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2005年6月26日 (日)

久しぶりに「いそかぜ」を見た

 なんて、ハムの歯ごたえを感じながら家に帰り、テレビを点けると、おお、この間に乗った電車寝台特急の「サンライズ」が映ってるじゃないか。そのうち、さくら最後の日にコーナーは移る。テレ朝で「日本寝台特急大全集」という番組をやっていた。

 ブルートレインファンになって30年。こんな番組を、深夜とはいえ、地上波のテレビで見るのは初めてだ。と、ワクワクしながら見ると、テレ朝とホリプロが出すDVDの宣伝番組のようだった。でも、それで十分だ。楽しめた。マネジャー南田とかいう人が解説をしていたが、オレもあのぐらいなら、できるかな。

 それに、懐かしいものを見た。門司駅に着いた「さくら」の隣にいる「いそかぜ」が、テロップとコメント入りで紹介された。その前の駅の下関に「さくら」が到着した後ろにも「いそかぜ」らしき姿を見たような気がしたのだが、あれは幻だったのだろうか。

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ハムはたくましくなっている

 ●日本ハム5‐6ソフトバンク 決して負け惜しみじゃなく、よく戦ったと思う。11連敗を乗り越え、ハムは強くなった。点差こそ1点だが実は惨敗みたいな試合じゃなく、土俵上で横綱を押し込んでいた。

 あれほど策のないヒルマン監督が、何かやろうとしていた。初回、足の遅い小田の盗塁、2回、足は速いけど盗めない新庄の盗塁には驚いた。それが実った。あと少しだ。この1点は、本当の強い弱いの差、それは、ソフトバンクとハムの、あと1点にこだわる執着心の差だけだと思う。一昨日は矢野、昨日は建山が取られた1点だ。

 それにしても、マイケルがベンチに入ればなあ。この大事な時期に休養をさせなければいけないほど、右腕が悲鳴を上げていたのだろうか。マイケルがいれば、2戦とも1点差で勝ってたかもしれない。

 3タテだけは食らっちゃいけない。今日の敵、田之上ぐらいは、完膚なきまでに打ちのめそうよ。鎌倉クン、そして明日、札幌の西武戦はダルビッシュだ。青年よ、頼んだよ。

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2005年6月23日 (木)

楽しい中学校っていいな

 まさかロッテに、日本ハムが連勝できるとは思わなかった。さぞや、ロッテファンの胸のうちは…そう考えていると、先週行った、渋渋の学校公開を思い出した。中1の表現(国語)の授業にロッテが登場してた。

 「ロッテってチームがあるの」「あるよ」「先生、そこのファンなの」。途中から聞いたので、どうしてそんな話になったのかは、分からない。ここからは、先生の独演会になった。「生まれてからの千葉ロッテファン。生まれから優勝していないのが、ロッテと日本ハム」。おいおい、いらんこと教えんで、よろし。「今年が最大のチャンス」と願いを込めるように話していた先生の気持ちは今、いかばかりか。

 しかし、楽しい学校公開だった。余談が終わったので表現の授業を離れると、向かいの教室では歴史。隋や唐の話に引き込まれてしまった。教科書などは、ただ進行の確認に過ぎないのね。先生の言葉にも動作にも活力がある。わたしたちが受けた「はい、だれか教科書を読んで」的な、面白くもおかしくもない授業とは違うのだ。西遊記の話になれば、夏目雅子までが登場していた。

 その1週前のスポーツフェスティバル(運動会)でも感じたことは、生徒たちが楽しそう、ということ。運動会によくある組体操や踊りなど、父母らに見せるためだけの種目はない。自分たちの世界を自分たちで楽しんでいる。それでいいじゃないか。本来、運動会なんて、誰に見せるってもんじゃなく、やってる人間が楽しいのが一番だ。見せるための練習が、わたしは中学時代に一番嫌いで、体育嫌い、運動会嫌いになった。まあ渋渋の場合は、代々木公園の陸上競技場を借りて行うから平日開催を余儀なくされ、見に行く父母が少ないという事情も大きいのだろうが。

