた「そんな問題じゃない!」。

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2005年12月11日 (日)

ニンジン作戦なのかニンテンドーDS

 「ニンテンドーDS、手に入るかなあ」。福岡で明け方まで飲んでた酒が、まだ残っていたので、ソファーでグタッとしてた出張帰りの9日の夜、勉強をしていた中1長男が、突然つぶやいた。わが家では、ゲームは禁止。許していた時期もあったが、収拾がつかないほどやり続けていたので、やっぱり禁止。しかし、隠していたゲームボーイアドバンスを次男と三男が見つけ出し、隠れてやっていて、それがバレたので、ゲーム機2台を金属バットで粉々にしてやった。そんな事情を知っているはずなのに、なぜ、そんなことを言う?

 「ママが買ってくれるって! 期末(試験)で平均80(点)以上、取ったら」。そのママは、午後11時を過ぎても帰ってきてない。何の懇親会だか忘年会だか知らないが、まだ歌ってるのか。その間にも、居酒屋の庄やから、翌日の宴会予約を確認する電話が入ってきたから、この年末、どれほど飲むつもりなんだろう。そういや昼間、福岡空港にいたわたしに電話がきた。「今月、お金ないんよー。そこで思ったんやけど、アンタ今、出張やろ。そしたら出ようもん。出張費とやらが。それ、アタシにくれんね」。なんだ、そりゃ。それに、その金は、わたしの小遣いに、もう織り込んでいる。「アホか。オレの」と言って電話を切った。

 日付変更線を超えないうちに、カミさんが帰ってきた。「ただいま、フォーッ」とか奇声を上げて、腕を振り上げている。勉強を終えて「着信アリ」に見入ってた長男、「うるさいなー、聞こえない」。カミさん、お構いなしに「学問ば、したかーっ?」といっそう声を張り上げるから、長男「うるせえな、酔っ払いババアーッ」。でも動じない。「そげなこと言うと、ニンテンドーDSば買わんけんね」とか返してる。わたしが「なして、ゲームを買ってやるとか言うんか」と聞くと「80点取れたらのハナシ!。取れるわけなーい」。わたし危機感を覚えて「えっ、中間は取れとったやん」と聞くと「中間と期末は違うと!」「どこが?」「範囲が広い」。たったそれだけで…と返そうとすると「ニンテンドー80でも90でも、買うちゃる。世界中のゲーム機ば持ってこーい」。酔っ払ってるのか、ゲキを飛ばしてるのか、よくわからないし、ゲーム機の名前とテストの点数が、ごっちゃになっている。

 と、カミさん。小6次男の、漢検(漢字検定)5級の合格証を見つけた。「わっ、すげえ。あいつ受かっとる。何の勉強もしとらんとに」。次男は長男と違って、中学受験なんてまったく興味なし。家で教科書を広げた姿なんて、見たことない。素直に次男の「快挙」を褒めりゃいいのに、カミさん、長男に向かって「アンタ、今度4級ば受けるっちゃろ。落ちたら、あいつ(次男)と一緒(のレベル)やけんね」。「うるせえなあ」。長男の叫びが響いた。渋渋の期末考査は、あす12日から。

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2005年12月 8日 (木)

車がヘコんだわけは

 もう2週間も前の話だけど、車がヘコんだのには伏線がある。アトピー性皮膚炎に苦しむ小4三男の症状が、冬になってひどくなってきたので、近くのかかりつけ医に行った。わたしの体質そのままだから、責任も感じている。かねてから、血液によるアレルギー検査を、行きつけの整体師や薬剤師から勧められていたので、親子そろって受けようとしたわけだ。

 ところが、まあ病院の混雑のひどいこと。2時間以上待った。医師は検査を快く引き受けてくれ、1回に11項目しか出来ないと言われたので、11項目を埋めなきゃいけないと思い、ダニやらハウスダストやら、牛乳やら卵やら、原因になりそうな物質に、ひたすらチェックマークをつけていった。で、会計。2人で1万円を超えた。「すみません、持ち合わせがないので、下ろしてきます」。大恥をかいた。さらに、薬局では4000円以上。医療費とはいえ、1万5000円もの出費を、わが家は簡単に許せはしない。そんなに、金がかかる検査なら、先に言ってくれよ。いや、医者はそんなこと言わないか。3週間分も薬を出す必要があるのか…などとモヤモヤしながら運転していたから、悲劇は起こった。と言い訳をする。

 家に帰って、さらに怒りは増した。処方された塗り薬の「プロトピック」という名前は確か「発ガン性があるから、絶対にダメです」と言われてた軟膏じゃないかなと、薬剤師に確認したところ、やっぱりそうだった。治癒効果があっても、発ガン性が指摘されている薬を処方する医師に対する信頼感は、一気にゼロになった。わたしは、その薬を、過去に何度も塗っている。

 さらに後日、怒、怒、怒…。検査結果を聞きにいった診察の場で「この検査は、こんなにお金がかかるんですか」と勇気を振り絞って聞いてみると「1項目1200円です。3割負担だから、自己負担は360円です」。11項目だと、4000円弱か。前回の会計も納得がいった。さらに、医師の言葉が続いた。「費用がかかりますんで、それでも検査をしますか、と確認してるんですよ」。はっ? アンタ、前回、一言でも、そんな話をしたっけ?? もし聞いてりゃ、家計の見直し中で、出費制限を強いられてるわが家は、11項目も選ばず、選び抜いたはずだ。よくまあ、しゃーしゃーと、そんなことが言える。

 でも、その医師をかかりつけ医として、3年以上通っていたのも事実だし、混雑しているのも、事実なのだ。この現実を、どう説明すれば、いいのだろう。

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2005年6月23日 (木)

楽しい中学校っていいな

 まさかロッテに、日本ハムが連勝できるとは思わなかった。さぞや、ロッテファンの胸のうちは…そう考えていると、先週行った、渋渋の学校公開を思い出した。中1の表現(国語)の授業にロッテが登場してた。

 「ロッテってチームがあるの」「あるよ」「先生、そこのファンなの」。途中から聞いたので、どうしてそんな話になったのかは、分からない。ここからは、先生の独演会になった。「生まれてからの千葉ロッテファン。生まれから優勝していないのが、ロッテと日本ハム」。おいおい、いらんこと教えんで、よろし。「今年が最大のチャンス」と願いを込めるように話していた先生の気持ちは今、いかばかりか。

 しかし、楽しい学校公開だった。余談が終わったので表現の授業を離れると、向かいの教室では歴史。隋や唐の話に引き込まれてしまった。教科書などは、ただ進行の確認に過ぎないのね。先生の言葉にも動作にも活力がある。わたしたちが受けた「はい、だれか教科書を読んで」的な、面白くもおかしくもない授業とは違うのだ。西遊記の話になれば、夏目雅子までが登場していた。

 その1週前のスポーツフェスティバル(運動会)でも感じたことは、生徒たちが楽しそう、ということ。運動会によくある組体操や踊りなど、父母らに見せるためだけの種目はない。自分たちの世界を自分たちで楽しんでいる。それでいいじゃないか。本来、運動会なんて、誰に見せるってもんじゃなく、やってる人間が楽しいのが一番だ。見せるための練習が、わたしは中学時代に一番嫌いで、体育嫌い、運動会嫌いになった。まあ渋渋の場合は、代々木公園の陸上競技場を借りて行うから平日開催を余儀なくされ、見に行く父母が少ないという事情も大きいのだろうが。

 学校公開も終わり帰ろうとすると、目の前に長男の後姿があった。持っていた傘で「カンチョー」とばかりに肛門を突いても無視している。「もう1回やり」とカミさん。指令通りにすると、長男は振り向きもせず、さりげなく逃げて行きやがった。そういう年頃になったか。しかしカミさんがどう思うか。家に帰ると案の定「アンタ、せっかくパパとママがカンチョーばしたとに、無視したろー」と怒られていた。

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2005年6月 3日 (金)

もう中1英語についていけない

 ふと、中1長男の英語の勉強に付き合わされた。

 久しぶりに家でゆっくりした休み。試合開始から終了まで、日本ハム対巨人戦を見ていた。日本ハム敗戦の事実を受け入れ、一眠りしたあと、プロ野球ニュースで敗戦の事実を再確認し、酔いがさめたので、冷蔵庫を開けると、長男が「ねえ、暇ならAを読んでよ」と言ってきた。差し出された英語の教材には、AとBの2人が会話をしていた。

