2017年2月 7日 (火)

「中学受験への道」から12年

 朝から健康診断に行って、胃腸専門医で「食道がんの疑い」と言われ、家にたどり着いたのはもう夕方だった。大学5年になる長男がいたので、思わず「バリウムじゃ分からんって言われたバイ。意味ないじゃん」などと八つ当たり気味にボヤいてみると「そうだよ。意味ないよ」。医学生は冷たく言い放った。


 そう、長男は医学部に通っているのです。このブログの「中学受験への道」でドキュメンタリータッチにお伝えしてた、あの子がです。


 わたしの東京から大阪への転勤で、せっかく入った第一志望の私立中高一貫校を高1限りで転校。大阪でトップクラスの国立大付属高に「転勤枠」で転入することができました。出願者1合格者1ではありましたが、本人がずっと勉強し続けたからだろうなあ。自分の高校時代じゃ、入った学校より偏差値の高い学校に転校するなんて考えられません。


 門戸を開いてくれていた高校にも感謝です。ホント、高校の転校は難しい。聞くだけなら電話代だけと、灘高にも問い合わせましたが、NOでした。本人はストレスだったろうなあ。でも、より高いレベルの生徒さんと切磋琢磨できたおかげで、大阪に移ってからいつしか志望が医学部へと変化し、一浪はしたものの、本当に医学生になれたのだと、わたしは勝手に思っています。


 でも、カミさんには納得がいかない。「アンタ、東京におる時は京大志望やったやないね。工学部やったよね」。「ええ、まあ」…「それが、大阪に来た途端に、何でまた関東の大学に行きたいなんて言い出すん? ただ単に家から出たかっただけやないんね」。長男は黙して語らなかった。


 しかしなあ、あわよくば国立大に入って欲しかった。現役時代はセンター試験失敗で撃沈。浪人のセンターは、ほとんど満点で突破したのに、2次でなあ…。その間に「受けるだけ」と言い「受かっても行かせられない」「受かるわけないから」と記念受験した私大に受かってしまい、すっかりその気。国立の後期に受かったのなんて忘れたかのようだったもんなあ。


 思えば中学受験のチャレンジ校が立教新座だった。受かってしまった「立教ブランド」を捨てるなんて、武蔵大卒の私にはもったいなく感じていたが、大学受験では、それ以上のブランドを手に入れてしまった。しかし、あまりに高いブランド料だ…それでも医学部では安いのか…でもオレ医者じゃないから借りなきゃ払えないし…まあ今さら…


 それで、家から出たかったであろう東京で1人暮らしをする長男のもとに、家族が舞い戻ることになるなんて。「みんなで東京に行くから、アパート引き払う準備しといてな」「ええっ!? ああ、そうなるのか…」。昨年3月の声は落胆を隠せなかった。

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2015年7月31日 (金)

