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2006年8月25日 (金)

リビングで勉強も野球観戦もしてる

○日本ハム13-1楽天

 「ハムの自力優勝って、なくなってるね」。意外な言葉を中2長男が口にした。「そんなことは、ないやろ」「じゃあ、西武とのゲーム差は?」「4.5」「西武との残り試合は?」「さあ」と言って日刊スポーツを開くと、「あっ、4しかない」「ねっ」。ソフトバンクファンの長男は得意気に言う。今はプレーオフ制度があるから自力1位と言葉を改めた方がいいが、プレーオフ制度がなければ、自力優勝の消滅は「終戦」を意味する。昨日、このブログで3位より2位、2位より1位、と書いたが、そんな状況に追い込まれていたとは。

 そんな意味でも、昨日のパ3強の試合は、理想的な結果だった。早々にハムの勝利は確定したから、ソフトバンクと西武の試合をザッピングで見ていた。ソフトバンクが、何と不運なイレギュラー安打でサヨナラ負けした瞬間には「あーっ…あっ、やった、ラッキー!」と大声。子どもが、どれほど熱心にソフトバンクを応援してるか知ってるのに、大人気ないったら、ありゃしない。でも、本心だから、仕方ない。夕食時に酒を飲んだ後、ソファーにデカい体を横たえ、イビキでもかこうとしていたカミさんからは「もーっ、うるさい!!」って怒られた。

 今度は延長に入った西武戦を見ていると、カミさん「子どもが勉強しよーとに、ほかに行って見られんと」と、また怒る。夏休みの宿題も佳境に入ったようで、リビングのテーブルでは、長男の横で、中1次男も「歴史」と大書きした紙に向かってる。一応、子ども部屋もあるんだけど、わが家では、リビングで勉強するのが習慣。そういや、最近の週刊現代に「中学受験に合格する子は、リビングで勉強していた」なんて記事があった。誰に聞いたわけでもなかったが、長男受験期のわが家もそうだった。さすがに、その時期は、9時を過ぎるとナイター観戦は遠慮してたけど。おかげで親も、酒も飲まずに読書したりで、一石二鳥だった。

 でも今は夏休み。受験生もいないし、と、お構いなしに見ていたら「うるさいって言いよろ。寝られんめーが」。カミさんの本心はこれだったけど、CATVが見られるのはリビングのテレビしかないんで、「仕方なかろうもん」と返してやった。そうこうしてると、西武が大量失点。これは、長男とともに喜んだ。その横で、中学受験とは無縁で、野球にも興味のない次男は、冷めた目で見てた。

 2位ソフトバンクとの差を1.5に縮め、1位西武との差も3.5.自力1位も復活した。幸雄さんにもヒットが出て、立石先発の試合でピッチャーを2人しか使わなくて済んだから言うことなしだ。立石は、初めて6回を投げたんだって? 珍しい先発投手だな。武田勝のセーブもプロ初とか。先発に戻さないのかなあ。まあ、名将ヒルマンに考えがあってのことだろうから、1位になると、信じて、ついていきましょ。

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2006年8月24日 (木)

楽じゃない戦いだけど

○日本ハム9‐6楽天

 ヒルマン采配に、最近は首を傾げることもなく、逆に敬服することも多くなったから、このブログを通じてグチることもなかった。しかし、昨日の投手交代は?? 久しぶりに記事を書く。

 八木の交代は当然。でも押本なの? トーマスの方がいいんじゃない! 押本は使い過ぎ。対照的にトーマスは、帰国して以来2軍で投げ込んだことが奏功してか、昨年の絶好調時に近い。もっと早く2軍で再調整すれば良かったのに、と今さら言うのはやめよう。と、案の定、押本に本来のキレもスピードもない。無死満塁で代打の憲史を迎えたところで、トーマスに交代じゃ、なかっただろうか。