 「なしてAを読まな、いかんとか?」「2人しかいないし、読んでくれないと、オラがBを読めないじゃないか」。長男は夕方、NHKラジオの基礎英語を聞いている。最初は恥ずかしいらしく、英語が声に出せなかった。「何が恥ずかしいんか。声に出してしゃべらんと、英語は上達せんぞ」と指導し、吹っ切れたように声に出し始めたが、いざ自分の身に降りかかってくると…。恥ずかしいじゃないか。それに、前にも書いたけど、オレの高校時代の英語の偏差値は38なんだ。

 そんな不安を隠すように、虚勢を張って読み始めた。うっ…、まさか中1の教材で、読めない単語があった。それも1つや2つじゃない、3つだ。適当にごまかしたけど「違うんじゃない」と言われないかと心配で。と、長男は何も見てないじゃないか。「暗記しなきゃ、いけないんだよね」。2カ月前までは、英語なんて知らなかったくせに。「中1でも、高度なんだなあ」。思わず出た言葉は、本音だった。

 何とか1回目は切り抜けたけど、2回目以降に備え、長男の教科書を盗み読みしとかなきゃ、ダメかもしれない。


 ●日本ハム5‐6巨人。負ければ悔しいけど、仕方ないでしょう。1、2戦と違って拙攻合戦じゃないから、ストレスもそうは、たまっていない。ゲストの伊集院光さんにも助けられた。グチをこぼしたいだろうに、それを我慢するように、好ゲームに仕立てていたから。伊集院さんがいなければ、わたしの悔しさも、もっと募っていただろう。

 トーマスの変身ぶりには驚いたし、マイケルは素晴らしいし、ダルビッシュも、もうすぐ出てくるだろう。外国人監督のチームらしく、カタカナ選手が救世主になってくれそうな期待を抱かせる。もちろんSHINJOもね。

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2005年4月17日 (日)

初めての2週続けて渋谷

 先週金曜日の入学式に続き、今週は保護者会で、昨日は渋渋へ。2週続けて渋谷に行くなんて、人生で初めてかもしれない。しかし、さすがは渋谷にある中学だ。危険回避とトラブルに巻き込まれた時の対応について、事細かく注意がなされていた。「決して安全なところでは、ありませんから。1人では、できるだけ帰らないように」。変に、「ウチの学校は安全です」と取り繕われるよりは、よっぽどいい。それに、純粋培養ばかりでも、どうかと思う。世の中を必要以上に見せることはないが、無理に隠すよりは、ありのままを見せた方がいい。そんな事も、志望動機の1つだった。それでも、先生方の努力により、トラブルに巻き込まれる渋渋生が、ほとんどいなくなっているらしいのは、何よりだ。

 勉強の方では、相当にプレッシャーをかけられた。「毎日、2時間はかかるくらいの宿題は出します」。ふーむ。長男と楽しみにしていたのは、学校が終わった後、夕方渋谷で落ち合って「交流戦を見に行こう。神宮はすぐだし、横浜だって近い」と言っていたのだが。このぶんじゃ、ナイター観戦なんてとんでもないようだ。仕方ない、1人で行くか。

 ○日本ハム5-3楽天。上記のような理由で、ちょうど試合時間が保護者会でした。だから、せっかく東京ドームで試合をしてるのに、生でもテレビでも見られませんでした。PHSからサイトにアクセスし、8回の勝ち越しを知った時には、地下鉄の中で「よし」と叫びましたけど。その後は、サッカー、競馬、野球のナイターと出来事が目白押しで、息つく暇もありませんでした。どっさり疲れて、ファイターズの試合を振り返る気力もないほどです。

 しかし、4連勝で5割復帰。思いもしない早さでしたね。でも、その前は4連敗してましたから、取り戻しただけか。今年は、連勝、連敗が多いですな。

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2005年4月14日 (木)

通学定期ってどう買うの?

 朝6時。酒を飲みながら録画しておいたビデオを見ていると、渋渋に通う長男が起きてきた。そして言った。「ねえ、早く定期、買ってよ」。そうだよな。いるよな。「おう」と答えて、ふと疑問。何カ月ほど買えばいいの?

 小学、中学、そして高校も歩いて通っていたわたしに、定期なんて縁がなかった。上京して大学に通うのも、徒歩だった。持ったことがないから「定期」は、あこがれの存在だった。そして、持ったことがないから、買い方がわからない。

 定期は普通、1カ月、3カ月、6カ月。3カ月じゃ1学期に足らないけど、6カ月じゃ夏休みに入る。でも、学校へ頻繁に通うことも、あるのだろうか。「確認してこい」と、子どもには告げた。通うのなら割引率の高い6カ月定期×2で1年を賄った方がいいのか。それとも、1学期は3カ月と切符、2学期は3カ月+1カ月、3学期は3カ月が効率的なのか。

 以前に暮らしていた福岡では、西鉄バスのチラシで「学期定期」なる案内を見た記憶がある。でも、東京の地下鉄や私鉄、JRでは、その存在はないようだ。あれば、便利なのに…。

 長男のある友だちは、1カ月だと言う。理由を聞けば「なくすかもしれないから」。うーむ、そこまで考えなければいけないのか。いい買い方を、どなたか教えてください。

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2005年4月12日 (火)

いってらっしゃいの時間におやすみ

 居酒屋と寿司屋をはしごして、きのう帰ったのは、午前7時だった。玄関のノブに手をかけると同時にドアが開き、新中1生の長男が出てきた。渋谷にある渋渋までは、約1時間。8時15分の登校と言ってたから、そうか、家を出る時間か。今までは、起きてもいない時間だったのにね。いい気持ちで酔っ払っていたので「おっ、行ってこい。都内有数の中学生」と言ってやった。エリート意識を持たせるためか、自覚を促すためか、入学式で校長が発していた言葉。でも無反応で、すれ違った。

 「まだチャンスはある」とカミさん。わが家は坂の上にあり、台所から道を見下ろせる。寝巻き姿の女と、酔っ払った男が、坂の下に向かって「行ってらっしゃーい」「有数の中学生よ」と大声を張り上げてやった。すると、一べつして逃げるように走っていった。手ぐらい振る余裕があっても、いいじゃないか。なあ。 

 しかしだ。午前7時に家を出るということは、これから毎日、6時には起きるということか。会社から真っすぐ帰っても午前3時のわたしは、その時間はいい気持ちで酒を飲んでる時間だ。寝るのが、だいたい午前7時。毎日、酔っ払った親父の姿を見るというのは、教育上いかがなものなのだろうか。うーむ。

 なんて、便意に襲われたからトイレに座って考え込んでいると、地震に襲われた。揺れは止まらないし、出て行くものも止められない。部屋からは、カミさんと小学生2人の悲鳴が聞こえる。ドアを開けて「大丈夫かー」と声をかけた。幸い被害はなかったが、この出で立ちで被災していたらと思うと、おっぱずかしい。
 

 ●日本ハム2‐3西武。お願いだ、1日も早くアルモンテを2軍に落としてくれ。初回、先頭打者の遊ゴロを、いきなり悪送球。失策は一塁手のセギノールについたが、明らかにアルモンテが悪い。その後2死満塁の場面で遊ゴロ。よし、チェンジと思ったら、ボールが手につかない。自分が出した走者を自分の失策で返すなんて、聞いたことがない。打率も最下位の38位。四球がリーグ3位の10あるから、出塁率こそ11位だが、こんなもんじゃ、取り返せない。頼むから、もう使わないでくれ。成長著しい飯山を使おうよ。

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2005年4月 9日 (土)

もう子どもじゃない

 大きくなったな、としみじみ思った。昨日は、長男の入学式。渋谷教育学園渋谷中へ行くために、最寄駅から切符を買おうとした。普段通りに子どものボタンを押そうとすると、横にはブレザー姿の長男がいる。「うっ、大人か」。中学生からは、半額の子ども運賃じゃない。「いいよ、子どもでも通れるんじゃない」「ダメだ、オトナの自覚を持て」。こういう点では、わたしは、妙に律儀なのだ。カミさんと合わせ、3枚のおとなの切符を買った。初めての体験だった。

 一昨日までの、いわき旅行が、最後の子ども料金だったんだ。父子2人だけの旅。カミさんの計らいだ。幼稚園の卒園もそうだった。男同士で節目の旅行に行ってきなさい。そう言われたから、好き勝手な計画で、ナイターを見て、温泉に漬かって、寿司を食って。目論見通り、語り明かした。「旅行は朝めしが楽しいんだ」。そう言って寝て、目が覚めたら、朝食の時間は終わっていた。