甲子園の夢まで走る、完結編その1

「甲子園の夢まで走る」
の最後の更新は、いつでしたっけ。
中1の時までさかのぼるのかな。


夢じゃなく甲子園には行ったんですけど
やはり夢でした。


シニアと部活の選択で迷いなく部活を選んで
当時住んでた東京都練馬区は学校選択制があったので

野球の強い中学に電車通学して
1年なのに、ほどなく公式戦でも登板して

まあ、順調でした。

わたしの転勤が、いけなかった。


大学2年になった三男は
「そんなこと、ない」って言ってくれますけど
大きな転機になったのは事実です。


中1の「冬」。
来春から住むのは野球王国の大阪。
その中心は「ボーイズリーグ」だ。

三男に最適の環境を探すため
まずは、居住予定に近いチームの見学に行った。

でも、なんだか「寒々」としてた。
グラウンドも使えなくなった、と説明を受け
「空き地」で細々と練習する姿を、複雑な思いで見てた。


次に行ったのが、結局は所属したチーム。
ホントに「見学」のつもりだった。
中学野球に詳しくない私でも
名前を知ってたほどの強豪。

さっきの「空き地」とは違う専用グラウンドに
異様な活気があった。

まるで「キャプテン」の青葉中だ。
さっきのチームは墨谷二中か。

なんで、ちばあきおをこよなく愛したわたしが
青葉を選んでしまったんだろう。


お母さんたちは、「小屋」の中で揚げ物を作り
グラウンドでは数十人の野球少年が
自分たちの能力を
存分にアピールしていた。

すごい…
「ここで、野球したいっていったら、どうしようか」
「わたしも、揚げ物ば作っとっちゃろうか」


案内してくれた、関西在住の
わたしの大学時代の同級生は
その子も、もうお母さんでしたけど
思いっきり引いてました。

会ったのは大学卒業以来かな。

このブログのタイトル
「俺の人生真ん中あたり」の歌詞に
ありましたね。

「子どもがいてもおかしくないのに
19のまんまで思い出す」

カミさんにも会わせた女性は
何にもなかった証拠ですけど

やっと、タイトルにふさわしいフレーズを記せた。

このブログ、
海援隊への思い入れを書こうとして
始めたんですけど

少年野球や中学受験の話ばかりでした。

また話がそれた。

それから1年後

揚げ物は作りませんでしたけど、
カレーや味噌汁は作ってた。

見学を終えた三男が、いい汗を顔にしたたらせて
「オラ、ここで野球したい」
って言ったから。

マネジャーやコーチから
「君ならできる」
とか言われたらしい。

実際、わたしも言われた。
「お子さんなら、レギュラーでやっていけます」

うのみにするんじゃ、なかったな。
だから常勝チーム。
それなりの子は、いくらでも欲しいでしょ。
もう7年か、冷静さがなかったな。


三男の野球人生を完結させようとしたんですけど
中学野球には思い出がありすぎて
タイトルの後に、その1を付けさせてもらいました。

日本一にまでなる話は
いつかまた。

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2015年7月30日 (木)

「17」のサウスポーに屈した

んで、「西京極」の続き

●2―7オリックス

この時期に、谷間の試合を作って欲しくなかったな。
案の定、負けてしまったから、なおさらそう思う。

新垣には悪いけど、荷が重すぎました。
春先ならともかく、ここで投げるピッチャーじゃない。

立ち上がりは「おっ」
ストレートは力あるじゃん。

でも、ヘルマンに簡単にヒットを打たれて、
上手な牽制で誘い出したのに

ネット裏の最上段で見てたんだけど
この席、一塁側か三塁側か選ぶことができず
行ってみたら一塁側だった。

誘い出した瞬間に拍手してたのは
オレとカミさんだけ。

それでも「HOKKAIDO」ユニで
応援はしたんですが

ベースカバーに入った自分のミスで、
走者を殺せないのが痛かった。

糸井には何を投げたんだろ。
高めの甘い変化球に見えました。
口をあんぐりです。
よう飛んだ。
右翼の最上段。

2回には伊藤にも、おんなじような変化球。
バックスクリーンの左ですか。


大谷で勝負してほしかったなあ。
地方球場には無敗伝説を誇るエースで。
いい当たりのショートゴロなんて見たくなかった。

大谷がネクストに登場しただけで
球場は、この日一番の盛り上がりを見せてましたけど。

この日、投げれば、翌週のソフトバンク戦にも行けるんですよ。

後半戦は、西武とソフトバンク重点を置いた
ローテーションにするって
言ってたんじゃなかっっけ、栗山さん。

谷間を作ってる場合じゃないでしょ。

負けゲームでクロッタを使う気があるんなら
屋宜と順番が逆です。

0―3なら、まだわかんない。
屋宜よりクロッタでしょ。

中田と近藤の連弾は見ましたけど

次男が言ってました。

「これが焼け石に水」

釈然としないなあ。

相手のオリックスも谷間だけど
背番号17のドラ1サウスポー山崎福也。

カミさん
「17の左っていったらね」

そう、左腕のわが三男は中学時代の背番号が「17」。
ハム応援の手が緩んでしまったかも。

6.5差になって、今季わが家の野球観戦は
最後でした。

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2015年6月29日 (月)

光回線の「転用」ご注意

○日本ハム2―0西武

快勝だ。良かった。思いっきりムシャクシャしてたから。前日の大敗の試合は、ほとんど見ることができなかった。ソフトバンク光だ、その代理店だ、そのまた代理店の営業マンと話してたから

「とにかく元に戻せ」。その言葉ばかりを、がなり立てていた…ホント、疲れた。

きっかけは@niftyから届いたハガキだった。

料金コース変更のお願い

このたびNTT東日本より、お客様の「@nifty光ライフ withフレッツ」利用解除の連絡がございました。つきましては、料金コースの変更手続きをお願いいたします。

そして手続きをしなければ

Tennyou_2

@nifty解約予定日 2015年6月30日(火)