 学校公開も終わり帰ろうとすると、目の前に長男の後姿があった。持っていた傘で「カンチョー」とばかりに肛門を突いても無視している。「もう1回やり」とカミさん。指令通りにすると、長男は振り向きもせず、さりげなく逃げて行きやがった。そういう年頃になったか。しかしカミさんがどう思うか。家に帰ると案の定「アンタ、せっかくパパとママがカンチョーばしたとに、無視したろー」と怒られていた。

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2005年6月22日 (水)

立て! 今こそサラリーマン

 会社にカミさんからメールがきた。「とうとう無くなったよ。残高不足で5000円しかおろせませんでした。大丈夫じゃないよ」。質問されるたびに「大丈夫、大丈夫」と何の考えもなく口にしていたが、来るべき時がきたか。

 思えば3月ぐらいから、金は出て行きっぱなしだった。私立中に進学した長男の入学金やら、なんやかや。久しぶりに家族5人で福岡、山口に帰省もし、長男とは2人で東北へ卒業旅行にも行った。札幌に飛んだのは、つい先月のこと。ついに給料日まで2日を残して蓄えは底をついた…。暗ーい気持ちでいると、ニュースが追い討ちをかけた。「サラリーマンの控除精度を廃止、縮小し、実質大増税」。何を考えてるんだ。この長引く不況の時代に。

 つい昨年、特別配偶者控除を廃止したばかりじゃないか。今度は配偶者控除も廃止になるという。さらに給与控除の縮小なども打ち出しているという。1度、自分で申告書を書いてみれば分かるが、控除のあるなし、あるいは大小で、税額は大きく変わる。前にも書いたが、わたしは「不動産事業を営む個人事業主」なので、毎年確定申告をしているのだ。昨年の特別配偶者控除の廃止は、かなりの痛手だった。

 だいたい、やり方が汚い。収入がガラス張りの給与所得者という、取りやすいところから取ろうとしやがって。今こそサラリーマンは反乱を起こすべきだ。どうするって? 源泉徴収などに頼らず、自分で申告に行くのだ。控除を縮小するなら、自分で作るまでだ。書籍代でも文具代でも、服だって飯だって、みんな必要経費じゃないかと申告するのだ。例え認められなくってもいい。税務署の窓口で押し問答を繰り返すのだ。

 源泉徴収制度のおかげで、税の徴収にかかわる費用は、かなり助かっているはずだ。そこへサラリーマンが全員、税務署に行って、パニックを起こしてやるのだ。もう黙って源泉徴収に応じている時じゃない。

 しかし、いくら少子高齢化が進み税額が不足するからといって、こんな安直な政策しか打ち出せないなんて。まずは、税金のムダ使いをなくしてから言えってんだ。この国は、つぶれるね。


 ○日本ハム3‐1ロッテ いいねえ。先制弾を放った小谷野クン。ひたむきに、がむしゃらに、泥臭くプレーしている姿がいいねえ。いい気分で今、BS日テレでNNN24を見ていたら「8番オノデラにサイトスタンドの最前列に第2号ソロアーチを打たれ」だって。だれだよ、オノデラって? 西武のピッチャーか! ちゃんと報道してください。コヤノですから。
 

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2005年6月20日 (月)

東京価格のもつ鍋

 もう我慢の限界だった。禁を破って、もつ鍋を口にした。およそ半年ぶり、それも東京のお店で食べた「好物」の味は、懐かしくすら感じた。

 尿酸値の数値を上げてはならないと、もつ鍋を断っていた。しかし、六本木で若い女性と食事、という条件のもと、あっさり誓いは崩れた。もつ鍋なら、会話の材料にもなる、と打算的な考えもあったのだが、久しぶりのもつ鍋、久しぶりの若い女の子には、さらに心が踊った。初めて行く「ROKU-MARU ろくまる」は予約をしておいた。開店から1時間ほど経った午後7時ぐらいに入ったが、8割ほどの席は埋まっていた。