 「大人への入り口、出発点」。渋渋の入学式では、こんな言葉が繰り返されていた。寂しいような、うれしいような。来賓のあいさつも、在校生の歓迎の言葉も、新入生のお礼の言葉も、英語で聞かされた。「アンタ、わかる?」「おう! オレの高校時代、英語の偏差値は38や」「大きな声で、言わんで!」。人目もはばからず、ばかな会話をしていた。こんな親は超えてほしい。

 入学祝いの口実で、今の今、午前5時まで飲んでました。支離滅裂な文章ですみません。

 そして、きのうのファイターズ批評。●日本ハム2-8ロッテ。ロッテ清水直は打てない。0-1で迎えた3回、9番中嶋のヒットで得た1死一、二塁の場面が唯一のチャンスだから、敗戦もいたしかたないでしょう。ここで、新庄は遊併。打って欲しかったけどなあ。ミラバルも5回、満塁弾を浴びなくても、いいんじゃないの。「規則違反」っていう幸運な判定の恩恵を受けたのに。無死一塁でロッテの西岡がバントした際に、足が出たからアウトなんて、初めて見ました。「ミスジャッジ」を、平気で跳ね返したロッテは強いです。

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2005年3月 7日 (月)

渋谷で遊ぶはずだったのに

 きょう、宅急便の不在通知が入っていた。差出人を見ると「本人」。オレには出した記憶がないと、少し頭をひねって思い出した。長男が進学先に決めた中学校、渋渋の説明会が昨日だった。教材やら制服やら、持って帰れなかったら、ヤマト運輸さんがその場にいらしてた、とカミさんが言ってた。

 持って帰ってきただけでも、相当あった。英語の教材は何種類もあった。高校時代、英語の偏差値が40に届かなかったわたしが、たどたどしく読んでやった。「あのう…ナニジンですか」と聞かれた。芥川龍之介の短編集もあった。久しぶりに読んでも面白い。「杜子春」と、ほかにもう1つ作品の感想文を提出することが、入学までの国語の課題らしい。英語にも課題がある。「大変やな」と言ったら、素直に頭をたれて「うん」と、うなずいた。渋谷の中学なら遊べると思ってたのに、こんなはずじゃ、なかった、と。

 野球好きの長男、福岡出身だからホークスファンは、昨年1年だけは、ナイターも見ずに勉強していた。中学になれば、野球が見られる。日本ハムは東京を後にしたけど「(家から近い)西武ドームだけは行こうね」と言っていた。そこに「交流戦」の知らせ。「神宮でも横浜でもダイエー(当時)の試合が見れるんだ」。平日が休みのわたしも乗った。「オマエが渋谷の中学に行けば、手っ取り早い。渋谷で待ち合わせをすりゃ、神宮も横浜だって、あっちゅう間や」。立教新座を蹴り、渋渋にしたのも、そんな理由があったと、わたしは推察する。5月を楽しみにしていた。でも…

 「オラ、交流戦は見に行けない」。説明会で相当に、中学受験成功の余韻に浸っていた頭や心を、相当ガーンとやられたようだ。カリキュラムの厳しさの現実。宿題の量や質からすると、平日の夜にナイターを見る時間はないそうだ。考えてみりゃ、そりゃそうだ。渋渋に合格したからといって、難関大学へエスカレーターは通じてないし、社会生活へのパスポートもない。これから6年間、どれだけ頑張んなきゃいのか、って感じたんでしょう。聞けば、有名大学の付属校だって、中高生活は厳しいらしい。

 でも、同じ野球好きのオレはどうすんだよ。長男と、神宮や横浜で交流戦を見ることを楽しみにしていたから「5月まではいいやろ」などと、焼き鳥屋のカウンターで説得を始めていた。

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2005年2月20日 (日)

「父と子の中学受験ゲーム」って

 ライブじゃなかっんだ…。「ええっ、どういうこと?」。酒のせいか、わけが分かんなくなっていた。週刊朝日のコラム「父と子の中学受験ゲーム」は、今まさに受験に挑んでいる次男と父親とのドキュメンタリーが記されている、と思い込んでいた。

 気がつけば感情移入し、少しライバル意識もあって気になる2月第1週。週刊誌だから、まだ結果は載ってないだろうけどと思いながら手にすると「平成15年2月…」。こんな表現、確か初めてだ。今は何年? 平成でいえば、17年じゃなかったっけ。

 欄外に目をやると、著者の紹介には武蔵高に通う長男、世田谷学園に通う次男の中学受験を経験とある。あれっ、これまでそんなことは書いてなかったし、次男の話をしているけど、その学校とは違うドキュメントだし…。寝室の奥を探すと昨年10月の週刊朝日があったから見てみると、子どもの学校名は書いてなかった。今、明かされた「録画中継」の事実。テレビ朝日のプロ野球中継だな。過去の話を、あたかも同時進行のように書いていただけなんだ。って、知らなかったのはオレだけなのか。

 もともと、小学以来に再発したアトピー性皮膚炎で通っている、行きつけの医者、じゃなくて
(飲み屋じゃないから、そうは言わないか)
かかりつけの病院の待合室で昨年の秋、たまたま手にしたのが週刊朝日だった。塾選びから受験指導まで、子どもと「一体」になっているお父さんの姿が書かれていた。

 一方の私は…。今でこそ、渋渋とか立教新座がとか言っているが、当時はホント、なんにも知らなかった。ここまで、のめり込める作者の高橋秀樹氏を尊敬した。そのコラムで桐朋中のことを知り昨年末、カミさんに「桐朋中なんて、いいんじゃない」って聞いたら、「アンタが、遠いからやめれって言うたんやないね」と怒られた。そんな事、全く記憶にない。「偏差値だって足りるわけないやないね」とダメを押された。

 わたしと、長男の中学受験を結んでくれたのが、そのコラムだった。振り返ってみれば、昨04年11月19日のこのブログ「中学受験斬り」で、初めて受験の話題を記している。影響を受けた証拠なのだ。2月1週以降は、週刊朝日を必ず買って読んでいる。だから、だまされたなどとは決して思っていない。

 長男は武蔵高ですか。わたしは、武蔵大です。ハッハッハ、参ったか…。

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2005年2月13日 (日)

親がのぼせてどうする

 渋渋に受かった1日以降、長男は参考書など1秒たりとも開いてない。すっかり遊びほうけている。ゲームはするわ、デュエルはするわ。変われば変わるもんだ。昨日はサッカーチームの練習に、勇んで行った。受験勉強との両立に悩み、チームを去る友だちが相次ぐ中、長男は辞めなかった。これは褒めてやってもいいと思う。親に似て、決してうまくはないけど。

 参考書や過去問集は、どこに行ったかというと、1日の日に無造作にダンボールに放り込まれ、階段の途中に放置されている。小5の次男は、これが気になって仕方がない。今は、吹奏楽に夢中。トランペットをうまく吹くことしか、考えてない。受験なんて毛頭する気はないと分かっているけど一応、確認のために「塾に行くか。受験するか」と聞いてみたら、頭をブルブル震わせていた。参考書が、自分に回ってくるような事態は、何としても避けたいのだ。ダンボールの前を通るたびに「お兄ちゃん! 早くチリ紙交換に出しちまいなよ!!」と叫んでいる。

 小3の三男が「オラも受験したい」なんていい出したのも、気に入らない。受験なんて言葉を出して、自分に降りかかってきたらどうする、という警戒心は解いていない。だから、弟には邪険に言う。「だったら、とっとと塾に行っちまえよ」。すると三男「オラは、2学期からと決めとるんじゃー」。

 ちょっと待て。何を勝手に決めとるんじゃ。あれほど「先着1名」と言ってるのに。私立に2人もやる金はない。左利きの利点を生かして、小学1年から始めた野球で、サウスポーとしてプロ野球界に入る。1億円以上の契約金をもたらすと、今から確約があれば話は別だけど。

 「野球を続けるという条件で受験させるか」「そうやね、早実とかならね。そしたらアタシも働かんば」。父と母、そろって、のぼせ過ぎか。

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2005年2月12日 (土)

お返しに17万円の制服等

 昨日は、長男が進学先に決めた中学・渋渋の制服やらバッグやらの購入日だった。その前日に、わたしも「行く」とは言っていて、朝9時に長男も起こしにきたけど、「今から渋谷に行って、また練馬まで戻って午後1時半から3時までテニススクールがあって、4時から仕事して、終わるのは早くて午前2時か」と思うと、やはり重い。で、やめた。母子2人だけが行った。

 会社に行くと、長男が自らの合格祝い寿司の代金、1万2600円を出したという前日のブログを読んだ部下2人が言う。「エライですね、長男は」「当然、補てんは、したんでしょ」。「いや、なんにも」と答えると「なんて、親ですか」と非難された。ちょっと、待ってくれ。