とある。困るやないか。解約されたんじゃブログも書けない。そもそもフレッツ光の利用解除をした覚えもない。

フレッツ光は、実家を離れ千葉で1人暮らしをしている大学2年の三男のために、私名義で契約したもの。子どもにラインしてみた。すると

「ソフトバンクの人が来てどうのこうの言ってたよ」
「書類は書いた」
「料金は安くなるらしい」

どうやら、アパートのネット回線を変更したらしい。しかし、フレッツ光以外に使えたっけ? ソフトバンク?

niftyに電話してみた。25日の16時すぎのこと。そこで聞いたのは光回線の「転用」。全く知らなかったけど、今はNTT光の設備を利用して、さまざまな会社が光事業に乗り出せるようになったとか。ソフトバンク光も、その1つらしい。しかし、子どもの携帯はソフトバンクでもないのに何で、なんてつぶやくと

「もったいないことをしました。niftyならauセット割で1200円ほど安くなったんですけど」

まあ、しようがない。フレッツより、ソフトバンクの方が安くなるんなら、いいや。違約金も発生しないって聞いたから。この日は、まだ、そんな軽い気持ちだった。niftyは基本コースに変更した。


翌26日、金曜日16時35分。子どもから聞いたYahoo!BB総合受付センター

0298759568

に電話した。念のため契約内容を確認しようと思って。でも、いまどき、フリーダイヤルじゃないんだな。0298ってどこだろ。

NTTフレッツ光からソフトバンク光のマンションタイプ3800円にご契約いただきました。

ふーん、安いな。でも次の言葉が変。

オプションサービス、最大2か月無料の8点がついています。

ふーん、どんな内容なんだろ。「すべて説明を差し上げますか」「して」

BBフォン(ユニットレンタル代)467円
BBフォンオプションパック500円
ワイファイマルチパック990円
トクホーダイ500円
BBホームドクター500円
BBマルシェ458円
BBサポートワイドプラス500円
BBお掃除レスキュー458円

なんだ、こりゃ。なんでこんな契約になってんだ。

ここで「転用」についても詳しく聞いた。私名義のフレッツを子ども名義のソフトバンク光に変更した。それには転用承認番号が必要でお客様で取得していただく。

「そんな手続きをした覚えもないし、名義人のわたしに何の連絡もない」
「この契約は代理店で行っております。ヒューマンスピリットの○○が訪問しています。経緯は確認しないとわかりかねます」

その訪問した営業マンか、Yahoo!BB総合受付センターとかから連絡します、とのことで電話を切った。
ちなみに今、わたしがかけている電話先を聞くと
ヒューマンインベストメントという会社で、本社はつくば市だという。

しかしねえ、こんなオプションねえ。子どもにはラインした。

「こういう契約行為は自分だけで判断して書類に署名しないで」

ハム戦も大敗が決まったころ(昨日のブログです)帰ってきたカミさんに伝えたところ、烈火のごとく怒りだした。

「で、アンタ(子どもに)電話したん」
「連絡はしたよ。ラインで」
「ラインじゃ、つまるもんかいね」
というが早いが電話した。

「アンタ、とんでもない契約したらしいやん。はっ、今からバイト。ああ、そうね、2度としないでね」

それから、まあ当たり散らされたこと。ハムが大敗してるからねえ。もう、かなわん、と寝室にかけこんだ。

ちなみに連絡をしますと言った、ヒューマンインベストメントからもヒューマンスピリットからも電話はなかった。今日であれば、これからいつでも構わないとは伝えていたけど。

翌27日土曜日お昼前。

とにかくオプションだけは解除しなければ、と、前日のヒューマンインベストメントに電話した。しかし、オプションの解除は、ここではできないから、ソフトバンク光に直接、連絡してくれという。ふーん、契約はできるくせに、解除はできないんだ。イライラついでに、契約の経緯について連絡すると言ってたけど、昨日も今日もこの時間まで連絡がないとはどういうことか、と聞くと、「まだ代理店と連絡がついてない状態ですので」と言う。じゃあ、いつ連絡をくれるんだ、と言って電話を切ると、ほどなく電話がきて、ヒューマンスピリットの○○から18時までに連絡をさせる、と言ってきた。