 まあ、逆転を許したところで、相手が楽天だから負けるとは思ってなかったけど、楽天だから勝てたようなもの。西武やソフトバンクが相手なら、八木が打たれて、一方的な展開になっていただろう。プレーオフマジックは点灯した。進出は間違いないだろう。でも、安心しちゃいないだろうな。逆転のきっかけとなった、賢介の守備もそうだ。あれは、去年までの賢介だ。

 プレーオフに出るだけなら、最低限のノルマだろう。3位より2位だ。そしたら、札幌で試合ができるじゃないか。あれはロッテに逆転勝ちした13日の試合だったか。金子が送りバントを成功させただけで、あそこまでの歓声が沸く球場は、そうない。そんな雰囲気で試合をしたら、負けるものも勝ってしまいそうだ。

 さらには、2位より1位がいいに決まってる。ソフトバンクと西武に試合を高みの見物としゃれ込んで、できればソフトバンクの進出を待つ。そして、札幌で優勝。それが、一番いい。

 だから、ほんの小さなスキも禁物なのだ。チーム一丸にヒビを入れることは、どんな小さいことでも排除しなきゃ、いけないのだ。なんで、新庄は、ヒーローインタビューに出てこないのかなあ。なんで、コメントすら、発しないのかなあ。契約の問題とか、事務所の問題とかあるかもしれないが、ビジターゲームとはいえ、この時期だからこそ、そんなしがらみは吹っ切って、喜びを伝えて欲しかった。

 八木とダルビッシュの、ちょっとした不調も気がかりだ。プレーオフでは、この2人でソフトバンク戦2勝を計算してるのだから。まあ、少しバテてるだけで、ペナントレース終了からプレーオフ開幕までは、休養期間があるから、大丈夫だろうが。

 しかし、それでも負けないから、強くなったもんだ。よく食らいついている。よく粘っている。できれば、11連勝した時のような勢いを今こそもう1度!

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2006年8月 9日 (水)

「脱ぐ」のか「脱がない」のか

 「裂肛」と診断されたのは、先週の月曜日、7月31日だった。その1週間後に、また悪魔がやってきた。左足中指の「骨折」。舌の根も乾かぬうちに、じゃなく、ケツの穴も直らぬうちに、左足を固定された。居ても立ってもいられなかったのに、立つこと、歩くことも不自由になってしまった。ここんところ、毎週の休みは病院通いだ。あーあ。

 「どやった」。整形外科から電話したカミさんが聞くから答えた。「骨折の疑い」。「やっぱり、折れとったんね、よかったねえ。ネタができて」。ブログの記事のために、体を提供してるんじゃない。ともかく、左足は包帯でグルグル巻きに固定された。

 1カ月ほどには、左足の裏に原因不明の水ぶくれができて、やはり歩くのもままならなかった。水疱は、皮膚科で針をさして潰してもらった。2960円を支払った。内訳を見ると手術の欄に477点とある。針を刺すだけで手術かい! それだけで4770円…3割負担でも1430円。なら、自分でやったのに。「水虫ですか?」と聞くと、「わかりません」。原因も分からないのはつらい。足の裏は治ったけど、横がただれてきている。

 今回の「骨折」は、出張した福岡の会社で起きた。トイレに「大」をしに入った。その際に、わたしはズボンを脱ぐ。足を上げた瞬間に激痛が走った。なんだ、と思うと、目の前に洋式便器があった。陶器だから固い。思いっきり、左足の中指をぶつけたのだった。普段「大」をする、家とも東京の会社とも距離感が違ったので、ぶつけてしまった。翌日は真っ赤に腫れ、翌々日は紫に変わり、4日経っても、しびれるような、しみるような痛みは治まらない。昨年、左足の親指を骨折した時と症状は似ている。よもや、と思ったけど、案の定。人生42年目にして、2度目の骨折。それも2年続けてとは…。

 さらに、その「原因」が思わぬ波紋を呼んだ。「なして、トイレでズボンば脱ぐと?」「普通、そやろ」「いや、ひざの下までおろしても、脱ぎはせんやろ」「脱がな、落ち着かんやろ」。昨日、行った焼き鳥屋でも聞いてみた。ズボンを脱ぐ人はいなかった。ということは、わたしの異常な行動が、アクシデントを呼んだのか。ただ、わが子の1人は、ズボンどころかパンツまで脱ぐことが判明したけど…。さすがに、それは、やり過ぎじゃないか?

