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2017年2月 9日 (木)

ちょちょっと切るだけじゃなかった

1週間後の胃カメラは、患部を剥ぎ取った後が、
わたしにもモニターでしっかり確認できた。
でも、たった1週間で、ずいぶん修復するんですね。
穴が空いてるなんてこともなかった。
よって、めでたく退院である。
あと30分で出る昼飯を食べて帰りましょ。
 

しかし、ここまで食道がんの手術がきついものだとは思っていなかった。Dsc_0090_2それは、医学部5年の長男が「風邪引いたようなもんだから大丈夫だよ。
内視鏡で、ちょちょっと切るだけ」なんて言うから。


でも、退院が延期になるほどの熱が手術翌日に出て。
当日も痛いの何のって。
とても、ちょちょっと切るだけではなかった。


手術当日に入院。朝8時半に病院に入るはずが10分遅刻した。
わが家は最寄り駅まで徒歩15分かかるのでタクシーを呼んだところ、
空車がいないので行けない、と言われたから。
いないなら仕方ない。
入院荷物をゴロゴロ転がしながら歩いて15分。
さらに電車に15分ほど乗り、ターミナルから徒歩5分ほどの病院へ。


9時に病室に入り、予定の9時半に処置室へ。
いつもの胃カメラと同じように、喉に麻酔されて。
いつもは1回だけのはずが、3回ほど麻酔剤を注入された。
そして、いつもの内視鏡室へ。
「ゆっくりやりますからね。
周りに散ってるやつも取っちゃうから。
これはまだ悪性じゃないから、きょう取れなきゃ、
取れないんでいいんですけどね。
体に負担がかかるから全身麻酔はしません。
頑張ってくださいね」。
さらに腕に麻酔を打たれ治療スタート。


医師の言葉は覚えている。
でも、いつもより多い麻酔のせいなのか、
胃カメラが喉を入る瞬間の記憶もない。
もうろうとした状態から醒めたのは、
あまりの苦痛のせいだった。
「大丈夫ですよー。頑張ってー。
ほーら、もう半分、終わりましたよ」。
「もう? まだ半分なのか…
この苦痛は、まだまだ続くのか」


次に目が覚めたのは、病室のベッドだった。
また痛みで。カミさんでもいれば、
手でも握ってもらおうと思ったが、
見えるのは緑のキャリーバッグだけ。
うとうと状態と苦痛を繰り返し、
とうとう我慢できないから告げた。
「カミさんを呼んでください」
「携帯はどこですか」
「そのバッグの横のポケットに」。
看護師さんからスマホを取ってもらい、
LINEの記録に寄れば14時03分「帰ってきて、しんどい」
続いて04分「早く」。ここまで打って、また記憶がなくなった。

その後「パパ、帰るよ」と耳元で言われたが。
もうろうとしていて返事をしたか定かではない。
次に目が覚めたらあたりは暗く、
点滴がない方の右腕には、貴重品ロッカーの鍵が付いていた
。LINEの記録だと、16時38分に
「痛い時にいなくてごめんね。まだ寝てるから帰るよ。
ロッカーの鍵は右手の手首に付けたよ」とあった。
その後、いくつかのメッセージがあったが知るよしもない。
20時54分「パパとお話して帰りたかった」と告げられた後、
ぶたたが泣いてた。そうか、話をしなかったのか。

後日聞けば、
わたしが内視鏡室から出てきたのは午前11時すぎ。
先生が「意外に早く終わりました。
1時間半ほどだったかな」というから符合する。
「周りの飛び散ったやつも取ってですか」
「あー、なかった」「そうですか」。
看護師さんから「このまま夕方まで寝てると思いますよ」と言われ、
せっかく出てきたからと近くの百貨店にカミさんは行った。
わたしの弟の新築祝いを買いに。仕方ないなあ。文句も言えやしない。


写真説明=病室にはお守りにと、カビーとしまねっこを連れてきた

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コメント

よくよく調べると「手術」じゃなくて「治療」らしいのですが。だから、表記が入り交じってしまいました。がんばりました、と言われるほどでは、ないようです。

投稿: 人生真ん中 | 2017年2月10日 (金) 12:07

手術の経過を克明に書いていて、さすがだなあ。
わたしだったら半分も伝えられないですよ。
よくがんばりました!

投稿: ナツパパ | 2017年2月10日 (金) 11:44

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