12時57分。ソフトバンク光
0800-111-2009に電話。

まあ、オペレーターにつながるのに、手間がかかった。自動音声でご案内しますというが、こっちはオプションが8つもあるんだ。1つずつ解除なんて面倒このうえないから。

待ち時間も含めて30分以上は格闘してただろうか。電話に出たオペレーターにオプションの解除を申し出た。さっきのヒューマンインベストメントに確認してわかったのだが、ソフトバンク光との契約開始は4月10日、オプションは最大2か月無料だから、6月から料金が発生しているとのこと。合計4373円…あほらしい

オペレーターに愚痴まじりで聞いてみた。

「そもそも、この転用はフレッツ光の名義人である私に何の連絡もなく行われたことで、この契約の有効性をも疑いたいところなんですけど、おまけに必要とも思えないオプションが8つも付いて。でも取り急ぎは、このオプションを解除することが最優先で、契約の有効性うんぬんを言ってる段じゃないですよね。とにかくオプションを解除して」

するとオペレーターから思いもかけない言葉が返ってきた。

お聞きする限りでは、あまりにもひどいので、何とかできないか確認します。ついては少しお時間をいただけますか。よろしいでしょうか。納得したうえで、いったん電話を切った。

14時4分。電話が鳴った。ソフトバンク光はずいぶんと対応が速いな、と電話に出ると、
ヒューマンスピリットの○○だった。それも、信じられない言葉だった。

フレッツ光のご契約者であるお父様に連絡もなく、不手際がございました。

すんなり認めるとはねえ。そもそも、どうやって契約したの?
「息子様のお部屋をピンポンさせていただきました」

「で、必要もないオプションを付けたんだ、そもそもBBフォンなんて固定電話のサービスだよね。子どもに固定電話の有無を確認したの」「いえ」「じゃあ、あれだよね。ほとんど理解してない未成年を一種、だまして契約したようなもんだよね」「はい」

…またびっくりした。あっさり「詐欺まがい」と認めたのだ。

じゃあ、こっちにも言い分がある。わたしに承諾もなく望んでもない契約だから、元に戻してくれ。そう言うと急に口が重くなった。

NTT光へのお申し込みは、お客様本人からのお申し入れが必要です…

ここでカチンときた。「お客様本人のお申し入れが必要な転用承諾番号を、契約者本人の承諾も得ずに取ったよね。じゃあ、同じようにして戻してよ。とにかく元通りにして。それ以外は、受け付けない」

すると、「会社の上席と相談します」ときた。「何時までに連絡いただけますか」「18時までに必ず」「じゃあ、○○さんの会社の電話番号を教えて」「わかりません」「はっ」「知りません」「いや、自分の会社の電話番号だよ」「わからないんです」「あなた、会社の上席と相談します、って言ったよね。どうやって相談するの」「携帯に」「ああ、しかし自分の会社の番号を知らないなんて信じがたい」「名刺を携帯していればわかるんですが、今は持っておりませんので」「名刺には会社の番号が書いてあるんだ」「はい」「でも名刺がないから分からないんだ」「はい」

あきれ返って声もでなくなったから「はいはい」と言って電話を切った。

ここまで書いて、また疲れ果てた。続きは後日にしましょう。

普段、三男は自分からラインなんてしてこないのに、夜おそくメッセージが来てた。

「明日は森ファンの友人と西武ドームに行ってきます笑」「ちゃんと日ハム側の席とったからね」

わたしは気が付かないまま寝てた。子どもなりに、親の機嫌を取ろうとしてるのかな。

翌28日の日曜日も、起きる前にメッセージがきてた。

「菊池が絶好調ですね」

その後は仕事に行くので「試合に変化があったら連絡して」と送ったら、まあメッセージが来ること。逐一、速報をしてくれた。気を使ってるんだね。子どものけなげさを感じてしまった。

ちなみに西武ライオンズの森と、わが息子は中学時代に対戦しています。結果は2打数0安打1四球でした。

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2012年4月 4日 (水)

賢介にバント?