 わたしの体は、左足の裏と横、中指を治療中。皮膚科と整形外科が一緒で良かった。さらにケツと、満身創痍。しかし…

○日本ハム7-0ソフトバンク

 この時期にきて、投も打も満身創痍のハムなのに、よく勝ったなあ。こんな快勝は今季初じゃないか。スッキリした。

 でも、わたしの気持ちもケツもスッキリしない。この場合、男女の区別はないだろう。世間一般的に、「大」の時にズボンは下ろすだけか、脱ぐのか。さらには、パンツまで脱ぐのか。わが家は「家計調査」の真っ最中だけど、「はばかり調査」をして欲しいぐらいだ。

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2006年8月 6日 (日)

小笠原FA? 絶対ダメ!!

●日本ハム1-6西武

この負けは、しようがない。でも、簡単に勝たしちゃ、いけない。前日のヒーローインタビューは、誰だったっけ。「西武は、簡単に勝たしてくれませんね」と言ってたのに。翌日は、簡単に勝たしてしまった。涌井のキレがありすぎた。しようがない。とは言っても、意地の張り方がなかったか。信二のホームランだけじゃ、足りない。

それは置いといて、その前日の、9-5で完勝した試合を報じる日刊スポーツに、気になる記述があった。今季初の4安打を放った小笠原を「日本ハムでは最後になるかもシーズン」と記事は伝えていた。

やっぱり、そうなのか…。小笠原は、ハムから、出ていってしまうんだ。

一番、気になってたことだ。このことを考えると、夜も眠れない。新庄が引退宣言をした時に、これで小笠原は残ってくれる、と思ったんだけど。しようが、ないのかなあ。千葉に、すごい豪邸があると聞くし。それは、自分の体をいたわるために建てたと聞いたし。あの小さい体を奮い立てるには、日々のケアが欠かせないのだろう。

でもハムは、今は札幌だし。契約更改のために「出張」してくるぐらいだし。やっぱり、万全の体調で仕事をするには、札幌は遠いのかなあ。1年目は、成績を残してたけど、去年、今年は、本当の小笠原じゃないし。3割そこそこなんて、本来の姿じゃない。ならば、力を出すには、自宅のある千葉から通える場所。でも、ロッテじゃないだろう。ファーストには、福浦がいるから。じゃあ、やっぱり、在京のセ? 

止めてくれ。どんな手段を使ってでも。千葉の「豪邸」を、そのまま札幌に移設するぐらいのプランを提示して欲しい。小笠原がいなくなったら、ハムの行く末は、また暗黒だ。それを、また三十年ぐらい、やるのか。どんな思いで、昭和61年の夢をもう1度と追っかけて、夢は夢なのか。

どうか札幌のファンの皆さんにお願いです。小笠原に、「札幌にきて」と今こそ、運動を起こしましょう。そうじゃなきゃ、また、適当に客の入って、存在感もあるという、都合のいい「B」に逆戻りです。

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2006年8月 1日 (火)

ケツの穴を見せた

このブログを始めたのは、04年の11月16日、タイトルは「ケツの穴は見せない」だった。あれから1年と8カ月。あろうことか、ケツの穴を見せてしまった。それも、わが家で、家族全員に。

外痔核とか内痔核の診断は、ここ数年、人間ドックで受けていた。それでも日常生活に影響することは、なかった。しかし5日前、会社で便意をもよおしたのだが、あまりに忙しくって、トイレにも行けなかった。数時間が経って、ようやく便座に腰掛けると、固い便が通過した。その時からだ、ケツにズキズキした痛みが走っているのは。昨日までの3日間、仕事は休みだった。カミさんが小5の三男と2泊3日のサッカー合宿に行ってしまったから。一昨日などは残された子ども、中2長男と中1次男とともに出かけた池袋のデパートで、下痢をもよおしたからたまらない。ほうほうの体でトイレに駆け込むと、和式しか空いてない。「洋式なら、ウオシュレットがあるかも…。でも、待てない…」。直接、トイレットペーパーを当てると激痛が走ったが、子どもの前では、何食わぬ顔をしていた。もし、この3日間が仕事だったら…、仕事にはならなかっただろう。