 結論から言うと、おいしかった。初めてという、関西育ちの23歳も喜んでくれた。社交辞令ではなさそうだった。「本場・博多のもつ鍋より、上品な味がしますね」と少しお世辞を交じえながら、フロア責任者っぽい貫禄の男性に聞いてみた。「ええ、やっぱり東京ということで、博多よりも、あっさりした味にしてるんですよ」。

 注文の時、醤油か味噌かを問われ醤油にすると、さらに、薄味か濃い味かを聞かれたので濃い味にした。それでも、けっこうあっさりしていたが、薄っぺらい味ではなく、博多の味と、そうかけ離れたものではなかった。肝心のもつは、プリプリしていて不満なし。ある程度まで煮込んだ鍋が出てくるので、まだかまだかと、待ちわびる必要がないのも良かった。

 ただ…お会計は3人(男2人、女1人)で2万2350円。うーん、これを、もつ鍋屋で払うには、やっぱり高すぎるか。若い女性を目の前にして序盤から突っ走ってアルコールは確かに進んだ。途中からは、本格焼酎を水のように飲んでいたにしろ、この値段か。仕上げの麺が、純粋なちゃんぽん麺でなかったことと合わせて、心に引っかかった。

 と、数日後、健康診断の案内が届いた。近いうちに、あるというじゃないか。この1回のもつ鍋で、尿酸値がグッと上がるとも思えないが…。もう少し、耐えとけば良かったか。

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2005年6月13日 (月)

○があと11個並べば5割

 ○って打つのも、久しぶりだ。ここに11個並べられないかな。やっぱり、○はいい。

 ○日本ハム10-3阪神。5点差は逆転された。6点差も逆転された。じゃあ、7点差をつければ大丈夫なのか、それでも逆転されてしまうのか。終わるまで、不安で、しようがなかった。

 11連敗はした。しかし、幸いながら、西武もオリックスも、そう遠くへは行っていない。わずか3・5差は、ソフトバンクとロッテとの差より小さい。

 もう、わがハムが1位を目指すなんて、非現実的な話をしてても、しようがない。札幌でプレーオフっていう、今年最大の目標も、遠のいた。でも、プレーオフ進出は、果たさなければならない。楽天、日本ハム、西武に続き、もうすぐオリックスの「自力1位」も消滅するだろう。すると、今もう、ロッテに点灯しているプレーオフ進出マジックが、ソフトバンクにもつく。この2チームは、勝手に走ってもらいましょ。

 やっぱり、パ・リーグ最大の見所は、プレーオフ最後のイス3位なのだ。昨年はロッテと日本ハムのマッチレースだったが、今年は三つどもえだから。さらに面白そうだ。

 昨年は西武ドームでプレーオフを見た。今年は、千葉で、日本シリーズ出場権をかけた争いを見るとするか。

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2005年6月12日 (日)

日本「連敗」列島

 昨日は雨予報。負けなくてすむと安心し、一応、中止を確認しておくかと午後3時半ごろPHSから情報サイトにアクセスすると、やっている。それも5‐0で勝ってる! 急いで移動し1時間後にテレビを見ると、6-4? そのスコアは、間もなく6-6になり、矢野が食らった矢野の満塁弾まで、目に焼き付けてしまった。

 まあ、14連敗までは、21年ぶりのままだし、球団ワースト記録を更新するわけでもないし、15になって、初めてニュースになるんだ、ふぅ…。しかし14連敗って、どんな状況で起こったの? 21年前は毎試合、結果をつけていたので、探して久しぶりに見てみた。