●日本ハム4-5オリックス

思わず「失敗しろ」って叫んでしまった。

2点を追う9回無死一、二塁。ここで、一番ヒットを期待できる打者にバントはないでしょ。

ネガティブなブログ復活です。って。以前ほど、ファイターズの中継が見られなくなってしまいました。

しかし、たまたま見ることができたた時には書きましょう。稲葉に代打を送った、日曜日の試合とあわせもって。


栗山監督は、何をしようとしたかっったのか。2点差で2人の走者をかえして、引き分けにでもしたかったのか。そんな試合は、ファンは望んでいない。

だいたい、2人の走者は、ともに内野安打で、もらったようなもんでしょ。昔のクイズ番組でよくありましたよ。ラッキーなだけで賞金の権利を手中にしてて、その後「ダブルチャンス」に挑戦しないで、そこまでの賞金を持って帰ろうなんていう一般視聴者の小心者が。昨日の采配は、まさに、それだ。

攻めなきゃ。同点なんてケチ臭いこと考えずに、一気にサヨナラでしょ。3時間半も過ぎてんのに。賢介がバントを決めた瞬間に、気持ちはさめてしまいました。負けるな、と。

負けた2試合は、ともに1点差負けか。1点差負けは監督の責任っていいますよね。一概にそうは言えないけど、結果的にそうなのかな。何で、吉川くんが絶好投してた試合の終盤の大チャンスで、稲葉に代打なのかな。やっちゃいけないことって、あるでしょ。ハムファンとして、好意的にとらえようとして、家の外に出て、頭を冷やして考えたけど、やっぱり無理だった。相手の投手が、左腕の西武・松永で、前日に三振を喫していても、稲葉に代打?
 わからん。

ハムファンだから、采配も好意的にみたいんだけど、でもね。事情は違うけど、金本に代打が出ますか。スタメンで使っている松中に代打が出ますか。宮本も、そうでしょう。開けてはいけない、パンドラの箱ってあるんじゃないですか。ましてや、稲葉でしょ。稲葉2番ってのも、わたしには合点がいかない。じゃあ、誰? わたしは1番糸井、2番賢介だ。じゃあ、賢介にバントでもいいんじゃない? いや、今の状況で、一番ヒットを打つ確率が高いのは、賢介だ。バントはない。

ここ2戦の思いが、ごっちゃになってました。しかし、久しぶりにブログを書いたけど、子どものパソコンは、どこかフィットしないな。子どもが、大学に持っていくために買い与えたノートパソコンなのに。「子育て日記」を書いてた子どもが、2人、同時に大学入学か。感慨深いものがあります。そんな受験の話は、また、あらためて。

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2008年6月 3日 (火)

さなぎがいきなり蝶になった

中1三男の野球部実戦デビューも過去の話になり、今度はマウンドデビューを果たした、と聞いた。聞いた、と書いたのは連絡がないから。二塁打デビューの時などは、「(仕事中の)パパに連絡して!」とまで言って、カミさんがメールをよこしてきたのに、今回は練習試合をしているはずなのに、音沙汰がない。翌日、昼過ぎに起きたら、三男は練習でいなかったし、カミさんも仕事でいない。1人、家にいた高1長男に聞くと「投げたってよ。えっ、知らんかったと?」。さらに翌日、ようやく顔をあわせたカミさんに確認すると、「だって、今度は、パパに連絡せんで! って言うっちゃもん」。3回3失点。ボークもとられたらしく、けっこうヘコんでたらしい。


でも、3点は初回に失ったもので、2回、3回はきっちり0に抑えたらしい。ヒジ痛が完治はしたものの、まだ投球練習って、1度しかやってないやん。初登板にしては、まずまずじゃないか。久しぶりに顔を合わせた三男に聞いてみると「うん、まあ…」と生返事。「オマエ、この間、二塁打打った時は、ママにメールしろってまで言ったんやろ」「うん」「じゃあ、なんで、今度は」そう聞くと、ポツリ「悪かったから」。「いや、2回3回は0やろ」「うん」「四球は?」「出してない」「なら、いいやないか」。すると、いたわりの言葉はいらない、そんな調子で語気を荒げた言葉が返ってきた。


「練習試合だから(カウント)2-3になったら、みんな打ってくれたし。ボークだって、あんな場面であんなボーク考えられないし、したことないし」。なるどねえ。あまり考えるのが得意とはいえない頭で、自分なりにいろいろ状況を思い出しながら、考え反省してたわけね。


つい、この間まで小学生と思ったら、ふーむ、中学生なわけね。そういや、6日間の春休み合宿報告を聞いた高1長男が驚いてたっけ。「なんか、ものの言い方考え方が変わっててね。さなぎが、いきなり蝶になったって、そんな感じ」。


ウチでは一番ちっちゃいから、いつまでもカワイイ、カワイイだけど、もう中学生だもんなあ。「もう中学生」のネタ程度の知識もあるみたいだし。頼もしい反面、いつまでも末っ子は末っ子というバカ親心。ダメだダメだ。そんなんじゃ、投手として修羅場をくぐり抜けていけないよね。

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2008年4月 4日 (金)

さすがだ、ダル!