 この長男、年末の物入りの時に、1万円を落としやがった。散髪に行かせた時、カミさんが大きいのしかないからと渡した福沢諭吉さんを、「ない、ない」と、散髪が終わった後で、そりゃ、たいそうに慌てていたと、のちに理髪店のご主人から聞いた。

 当たり前だ。慌ててもらわんば。なんたって1万円なんだから。長男の1カ月1000円の小遣いは10カ月凍結と決まった。「なんで」と聞くから「当たり前だ」と、ニベもなく答えた。でも、父ちゃんは優しい。「渋渋に受かったら解除」と、助け舟を出していた。今にして思えば、また我ながら、この作戦は成功だったと思う。

 寿司はごちそうになったけど、「小遣いは? まだ、もらえんと?」とは聞いてこない。もう少し、黙っとこうか。でも昨日、何に使ったんかは行ってないから知らんけど、「制服等」で17万円を払ったと、カミさんはわたしに伝えた。

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2005年2月11日 (金)

弟が泣いた合格祝い

 初めて子どものおごりでメシを食った。合格祝いにと要求されていた「回らない寿司」を、当の長男が「オラが出す」と言い始めたのだ。いわゆる、普通のお寿司屋さんに行くと、いくら取られるか不安で仕方ない。1度だけ、近所に行ったら3万近く取られた。だから車にはなるが、明朗会計の桃太郎寿司に行こうとしたら、カミさん「帰りは誰が運転するん? お祝いやろ。わたしも飲みたか」と言う。どうしよう、となったところで「出前がいいんじゃない」。それを知った長男が「オラが出す」と言ったのだった。

 1年と少し前。お年玉の使い道を考えている頃の話だ。カミさんが長男に「アンタ、自分が受ける試験のお金ぐらい、自分で出しーよ」と言ったらしい。長男、それを真に受けて、お年玉を全部とっておいた。その何カ月後か、わたしは夕食の一杯やっている状況でその事を知り「それは、あんまりだ」とカミさんを否定した後で「渋渋の1回目に受かんなかったら、2回目以降は自分で出せ」と言ったらしい。この話、酔っ払っていて覚えていない。長男は「なんて親だ…夫婦して」とあきれたかもしれない。でも、われながら、なかなかの作戦だったと、今は自負している。

 普通の寿司屋さんの出前にしようと思ったが、以前に食べておいしかったというので、宅配専門の店にした。写真入りのメニューから選んでいる子どもたちも楽しそうだ。長男が「特上はどれ?」と聞くから、表紙にある「極(きわみ5人前)」を教えてやると「じゃ、これ」。チャイムが鳴ると、長男が財布を持って出て行った。「いちまんにせんろっぴゃくえん、です」「じゃあ、1万5千円から」なんて話している姿を、ドアのすき間から夫婦で見ていた。どう思われたろう。映画の「誰も知らない」のような世界と思われなきゃいいが。

 「おにいちゃん、おめでとう。ごちそうさま」。みんなが声をそろえた。次男も三男も泣き出した。「あっ」とカミさんが大声。「さび抜き(が2人前)って言うの忘れてた」。それでも弟2人は、寿司を口にするたびに「おいしいね」と言っていた。

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2005年2月 4日 (金)

ありがとうございます

 このブログを読んでいただいた、すべての皆さまに感謝します。「ありがとうございました」。長男の中学受験に感情移入していただいたり、応援していただいたり。1月12日の西武文理中学から合格発表が始まりましたが、1月26日の立教新座、2月1日の渋渋と、その度に最高アクセスを更新させてもらいました。ただ1人の中学受験生の「ドキュメント」が、こんなにもなるとは思っていませんでした。本来なら、お1人お1人にお礼の言葉を届けるべきでしょうが、このシステムでは、そうもいきません。「心に太陽を唇に歌を」ブログをしているカミさんともども、この場を借りて御礼申し上げます。また、まだ受験が終わっていない方々もいらっしゃると思います。バカ親のはしゃぎっぷりに、不愉快な思いをされた方もいらっしゃるでしょう。申し訳ありませんでした。

 と言いながら、仕事休みの昨日、妻と2人で渋渋への入学手続きを終えてきました。親としては、自分が手にできなかった「立教ブランド」を捨てるのは、もったいない気もしたのですが、決めるのは本人です。何のためらいもないようでした。もともと「甘えるから、大学の付属はダメ」というカミさんの方針で、渋渋を第1志望にしたのです。「大学は国立へ。そのために塾に通わせるぐらいなら、私立に行かせても、出て行く金は一緒」なんて小市民の考えもありました。長男の選択には「男女共学」が大きくはたらいたようですが。当初、立教新座なんて、とても手が届くとは思ってなかったので、チャレンジ校に設定したのです。

 入学金29万円と、施設拡充費7万円を払って帰ると、長男「きょう、渋渋へ手続きをしていただいたそうで」なんて改まってました。「ああ」とカッコつけて答え「その後の言葉はないのかな?」と聞いたら「たくさん、お金を使わせまして」。そうじゃない、「ありがとう」の言葉が欲しかった、なんて、親の勝手な論理でしょうか。
 
 でも、頑張ったと思いますよ。突然「受験したい」と言ったのは、小5の10月。東京の常識からすると、明らかに遅い。そこから塾選びが始まり、市進学院に決めたわけですが、最初の模試の偏差値は48でした。そんなガキを、偏差値60台後半の立教新座に合格させるまでにしていただいた先生にも、感謝してます。

 昨日は合格後、初めて長男と一緒に過ごしましたが、いつもなら勉強を始めたばかりの午後9時半には、ベッドに入ってました。2月、3月は、のんびりしていいか。でも4月からは、また戦いが始まるんだと、クギをさしておきました。

 そして、わたしとカミさんは、いつまでも祝杯を挙げてました。わたしは1日から、飲みっぱなしです。

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2005年2月 2日 (水)

ホッとしただろう

 「オラ、受かったけん」。しんちゃん言葉と博多弁の混ざった電話の声は、心底ホッとしているような気がした。早くから第1志望と決めていた、渋谷教育学園渋谷中に受かってくれた。大きな声で祝ってやりたかったが、ここは会社だから控えめに「おめでとう」。それを聞いた部下の拍手が照れくさかった。

 発表の30分ほど前、午後6時半からは、落ち着かなくて仕方なかった。PHSの調子が悪いから、報告は会社の電話に入ってくる。7時直前に何本か仕事の電話をとった時は、正直「なんだよ、仕事かよ」と心の中で叫んでいた。その打ち合わせをしている最中に、それらしき電話がきた。部下が「こんにちは」なんて話しているから、もう仕事の話は上の空。「どうだった、なんて聞くなよ。まず、オレに結果は聞かせろよ」。人づてに聞きたくないから、「はよー終われ、電話をかわりたい」。頭はそんな考えでいっぱいだった。

 自分が何をしたわけでもないけど、前夜は眠れなかった。それでも、ボーッとした頭でテニススクールに行った。会社にくる地下鉄は、「kit kat」のラッピングだった。車内には「きっと。サクラサクよ。がんばれ受験生」のメッセージ。広告もすべてキットカットだ。必死のゲン担ぎのあと、これは吉兆だ、なんて思おうとした。

 仕事のピークが過ぎた午後9時過ぎに電話した。「喜んどるか?」と聞くとカミさん「喜んで喜んで、今、救命病棟24時なんて見とるよ」。そういや、午後9時のテレビなんて、1年以上見てなかったもんなあ。「ダンボールば、持ってきたもんね。(受験の)資料を全部入れるって」。もう封印するのか。「明日も、あさっても、受けて見らんのか。渋渋は特待生があるやろ。それを目指して」と言ってみたが、「無理に決まっとろうもん」と一蹴された。何もしていない親の、ばかな欲深さだった。

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2005年2月 1日 (火)

中学受験の不思議な仕組み

 仕事が終わり「午前8時部長」の横を通ると、冷蔵庫を指差し「(ビール)入ってるよ」。「ごちそうさまです」って、喜んで一番搾りのプルタブを開けている場合じゃない。今日は長男の大事な日。本命・渋渋の試験日じゃないか。

 渋渋より偏差値の高いとされる、チャレンジ校の立教新座に受かったとはいえ、学校公開で「一目ぼれ」し、早くから第1志望と決めた学校には思い入れがあるようだ。発表日の夕方にダウンはしたけど、また翌日から机に向かい続けているから、気の緩みもなさそう。試験は第1回目が今日。そこで受かればいいんだけど、日程は2日、3日、さらには6日と続く。「敗者復活戦」? と思いきや、そうでもないらしいのだ。最初にこのシステムを聞いた時、わたしは不思議で仕方なかった。