昨日、長男は学園祭の準備で学校へ、次男は友達の家へ。我慢の限界だったところに1人になったから、意を決して「肛門科」の門をたたくことにした。その直前、カミさんからメールがきた。「かわりない?」「「子どもは変わりないけど、オレの尻が大変。今から病院へ行く」「尻って、痔ね?」「きっと」「あら、たいへん。おだいじに」。こんな状況で、シャレてる場合か!

十数年前も肛門が痛くて、自転車で肛門科の前まで行った。でも、入る勇気がなかった。しかし今は、そんな羞恥心はない。なにしろ毎年の人間ドックで、肛門を触られている。直腸がんの検診らしいが、診断は前記の通り。直腸がんの検査のため、腸透視を受診したこともある。肛門からカメラを入れられる。その姿は屈辱だ。だから、なんのためらいもなく、肛門科の門をくぐった。

診察は痛かった。「すみませんが、もう1度、痛みが走りますよ。もう1度、機械が入りますから」。指だけかと思っていたら、いつの間に機械を入れてたんだ。そりゃ、痛いわけだ。「お尻の力を抜いてください」。看護婦さんは軽く、誰にでも言ってるんだろうけど、そりゃ無理だ。自然と激痛を警戒して、力が入ってるってもんだ。で、診察の結果は「裂肛」。肛門の前の方が裂けてるらしい。「肛門は、腕の皮膚などと違って裂けやすいものですから。気にすることは、ありません」「切れ痔ですか」「そうです。でも、今すぐに手術とか、そう深刻なもんじゃ、ありません」「あのー、イボ痔も、まだ、あるんでしょうか」「ありますけど、ホント小さいもんです。気にするほどのものでは、ありません」。安心していいのか、悲しむべきなのか。

合宿から帰ってきたカミさんは、疲れたのか、ソファーにデカい体を任せ、ほとんど寝入っている。目が覚め、まだ10時前なのに「寝る」と言うから、止めた。「なんね」「薬、塗ってくれ」「あー、痔のね。尻ば、出し」。そう言いながら、今まで寝てたもんだから、手の動きがおぼつかない。わたしの渡す薬が、震えて受け取れない。塗り薬とはいっても、先端部は細く、途中まで肛門に入れたら押し出す注入薬のようなものだから、手許が狂われるわけにはいかないのだ。それに、まだ寝てない子ども2人も、隣の部屋でパソコンをしてるし、来られたら恥ずかしいし、などとグズグズ言ってると「なら、いい。寝る」「いや、待ってくれ、塗ってくれ、入れてくれ」。40過ぎた夫婦が、なんて会話をしてるんだろうか。騒がしかったのだろう。子ども2人がドアを開けて顔を出した。「くるなー」。そう言っても面白がって引き下がるはずもないし、だからソッと済ませようと思ったのに、結局おろしたパンツを上げるわけにも行かず、2人は上下に顔をのぞかせている。何とかドアは閉めさせたものの、薬が入ると「痛い、痛い、いたーい」と、ほとんど衆人監視の状況だ。ドアを開けて出てきた次男、「今、カンチョーってしたら、どうする?」なんて聞いてくるから、パンツを上げながら「殺してやる」と言ったら、ゲタゲタ笑いやがった。

しかし、早く治さないとなあ。3週間後には帰省が待っている。萩までは新幹線で新山口(旧小郡)まで4時間40分。さらに1時間10分のバス。薬は2週間分だから、それまでには、治るのかなあ。でも、2週間、薬を入れ続けなきゃ、治んないよなあ。

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