 7月7日後楽園○6-1 阪 急 先発○木田
 7月10日川 崎●1-3 ロッテ 先発●田中富
 7月11日川 崎●0-12 ロッテ 先発●坂巻
 7月12日川 崎●1-8 ロッテ 先発●間柴
 7月15日西 宮●4-16 阪 急 先発●津野
 7月16日大 阪△2-2 南 海 先発木田
 7月17日大 阪△4-4 南 海 先発坂巻
 7月18日大 阪●7-8 南 海 先発間柴●川原
 7月28日旭 川●1-7 近 鉄 先発●間柴
 7月29日札 幌●1-6 近 鉄 先発●木田
 7月31日川 崎●5-8 ロッテ 先発●田中富
 8月 1日川 崎△2-2 ロッテ 先発坂巻
 8月 2日川 崎●3-7 ロッテ  先発間柴
 8月 4日西 武●8-9 西 武 先発木田●川原
 8月 5日西 武●5-10 西 武 先発●津野
 8月 7日盛 岡●7-9 ロッテ 先発●田中富
 8月 8日盛 岡●3-6 ロッテ 先発●間柴
 8月 9日盛 岡●2-3 ロッテ 先発●木田
 8月11日弘 前○6-1 南 海 先発○坂巻

 なんと不思議な日程。連敗中に、当時のホーム後楽園の試合がない。これは、後楽園を巨人とWフランチャイズにしていた影響だ。毎年、夏休みのこの時期は、つらかった。後楽園では、真夏の祭典「都市対抗野球」が行われる。終わったからホームに帰れるかと思えば、直後に巨人が、多い年には9連戦をしていた。巨人なんて、いつでも満員なんだから、夏休みにしか客が入らないハムにさせてくれればいいのに、やっぱり売店収入などが違うのだろう。後楽園は巨人の興業を優先するから、ハムはいつまでたっても、間借りしているわが家には帰れなかったのだ。
 
 甲子園の高校野球の期間を、阪神は「死のロード」と今でも呼ぶが、冗談じゃない。この時期のハムの方が、もっと死のロードだった。それに、阪神は西京極とか倉敷とか、大阪ドームができてからは、そこでもホームゲームをしていたけど、日本ハムは地方に出て、主催ゲームをこなさなければならなかった。旭川や札幌、盛岡、弘前は主催ゲーム。わたしが高1の頃、夏休みに上京した際には、神宮で主催ゲームを見たが、その年限りでなくなったはず。ハムの方が、よっぽど過酷な条件で、試合をしてたのだ。全国を股にかけりゃ、そりゃ、負けるよ。

 そういや、後楽園で巨人が最後の試合をし、セレモニーまで行われた同じ日、日本ハムは、前橋で87年の最後の主催ゲームを行っていた。雨の予備カードで、前橋でやるなんて予定じゃなかった。でも、後楽園の最後という記念日は巨人のために設定され、その日程は動かせなかったのだろう。その後に、日本ハムが後楽園で消化試合を開催したんじゃ、歴史のピリオドに傷がつくということか。

 ちなみに、弘前で連敗を脱出してからは、青森、日生と転戦し、ホーム後楽園に戻ったのは8月17日のこと。7月7日以来、1カ月以上も本拠地で試合ができないなんて、今じゃ考えられないことだ。

 でも、今は温かいホームタウンがあるだろ! いつまでも、負けてんじゃねえよ!!

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2005年6月11日 (土)

21年前って、こんな年

 それにしても、よく負ける。それも、心にズシンとくる重い負け方だ。日本ハムが、21年ぶりの10連敗を喫した。

 21年前は、1984年。昭和で言うと昭和59年。わたしが大学2年の時ってどんな年…、と少し考えて思い出した。大沢監督から植村監督に変わった初年度に、チームはガタガタになった。
 