 東京の私立中入試は、2月1日に一斉に始まる。そして、いわゆる御三家と言われる麻布、開成、武蔵の試験日は2月1日だけ。そのほか難関校といわれる学校も1日だけのところが多い。2日に1度だけ試験を実施する有名校もある。これらの志望者は、後のない1発勝負。長男が1月25日に受験した立教新座は、その「滑り止め」の1番手ともいえる。御三家などに不合格だった児童は、難関校の下、わたしの長男が本命にしている渋渋などに、2日あるいは3日に参戦してくるというわけだ。だから、渋渋に入ろうと思えば、1日の試験が最も難易度が低く、2日、3日の合格偏差値は上昇する。6日は何のため? 5日にブランド校である慶応中等部の試験があり、手ごたえを感じられなかった児童が、また参戦してくるのだ。だから、それなりに難易度は高い。長男には今日1日が最大のチャンスで、落ちてしまえば救われる可能性は減っていく…。

 結果は即日発表で午後7時。2日の第2回受験の願書締め切りは午後7時半。だからカミさんは、受験料2万2000円を持って見に行くらしい。うまくできたシステムだ。さらには、あらかじめ2回3回受験を申し込めば、セット割引もある。「最初から4回ぶん申し込んどけば」と提案したら「縁起でもない。それに、ムダになるかもしれんやないね」と怒られた。立教新座の発表日、わたしはテニススクールに行っていた。「1日も行こうかいな」と聞くと、カミさん「行って、絶対に行って」。そんなゲン担ぎしか、わたしにはできない。だから今日は出社前に、テニスに行かなければならない。そして会社で、カミさんからのメールを待つ。

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2005年1月26日 (水)

暖かかさが痛みを癒やした

 まぶたの裏を、じわっと濡らしたものは暖かかった。

 じっと午後2時を待ってもいられなかったので、わたしはテニススクールなどに出かけた。ドキドキしながら帰ってきたのが午後3時10分。長男もいる。カミさんもいる。でも態度から結果を推察できない。取り繕っているようでもあるし、沈んでるようでもある。まあ、立教新座中は実力以上のチャレンジ校。落ちてもショックは少ないのかな。カミさん「自分の目で見りー」というからパソコンに向かった直後、我慢し切れなくなったのだろう。小3三男が口を開いた。「お兄ちゃん、受かったんだよ」。振り向くと長男が笑っている。「ホントか」。抱きしめてやろうと近づくと、このやろう、逃げやがった。追いかけて、お構いなしに抱擁してやった。じわっと涙がわいてきた。

P1260171 しかしだ。ホームページでの発表は、あくまでも参考。正式な発表は本校での掲示をご覧になるか、本校よりの通知で必ずご確認ください、とある。「行くぞ!」「どこへ?」「掲示を見に」。

 てなわけで、片道50分かけて、しっかり3人の目で確認してきた(写真)。何枚も写真など撮っていたから、長男は塾に遅刻した。これって、本末転倒か。第1志望、渋渋の試験日まで、あと6日。

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2005年1月23日 (日)

替え、大縄飛びで1つになれた

 昨日の父と子の感動物語に、カミさんは冷たかった。「(ブログを)読んだけど、今一つ」。「どう?」「面白くない」「どこが?」「なんか、全体的に」。家庭でダメ出し、差し替え指令を食らおうとは思わなかった。会社で福岡の上司と電話で話していると「オマエのは、長いったい」。わかりました。書き直します。

 「ウオーッ!!」。自然と心の中から叫んでいた。場所は小学校の体育館。小5次男の学校公開(1日中やってる授業参観)5時間目は体育。なぜか大縄飛びに参加して、大縄を回していた。前夜に痛飲したアルコールも抜けたような気さえする。

 電話の上司とは違う、福岡から出張してきた上司と痛飲。何時に帰ったかは、よく覚えていない。すると登校前の次男が「今日、きてくれるよね」と聞いてきた。しまった。学校公開の日やった。一刻も早く寝なきゃ、慌てて布団に向かった。さらに次男の声が背中越しに追いかけてきたが「わかった」と適当な返事をしておいた。

 1時半に目が覚めた。1度寝ると忘れていた。「なんだ、あと1時間以上寝れるやん」。もう1度寝ようとして、ハッ! 学校だ。最終授業5時間目の開始は1時40分。良かった。まだ間に合う。しかし危ないところだった。

 酒が抜けていようはずもないから、飛び箱の上にボーッとすわっていた。なわ飛びか。先生は後ろ三重飛びなど披露している。「すげえー、ありえねえー」。小5の賞賛も若者言葉か。と、その先生、わたしのもとに歩み寄り「大縄飛びを回してもらえますか?」。思わず「それだったんだ!」と大声を上げた。思い出した。次男に適当にした「わかった」の問いは「大なわ飛びを回して」だった。しかし、なわ飛びの風景を見ても思い出さないなんて、おめでたいというか、アルコール性健忘症というか…。

 先生が取り出した大縄は、長さ20メートルはあろうかという大物。試しに回してみると、まったくできない。一筋縄ではいかないとは、このことだ。本番までの5分間、わたしは大きく腕を回し続け、ストレッチで体をほぐした。

 1度目、回らない。「せえの、イーチ、ニーイ、サーーンで回しましょう」。それでも回らない。覚悟を決めた。照れたり恥ずかしがったりしてる場合じゃない。吹っ切んなきゃと。わたしも大きな声で「イーチ、ニーイ、サーーン」。回った!でも今度は飛んでくれない。1回も飛べない。そのうち、ひっかかったあたりの子どもに「ここらへんが頑張れよ」なんてゲキを飛ばすほどに、のめり込んでいっていた。

 10度目ぐらいか。1回だけど飛べた! 拍手と歓声。しかし、なかなか2回が回せないし飛べない。授業終了の時刻は、もう過ぎてる。先生さすがに「最後にしよう」。ひと際大きな声で「イーチ、ニーイ、サーーン」。1回クリア、おっ2回目も。3回「ヨッシャー」、4回「ヨッシャー」。掛け声が自然に出ていた。5回も飛べた。児童も先生も参観のお母さんも拍手の嵐。わたしは叫び、何度も右手を突き上げていた。その腕は、しびれ切っていたけど。

 先生、児童全員の前で「ありがとうございました。また、次もお願いします」。冗談じゃない。腕がちぎれてしまう。「勘弁してくださいよーっ」と泣きをいれ「オジさんは、これから仕事なんだよ。じゃあ、行ってきまーす」と言うと、また大きな拍手と歓声で見送ってくれた。気持ち良かった。

 昨日、次男のコメントが取れたので追記。「みんな、言いよったろう。父ちゃんに、ありがとう、とか、頼もしいね、とか、カッコいいねとか」。土曜朝のアニメに夢中の次男、面倒くさそうに「いいや」と否定。「なら、なんて、言われたんか」「面白いオジさんやね、って」。次は絶対に行くもんか!

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2005年1月22日 (土)

大縄飛びで1つになれた

 一昨日は福岡から東京に出張してきた上司と痛飲。それも、ほとんどの時間は大声で絡んでいたから、エネルギーを使い果たしたので、家に帰るには帰ったが、パソコンの前に座る元気はなかった。リビングでダラーッとしていると、登校前の小5次男が「今日、きてくれるよね」。しまった。学校公開(1日中やってる授業参観)の日やった。それなら、ここまで飲むんじゃなかったと、急ぎ布団に向かった。8時前だったとは思うが定かではない。次男は続けて何か言っていたが「わかった」と適当に返事をしておいた。

 1時半に目が覚めた。「何だ、あと1時間以上、寝れるやんか」と、もう1度寝ようとしてハッと気がついた。学校公開やった。慌てて起き、冷蔵庫の横に貼ってある時間割を見ると、5時間目の開始は1時40分。良かった、間に合う。急ぎ学校へ向かうと、小3三男は教室で保健の授業中だったが、小5次男、小6長男の教室は空っぽ。「何だよ、言っとけよ」と腹を立てながら受付で聞くと、次男は体育館、長男は家庭科室。酒も抜けていようはずもないから、体育館でボーッと飛び箱の上に座っていた。母親ばかりで父親はわたし1人。すると、さっきまで後ろ三重飛びで「すげえー、ありえねえー」などと、せん望のまなざしを浴びていた顔なじみの先生が近寄ってきた。「大縄飛びを回してもらえますか?」。思わず「それだった!」と叫んだ。全部思い出した。次男に適当にした「わかった」の問いは「大なわ飛びを回して」だった。体育も家庭科も全部聞いてた。