さすがですなあ。ダルちゃんは。3連戦3連勝とはいかなかったが、きっちりカード勝ち越しを、もたらせてくれた。
水曜日の吉川クンが、あまりにひどかったもんだから、ダルちゃんの前の登板も、決して調子は良くなかったから、少し不安もあったけど、悪い流れはひきずってなかった。

それにしても、吉川クンは悪かったねえ。球威はあるのに、そんなことを感じさせてくれないほど、制球や組み立てがバラバラ。昨年の終盤あたりは、すっかり制球もよくなって、球威も増したと思ってたのに。今の状態じゃ、三男を見てるようだ。三男も、吉川クンが好きなわけだよ。どこか、共通点を感じてるんだろう。

その三男と、さあ、そろそろ走りに行こう。キャッチボールもやろう、って、昨日、言ってたなあ。しばらく、ヒジが痛いって言って、合宿に行く頃には8割方は回復してたんだけど、それでも全力投球はできなかったようだから、今日が楽しみだ。

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2008年4月 2日 (水)

ママならない父親心

久しぶりに、3段ベッドがきれいに埋まった。小学校の卒業式翌日、3月26日から6泊7日の長期にわたって、中学野球部の合宿に行ってた三男が帰ってきた。物干し竿には、「FIGHTERS 2008」と書かれたバスタオルが干してある。そうか、持ってってたのか。かわいいヤツよ。

そのファイターズはソフトバンクに先勝。見事でしたねえ、勝さんのピッチング。ノーヒットノーランをやっちゃうかと思って見てた。打線も、昨年の勝ち方を思い出したようだ。少々、勝ち味の遅いのは気になるけど、形になったのは大きい。今日からは、もっと早く決めてくれるでしょう。吉川は、ソフトバンク打線に骨折さえさせられなきゃ、大丈夫。ダルは何せ、今年まだ点を取られていない。見えてきましたねえ。3連戦3連勝が。

三男が帰ってきたその朝に、葉書が届いてた。合宿中に、みんなが家に出したんだろうなあ。「練習がんばっています。なんとなく守備がうまくなった気がします」だって。なかなかに琴線に触れる文章なのだが、宛名の面を見て、ほのぼの気分がさめた。母親の名前しか書いてなかった。

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2008年4月 1日 (火)

4月バカの前に親ばか

この4月から中1になる三男が家を空けて、6日になる。こんな長期間は初めてだ。父親も母親も寂しくって、しようがない。朝、5時45分から1人で走りに行っても、つまんなくって。「朝走」を始めて1年。すっかり顔なじみになったご婦人から「あら、今日はボクちゃんは?」なんて聞かれたりして。「合宿に行ってるんです。野球をやってるので」。

中学入学前なのに、もう部活の合宿に参加してるのだ。シニアか部活か。「部活」。本人に迷いはなかった。ただ、次男の通う最寄りの中学は決して野球部は強くない。しかし、わたしの住んでいる地域は「学校選択制度」を実施していて、入学したい中学を自由に選ぶことができる。これは助かったし、わが子がシニアでなく部活を選んだ理由の1つでもある。もっと言えば、選択基準の根本は違うところにあって、ほう、小6なのに見るところは見てるなあ、と感心したものだが、そのことは、またの機会に。結局、電車で3駅先の学校に、自分の意思で決めた。

で、入学前から進学予定の中学野球部の練習に参加しており、その流れで合宿にも、となったわけ。両親は、気になってしようがない。場所は千葉の九十九里。山口と福岡の出身者には馴染みがないし、行ったこともないから興味もある。「見に行こう」「そげな人、おるっちゃろうか」。ところが、合宿の説明会で「毎年、たくさん見学にこられますよ。どうぞどうぞ」。一も二もなく、見に行くことが決定した。

ところが、である。3月26日から始まった合宿は雨にたたられることがなかったはずなのに、昨日31日だけ雨。でも、そんなの関係ねえ。行くと決めたら行くのだ。

わが家は埼玉との都県境に近いから、千葉に行くには東京の中心部を横断しなけりゃならない。首都高速環状線は事故の影響で大渋滞。でも、そんなの関係ねえ。何とか渋滞を過ぎると、東関道はカーラジオが聞こえないほどの雨音が14年もののタウンエースに降りかかってくる。でも、「想い出の九十九里浜」を歌ってれば、そんなの気になんねえ。行くと決めたら行くのだ。