 家庭科室をのぞくだけのぞいて、急ぎ体育館に戻った。先生が長さ20メートルはあろうかという大縄を取り出し「回してみましょう」。初体験。回らない。一筋縄でいかないとは、このことだ。二日酔いの身には、とんでもないことになった。「本番」までの5分間、わたしは必死にストレッチをし、大きく腕を回し続けた。

 1度目、うまく回らない。「せえの、イーチ、ニーイ、サーーンで回しましょう」。それでも、うまく回らない。もう覚悟を決めた。わたしは人見知りをするタイプ。でも、照れたりとか恥ずかしがったりとか、してる場合じゃない。自分でも「イーチ、ニーイ、サーーン」と大きな声を出すと回せた。でも今度は、飛べない。何度やっても、1回も飛べない。そのうち、ひっかかったあたりの児童に「ここらへんが頑張れよ」なんてゲキを飛ばす自分になっていた。

 10度目ぐらいか。飛べた! 拍手と歓声。私は右手を突き上げていた。でもそれから数度、2回が回せないし飛べない。授業終了の時刻は、もう過ぎてる。先生さすがに「最後にしよう」。気合を入れた。足を開き、腰を落とし、ひと際大きな声で「イーチ、ニーイ、サーーン」。1回クリア、おっ2回目も。3回、4回と飛ぶたびに「ヨッシャー」の掛け声が、自分の口から自然に出ていた。しびれ切った両腕に目一杯の力を込めた。5回も飛べた。みんなが拍手。わたしは「ウオーッ」と叫び、何度も右手を突き上げていた。最後の1度の集中力。先生と父親と30人の児童が1つになったんだ。

 先生、児童全員の前で「ありがとうございました。また、次もお願いします」。冗談じゃない。腕がちぎれてしまう。「勘弁してくださいよーっ」と泣きをいれ「おじさんは、これから仕事なんだよ。じゃあ、行ってきまーす」と言うと、大きな拍手と歓声で見送ってくれた。気持ち良かった。

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2005年1月19日 (水)

本命受験までになくなれ涙

 きょうは仕事休み。塾に行った小6長男の帰りを待って午後7時半、久しぶりに家族そろって家での夕食。家族団らんといった感じ。小3の三男「お兄ちゃん、ごはん食べ終わったらデュエルしようね」。カードを使った戦いごっこ、という説明でいいのかは分からないが、わたしもカミさんも、とっさに反応した。「デュエル?」。わたしは、そのあとの言葉を飲み込んだが、カミさん「そげなこと、しとる暇があるんか!」と一喝。でも「ちょっとぐらい、してくれてもいいやんか」と三男が頼み込むので、3兄弟はカード遊びに興じ始めた。

 危機感はないのかね。確かに西武文理には受かったけど、次は立教新座ですよ。「10は偏差値が違うっちゃけん」とカミさんが言う。その試験は1月25日。あと6日じゃないか。まあ、もともとダメもとのチャレンジ校だったけど、1度だけ偏差値が66まで上昇したもんだから、周囲はあらぬ期待を持ってしまった。でも本人の意識は「受かるわけないやん」なのかもしれない。それはそれでいいのだけど、第1志望の渋渋だって、2月1日が試験日。もう少し切羽詰まっても、とは思うが、これ以上は言うまい。

 そのうち、長男が「あっ…」小5の次男「(三男が)泣き出した」。どうやら2人の標的が三男に一致したようで「ずるいやんかー。みんながオラを狙ったら負けるに決まっとる…」とホントに涙を流して泣いてる。イライラ気分のこっちは酒の勢いもあって「泣くぐらいなら、ゲームやらするな!」。三男、エーンとひと際大きな声を発し「もう、いい」と隣のパソコン部屋に逃げ込んでしまった。まあ、いいか。とにかくゲームは終わった。と、しばらくして長男が「また、泣きよるよ」。何だよ、今度は。三男に訳を聞くと「(パソコンが)遅い…」とポツリ。どうやら、パソコンを立ち上げてゲームをしようとしたらしいが、わが家のパソコン、本当に遅い。1度見てもらおうと思ってるが、それにしても…。あきれ返ってしまったカミさん「涙が余っとるんじゃないと。幸せなヤツやね」と吐き捨てるように言っていた。

 まあ、理由は何であれ、今のうちに泣くぶんにはいいか。涙を枯らしといてくれないか。2月1日までに。

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2005年1月14日 (金)

焼き鳥屋で祝杯

 約束したから祝杯は挙げなきゃ、トリ年に羽ばたくために、ってなわけで焼き鳥屋に向かった。とは言ったけど、行きつけの店で、ただ私が飲みたかったから。だいたい、家族で食事をするのは、昨日行った焼き鳥大吉か、ステーキのBigBoyか、焼き肉の安楽亭か、回転寿司のスシロー、すし銚子丸しかない。家族は5人。予算を考えれば、このあたりになる。

 わが家から歩いて20分ほどの勝手知ったる道を、長男と次男はどんどん進んでいった。わたしの単身赴任時代からだから、この店との付き合いは、もう7年になる。家族でも月に1~2度は必ず行っている。塾の長男を除いた4人で先に行き、「終わったら大吉さんに来い」と言ったこともあった。だから、店の前で待つなんてことはせず、2人は先に入って座っていた。わたしら残り3人が入ると、女将さんが「おめでとう」。「てめえ、もう自慢しやがって」「違う、わたしが聞いたから」と女将さんは弁護したけど、1月10日が試験なんて話したかな。まあ、いいや。うれしかったのだろう。ビールとウーロン茶で「乾杯」すると、隣の知らないお客さんも「乾杯」と言ってくれた。いい気持ちだ。2月にも同じ気分を味わいたい、って受験するのはオレじゃないし、何の協力もしないけど。

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2005年1月12日 (水)

最初のサクラは咲いた

 午後3時13分、PHSが鳴った。「受かったよ」。今日は会議で、普段より3時間近く早い1時半に出社していた。会議も終わり、することもないので、会社の近くを散歩していた時だった。カミさんのPHS番号が表示されたので、そのつもりで答えたら、変声期を終えた野太い声だった。「おめでとう。明日は仕事が休みだから、お祝い行くか」「お祝い? 第1志望じゃないよ」なんて、かっこつけてやがる。でも、さすがに明るく弾んでいた。カミさんに電話を代わり、思い出した。クギを刺すのを忘れた。ほっとけば、オレと同じで、どこまでも舞い上がってしまうタイプ。カミさんのブログに、短所はとことん父親似と書かれた。だから66まで上がった偏差値が、直後に54だ。と、カミさん「もう、ゲームやら、しようよ」。やっぱりか…。

 まあ、今日ぐらいは、いい気持ちにさせといてやろう。発表前は「落ちた方が危機感が生まれて、いいんやない」なんて言ってたが、やっぱり受かるに越したことはない。それに、偏差値急落でヘコんでいたから、これ以上の落ち込みは危険だったかも。中学受験は、まだ始まったばかり。2月、本命の渋渋までは長い。

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きょう午後3時

 で、入試の手ごたえは、西武文理は、どうだったのか。昨日11日、午後0時30分に起きた時、長男は次男とカードゲームに興じていた。「そんな暇があったら、べんきょ…」と言いかけて、やめた。どうも体が重い。まだ風邪が抜けきってないのだろうかと、もう1度寝た。

 起きたら3時を過ぎていた。今度は勉強していた。そして自分から話しかけてきた。「まあまあ、よかったよ」。「ほう、それは、それは」。ゆっくり話している暇はない。急がなきゃ遅刻だ。メールチェックをと、パソコン部屋に入るとカミさんがいた。「なんや、おったんかい」。なら、ブログで会話するのは、やめようよ。とカミさん、ゲンコツを2つ鼻の上につけて「こげん、なっとんけんね」と言う。スポーツ新聞によくある、天狗の鼻が妙に太く長く、その横に「あっ!!」凄い!!蘇る男の自信、なんて広告が頭をよぎり「また、でかくなったんか」と聞くと、「違う、チンチンじゃない」。ブログに長男のチ○チ○がテカイし立派と紹介したのは、オマエじゃないか。「天狗になっとうけん、鼻っ柱を折ってやって。偏差値66の時も、そうやったろ」と真面目に言うから、勉強している長男のもとへ歩み「そうか、よかったか。受かってりゃ自信にして突っ走れ。落ちてたって、いいやないか。どうせ、行かん学校やし」と話していると、後ろから頭をポーン。「励まして、どうすると」と突っ込みが入った。結果は今日の午後3時にわかる。受かってりゃ、この場で自慢しますから、便りがなければ不幸だったと思ってください。

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2005年1月11日 (火)

どうだったんだろう

 昨日、1発目の受験だったはずだ。どうなったのだろう。家を出るころには当然、長男は西武学園文理のある狭山からは帰ってきてなかったし、あれから13時間、わたしはまだ会社にいる。普段なら、仕事の合間に電話の1本もするのだが、昨日はとても、そんな暇もないほど、忙しかった。今、確認したけど、メールもきていない。1度、お気楽なメールがきた時「そんなメール、会社にいる時によこすな」とカミさんを怒鳴り上げたので、まあ、こないだろう。当然、電話もあるはずない。でも、やっぱり気になる。どうだったのだろう。帰って、家が悲劇に包まれてなければいいが。

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2005年1月 9日 (日)

叱咤し続けられると

 いよいよ明日だ。高校サッカーの決勝、じゃないか、長男の中学受験1校目。でも、ダメみたいだ。「ええと、第2試合は、市船橋対セイ、セイ…せい、なに?」。昨日は家族で高校サッカーの準決勝を見ていた。やっぱり気になる九州対決。第1試合は国見対鹿実。国見が完封負けで連覇を絶たれた時、長男がさっきの言葉を発したのだった。わたしとカミさん、顔を見合わせ「受験生が、あげなこと言いよるけど」「やっぱり、ダメか」「ゴジュウヨン様以下かもしれん」。で2人そろって、ため息を「ハーッ」。やっと星稜が読めた長男「セイリョウだ、せいりょうだ。松井だ。ねっ、星稜といえば松井だよね」と取り繕うのに必死。「そんな問題じゃない」と相手にもしなかった。

 ここにきての偏差値急落。その責任は、わたしにあるんじゃないか、と最近、思い始めている。もともと「やりたかったら、やればいいやん」と言ったのは、まったく無関心だったから。ところが昨年11月、渋渋の学校説明会に行ってから、中学受験は他人事じゃなくなった。「いい学校だ。いい教育方針だ。オレが小6なら、絶対に行きたい」。当時の心境は11月19日付をご覧ください。それ以来、長男のダラダラぶりが、やたら気になるようになった。「その、何もしないでダラダラしてる時間、何とかならんのかな。1日の、そのダラダラを足せば、すぐに1時間ぐらいになるやろ。そしたら、過去問の1つぐらい、解けるやろ」などと、口出しを始めたのだ。説明会で、「これまで親子関係がギスギスしていたでしょうが、これからの時期は、リラックスさせてください」と言われたのと、正反対のことをしてしまった。

 おまけに、わたしの勤めている会社の本社は福岡。入社以来13年11カ月の変遷は、小倉(2年9カ月)→東京(3年5カ月)→福岡(11カ月)→東京(6年10カ月)となっている。ということは、次の→が、いつあるとも限らない。実際、家も福岡に建てたしね。上司も心配顔で「転勤になったら、どうするんか」と聞いてくるから、きっぱりと答えた。「(福岡に)転校させますよ。合格することが目標じゃなくて、そこに至るまでの過程は、必ず本人の力になっているはずですから。受かる落ちるは結果に過ぎない。ブランドが欲しいわけでもないし」。カッコつけてるわけじゃなくて、本心だった。でも、本人に言う必要はなかった。休日の夜、目の前で勉強している長男に、酒が入ったいい気持ちで、さっきのような一席をぶっていた。その場では、うなずいていたが、どうだったろうか。「受かんなくていい」と安心したか「転校させられるかもしれない」と心配になったか。どっちにしても、身の入り方が違ってやしないかと。

 上司の前では、あのようにぶってみたものの、今は「渋渋に行ってほしい。オレのできない英語を、あの教育環境の中で学んでほしい」と本心から思っている。それなのに合格圏から努力圏への転落。「オレがいかんかったんやろうか」とカミさんに相談すると「関係ない、ない。他の人の成績が上がっただけ。そしたら偏差値やら、落ちるに決まっとろうもん」と一笑に付し、パソコン部屋に引っ込んだ長男にわめき始めた。「なして、ゲームやらするとか! そげなもんで疲れて、どうするんか。疲れるんなら、勉強して疲れろ」。そして「ああ、すっきりした」。よかった。偏差値急落の原因は、オレじゃなかった。やっぱり、わたしは、何も言わないでおこう。

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2005年1月 2日 (日)

偏差値急落「ゴジュウヨン様」

 「公約」通り、昨日あれから紅白を見た。ほとんど早送りしてみたけど、やはり時間はかかる。酔っ払ってるから、1人でもテンションは高い。思えば、会社からタクシーの車中、ジョナサン、そして紅白を見ながら飲みっぱなしだ。ビールから始まり、日本酒は久保田、麒麟の酔茶チューハイは、あまりうまくない。烏龍茶割はサントリーより、宝焼酎の烏龍割りの方がうまいか。それとも高いだけか。なんで、こんなに値段が違うんだろう。って、興が乗ってザ・ベストテンまで見てしまったから、カミさんも子どもも、みんな起きてきた。何時に寝たかは覚えてない。

 目が覚めたら午後3時だった。気持ち悪い体をリビングまで運ぶと、小6長男が勉強してる。そりゃ危機感も募るだろう。年末の模試で、偏差値を66から54まで急落させやがった。だから「ゴジュウヨン様」と散々馬鹿にしてやった。武蔵大に行った、オレの萩高校時代の偏差値まで下回ってどうすんだって。合格圏内にいた渋谷教育学園渋谷(渋渋)や立教新座や城北は、みんな有望圏を突き抜けて努力圏まで下がってしまった。だから、今年は新年会も中止した。たかが中学受験を大げさなものにはしたくなかったが、この惨状じゃ仕方ないし、正月から机に向かわざるを得ないだろう。西武学園文理は腕試しと言ってたけど、そんな甘い考えは通用しないんじゃない。試験まであと8日。

 でも、せっかく起きたのにテレビも見れないし、カミさんと話をしようとしても「うるさい」って言われる。やることがないから、気持ち悪いこともあったので、もう1度寝た。起きたら午後6時。すっかり暗かった。家族で初詣でぐらい行こうと思ってたのに、1歩も外に出なかった。あーあ、たった1日の休日、それも正月を無為に過ごしてしまった。

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2004年12月26日 (日)

まだサンタクロースはくる

 クリスマス・イブは男女4人で過ごした。とは言っても、女性はたった1人30代、男は60代、40代、20代、場所はいつものラーメン屋だ。いつものように刺身を食べようとしたら売り切れで、仕方なく焼き魚。イブだから鳥も食べなきゃと、手羽先も頼んだ。そう、ラーメン屋で。住宅街にある、普通のラーメン屋だ。えっ、普通じゃないって。でも、わたしたちには普通なのだ。いわゆる、行きつけの店。2時半から5時まで、2時間半ほど滞在した。

 イブなんかに来るやつはいない、と思って行ったのだが、意外や意外、ずっと満員状態だった。とは言っても10人も入れば満員だけど、イブにこの盛況ぶりはすごい。それも年寄りばかりじゃない。若者もたくさん訪れ、入れ替わり立ち代わりラーメンをすすっていった。

 そうなんだよ。イブだからって飾ったようなことばかりが多くのメディアで紹介されているが、ほとんどの人はこんなふうに過ごしているんだから、「俺だけこんなさびしく」なんて、うじうじしてた人は安心すればいい。われわれ4人の間では焼酎、ビール、日本酒と、それぞれがわがままに酒を注文し、いい気持ちで店を出た。

 家に帰ってパソコンに向かっていると、まだ6時過ぎだというのに、小5の次男と小3の三男が、ものすごい勢いで階段を駆け下りてきた。手には、ゲームらしきものを持っている。「どうした」と、わざとらしく聞いてみると、「サンタさん!」と意気揚々。ああ、よかった。パパがいなくても、サンタさんがきてくれて。

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2004年12月10日 (金)