家を出て3時間半。ようやく宿泊先のホテルに到着。雨は降り続いているから、当然グラウンドに子どもたちの姿はなく、フロントに尋ねると、勉強会のようなものを開いているという。「どうぞ、どうぞ」と会場に案内してもらうと、いた、いた! 6日ぶりの再会だ。合宿に旅立つ前日に買ってやったジャージーが似合ってるじゃないか。何やら一生懸命に話してる三男を夫婦そろってニコニコして見ていると、違う空気を察したのか、部員の視線がこちらに集まった。三男も気が付いたから、2人で手を振ってやると、手を上げてこたえた…んじゃなく、追い払うような仕草をしやがった。それでもめげずに手を振ってると、ほかの部員は笑い出し、三男のジェスチャーばかりが大きくなるので、追い立てられるように会場を後にした。

でも、むなしいなんて、全くない。「元気そうやったね」「楽しそうやん」。生き生きとした顔を見られれば、それだけで満足だ。対面時間30秒。対して、片道100キロの道程を往復5時間半。全く苦になんなかったねえ。ただ、ウチの車、燃費が悪くって約25リッターのガソリンを消費した。暫定税率分もしっかり払って…って、このへんが小市民だ。


ハムは調子が出ませんなあ。しかし、昨年も一昨年も、出だしはこんなのもだったし。きょうからのソフトバンク戦で勢いをつけてもらいましょう。先発ローテのめぐり合わせと、相手の調子からすると、3連勝もあるんじゃないかな。

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2007年10月 4日 (木)

中田からボタもち

うれしいなあ。ドラフト中継を見ていて、
こんなに興奮したのは、初めてだ。

とは言っても、昔の山口県じゃ、ドラフト中継はなかった。
大学進学で初めて東京に出てきて、
「ドラフトも、テレビで見れるんだ」と思った。

確か、「KK」の時。千葉テレビだったかな。
巨人の王監督が桑田を指名して
千葉テレビの解説をしてた、
日刊スポーツの佐藤安弘記者が
王監督にインタビューをしてて、
「桑田は(打者じゃなく)投手で」
なんて、答えていたのを思い出す。

質問の主旨が違ってるでしょ、なんで清原じゃなくて
桑田なの、それを聞け、
なんて1人、アパートでわめいていたかな。

そんなことはともかく、中田を当てた。
これは、大きいですよ。

ハムのドラフト戦略なんて、負け犬で
じゃんけんで先にパーを出されても
グーしか出せないもんで。
ずっと、目玉選手を回避して
安心、安全な選手を指名してたもんなあ。

でも、それじゃ、強くなるわけないんで
連覇を遂げた要因には、
ドラフト戦略の変換があったと思う。

守りから攻めへ。
どうせ、人気がないんだから、
来てくれる選手だけを指名する。
そうじゃ、なくなったもんなあ。

ダルビッシュがいい例で、
陽は取れたけど、
「当たりくじ」の間違いで、みそをつけて。

だから、今回の中田を当てたのは
ホント、うれしかった。

昔、木田を当てた時は、家をくれとかで
ゴタゴタしたもんねえ。

そこから、いいドラフトは、高代、田中富…。

まあ、ネガティブだった過去を振り返っても
しようがない。

中田! いいねえ。
指名後の会見で、「ハム入団」を前提に
話してくれたもんねえ。

態度が煮え切らなかったダルとか
拒否の姿勢を見せた須永とは違う。
活躍は、約束されたようなもんだ。

いいチームに指名されたでしょ。
だって、サードもファーストも、
レフトだって、空いてるんですよ。
こんな、チーム、めったにない。
新人王、当確です。


ドラフト中継の始まる寸前に
サウスポー小6三男が帰ってきた。

しかし、佐藤クンも唐川クンも
中田クンも、受け答えが
しっかりしてるよなあ。

思わず、三男に聞いた。何せ、渋渋に言ってる
中3長男から「想像もつかないバカ」と言われたヤツ。

「オマエ、こんな場所で質問に答えきるか?」
「さあ…。全部、わからんて言おうか」。

あと6年。

先日、佑ちゃんを見に神宮に行っても
「オラは高校を出た後、プロに行く」
と言ってた。
身の程知らずのバカだから、
せめて、会話は鍛えよう。

親ばか話でした…。

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