俺の人生真ん中あたり

 突然にブチ切れてしまった。クラシックラガーの350ml缶が3本目に入り、ちょうど血のめぐりがよくなっていたのかもしれない。あまりに素直じゃない小学生のガキ3人相手に怒鳴り散らした。「いい加減にしろ! 何でもかんでも人の言うことに逆らいやがって。ハイ、という言葉を知らんのか!!」。きっかけは、ささいなことだった。野球好きの一家の夕食、楽天一場の話題となり、小5の次男が「この人、お金もらったんだよね」と聞くから、「そう、裏金(うらがね)」「うらきん?」「いや、うらがね!」「うらきん??」「うらがね、って言いよろうが!!」「なんで? うらきん、の方が言いやすいやん」。ブチッ、ブチブチッ。「オマエだけが、うらきんって言い張れよ。人が真面目に教えてやっとうのに、なんか、その言い草は」。で、さっきの言葉に続いたわけ。

 伏線は数日にわたりあったのだ。「なんか! この家のガキどもは。うそつきと、自分勝手と、ボーッとした3人。まともなヤツは1人もおらんのか!!」と声を荒げるほど、夫婦はヘコみ落ち込んでいた。ある日、会社にメールがきた。「出かける(午後3時)前にカレー食べた?」。身に何の覚えもないから「いいや」と返信し、少し経って電話してみると、カミさんは泣いていた。「もう、信じられんようになった…」。「また、うそをついた…。食べとらんって言いよったのに、やっぱり食べとった」。カレーを盗み食いした犯人は小3の三男だった。「またか…」。わたしも落ち込んだ。

 ついこの間は、冷蔵庫のシュークリームを盗み食いしていた。それも、罪を長男になすりつけようとしたから、バレた時のカミさんの怒りようはハンパじゃなかった。「うそつきは、この家におらんでもいい。出て行け。あんたが出ていかんなら、アタシが出ていく」。その余韻がまだ残ってるというのに、今度は証拠隠滅を図ろうとしやがった。普段はしたこともないのに、皿を洗った。それも、台所の洗い場は、カミさんの育てている観葉植物でいっぱいだったから、洗面所に行って洗ったらしい。

 問題なのは三男だけじゃない。次男は、自分の気に入らないことがあると、すぐ回りに当り散らす、いわゆる「キレやすい子ども」だし、長男は散髪に行く際に、大きいのしかなかったから1万円札を渡すと、行く途中に落とし、散髪が終わるまで気が付かなかったほどボーッとしている。それに3人とも、とにかく言うことを聞かない。何かいうと必ず「でも」「だって」。その度に注意はしてきたけど、いっこうに直らない。そんなうっ憤を、アルコールが引き出したのか。

 そういや、親父も、酒が入ると怒鳴っていた。そんな大人にだけはなるまいと思っていた。でも…

 いつの頃からか親父と同じ 
 手つきでひとり酒をくむ
 こんな仕草が似てくるなんて
 男というやつは繰り返し
 そろそろ人生 真ん中あたり
 俺の人生 真ん中あたり
  (作詞:武田鉄矢 作曲、歌:中牟田俊男)

 親父とおんなじ道を歩いている。

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2004年12月 8日 (水)

親ばか話その2

 何かをやってくれそうな予感は、あったのだ。それが3ラン2発とは思わなかったけど。三男の快挙の余韻が、まだ残っているので、住宅ローンの話は置いといて、親ばか話その2。わたしのテーマはクロスオーバーするけど、いいでしょう。

 3ラン2発を放った前日の4日、土曜日なのに珍しく仕事休みだったので、近くの公園でキャッチボールをした。金網の囲いのあるキャッチボール場もあるので、そこではバッティング練習をする。三男の友達のお父さんもきていて、その人が投げ、わたしがキャッチャー。マスク越し(付けてないけど)に見て、明らかにスイングが変わっていた。つい、この間まで波打っていたのに、バットが最短距離でボールを捕らえ、バシッ! センター方向に鋭い打球が飛んでいた。「へえ、しばらく見ない間に上手になったなあ」と、思わずつぶやいた。

 「じいちゃんのおかげ」と、三男は明かした。カミさんの父は、若い頃は野球で鳴らしたらしい。60を過ぎた今でも、町のソフトボールチームの主力。10月上旬に子供たちの運動会を見ようと福岡・粕屋郡から久しぶりに上京し、その際に三男にバッティングを教えてくれた。「ヒザを使わんとダメばい。ヒザが伸びとうけんが、腰が入らんタイ。やけんが、スイングが波打って、ヘッドが揺れるったいね。球にボールが当たろうはずもないし、当たっても飛ぶはず、ないったい」。このアドバイスに、妙に感じるところがあったらしい。家に帰ってくると、すぐに福岡に電話した。午後6時だったのに、じいちゃんは寝てたらしいけど。

 名コーチが、近くにいないのが、残念だ。

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2004年12月 6日 (月)

バカ親の親ばか話

 家計の見直し第2弾を記そうとしたが、わが家にビッグニュースが起こったので、急きょテーマを変更させてもらいます。地域の野球チームに入っている小3の三男が、対外試合で3ランを2発。それも、先制と逆転サヨナラだ。しばらくの間、バカ親の親ばか話にお付き合いください。

 赤ん坊の頃、左利きと分かった時から、野球をさせると決めていた。だって、サウスポーとか左打者とか、単純にかっこいいじゃないか。次男も左利きだったらしいが、知らないうちにカミさんが矯正していたから、怒鳴り上げたものだ。まあ、野球好きだけど運動音痴の父親が、夢を託したに過ぎないが。

 小1になって、すんなり野球を始めてくれたまでは良かったが、カミさんはため息をつきっぱなしだった。「なして、あげん、ヘタなんやろ」。練習や試合から帰ってくる度にボヤいていた。特にバッティングがひどいらしく、球に当たっただけで、母親軍団から拍手が起きていたという。だから昨日のカミさんの興奮ぶりったら、なかった。午後3時前にやっと起きてきた人の顔を見るなり「聞いて聞いてl聞いて、打った打った打ったとよーっーー」。出場資格が3年以下だから、初めてのレギュラーは5番一塁の重責を担った。サヨナラの場面は1点のビハインドまで迫った最終回2死二、三塁。打った瞬間に、外野の頭を超えると分かったほどのすごい当たりだった、などと、細かい状況描写が止まらなかった。

 わたしも、うれしいから「ホントか、やったなあ」などと興奮し、2人でハグしていた。すると背後から冷たい視線が…。小6の長男がいた。ため息をついていた。バカ親と思ってるんだろうなあ。カミさんが、口撃を始めた。「なんね、アンタ、なん見ようとね。そげな暇があったら、勉強ば、せんね。渋渋にやら行けんよ。落ちるよ」。将来のドラフト候補は褒め称えても、受験生に対する気遣いなどはない。
 

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2004年11月19日 (金)

中学受験斬り

 「中学受験」。田舎出身のオレには全く無縁だったのに、今は本気になっている。「うらやましいよなあ。あんな中学校ならオレが行きたいぐらいだ」。学校公開から帰って、小6の長男に本心からそう言ってた。「渋渋(しぶしぶ)」。最初に聞いた時は、何のことか分からなかったが、渋谷教育学園渋谷中学校の略。渋谷駅から徒歩6、7分。ファッションビルなどが立ち並ぶ一角の、地下1階、地上9階の校舎は、かっこよかった。

 だいたい、渋谷なんてところに足を向けたことは、ほとんどなかった。東京に出てきたのは18歳。進学先に決めた武蔵大は、23区の端っこ練馬区にあるし、住まいも練馬。渋谷なんて身近じゃないし、用事もない。根っからの田舎者だから、物おじして行けなかったことも理由の1つではあるが。でも、東京に越してもう4年になる長男には、そんな「遠慮」はない。だから堂々と「渋渋」を第1志望にできるんだ。何だか、うらやましい。

 さすがに渋谷の学校だから、グラウンドがないのもいい。冬の体育、ひたすら走るだけの苦痛なんてないんだ。そんな話をしながら「いいよなあ」とつぶやくと、「まだ行けると決まったわけじゃないよ」。「なんでか。模試の偏差値は合格圏内に届いとるんやろうが」「そうだけど、過去問がね…」カミさんが口をはさんで「理科が10点なんよ」「あーっ…??」。
 
 ついこの間まで「高い学費を払わなくていいから、落ちてくれないかな」などと本気で考えていた。でも、かっこいい学校を見てしまったから「頑張れよ。まだ時間はある」なんて今は励ましている。考えが180度変わって、すっかりその気になったから、行ってもらわなきゃ困るのだ。と、小3の三男が突然「オラも受験したいなあ」。頭の中は、また180度回った。冗談じゃない。私立に1人なら何とかなっても、2人3人なんて、とんでもない。「わが家では、中学受験は先着1名さまとなっておりますから!! 残念!!」。本気になる前に、バッサリ斬っておいた。

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