 大沢監督は、西武の広岡監督に、過剰すぎるほどの対抗心を燃やし、例えば菜食主義に猛反発。「草なんか食って、力が出るか。ヤギさんのメエメエ野球か。肉を食え、肉を」と親会社の業種まで意識したような発言で盛り上げていた。選手も、それに呼応するように打倒西武に燃え、81年の優勝になって結実した。だが、植村監督は、大沢監督の放任主義が気に入らなかったみたいで、西武と同じ管理野球を打ち出したからたまらない。優勝からたった3年で、チームは奈落の底へ、まっ逆さまに落ちて行った。

 「タフ・トゥー・ジ・エンド」をキャッチフレーズに掲げたにも関わらず、監督本人が途中休養する始末。投手コーチとしては有能な方だったけど、監督の器ではなかった。大沢監督が復帰しても、もう手の施しようがなかった。前年に力の衰えがはっきり目立った江夏が西武に移籍はしたけど、優勝当時とメンバーは、そう変わってなかったのにである。ただ遊撃不動のレギュラー高代が序盤で大ケガをしてしまい、シーズンのほとんどを棒に振った。何でもできる2番打者の抜けた穴は大きいんだ、と痛感したことを覚えている。

 同時にわたしの願望も、かなえられないのかと、不安が募った年でもあった。山口・萩から東京へ出てきたのは、日本ハムのシリーズを目の前で見るため。優勝した81年は高2だったから、大学に行けば、すぐにでも見られると思っていた。ところが、大学2年で、この体たらく。大学生活を1年延長したが、かなうはずもなかった。そして今、仕事場が東京になった頃には、チームは東京を後にした。ああ…。

 ●日本ハム4-5阪神 何とかしてくれよー、小笠原っー。同点の8回、無死一塁で三邪飛かよ。打てないなら打てないで、走者を進めて欲しかった。自ら送りバントでもすれば、ベンチに、いい意味の緊迫感も走ったんじゃないかな、と思うけど。10回1死三塁では、カウント1-3からボール球を空振りし、挙げ句三振。ため息、焦燥感、イライラ…もう勘弁してくれ。わたしは北海道のファンのように、温かくはない。

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2005年6月10日 (金)

よくぞ、すぐ戻ってきた

 「良かったなあ」と、昨日のスポニチを読んで、思わず口にしていた。日本ハムが「小谷野の昇格を決めた」。5月28日、札幌円山のヤクルト戦を最後に、たった5試合の1軍生活を終えた。結果が出なかったわけではない。捕手の高橋信を1軍復帰させるために、誰かを落とさなければいけなかったのだ。円山の試合では、三塁前のボテボテの当たりに全力疾走、ヘッドスライディングを敢行し、完全アウトなのに、一塁塁審の手を広げさせた。そこまで一生懸命やったのに、記録は失策。どこまでも、切ない男だ。

 ticket この円山の試合で日本ハムは、優勝した81年まで着用していたオールドユニフォームを身にまとって練習すると報道されていた。見ないわけには、いかない。でも、ホームの練習は早い。開門は試合開始3時間前の午前10時。前日はナイトゲームの後、すすきので痛飲したのに、意を決して、それよりさらに早い午前9時半に球場に行った。すると、すでに球場の半周をファンが取り巻いている。テントの限定Tシャツにも、長蛇の列。でも、並んだら買えた。ラッキー。200枚限定だと、翌日のスポニチで読んだ。あまりの貴重さに、今、東京の家に飾っている。

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 と、入場口に「60 MIKI」のオールドユニホームを来た、中年男がいた。「まさか、当時の三木茂投手じゃ、ないよなあ」と通り過ぎたら、翌日の道新スポーツによれば、今は球団職員の三木茂氏が、当時のユニホームを引っ張り出して着ていたらしい。やっぱり本物は演出には、かなわない。帰りに「14 UDA」のユニホーム姿を見たが、こちらは、宇田東殖投手ではなかった。テレビ埼玉やGAORAで長く解説をされていたから、顔はよく知っている。

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 いろいろあったけど、入場して、オールドユニホームの練習を見ていると…、あれっ、1人だけ、背番号のない選手がいる。それが、小谷野だった。可愛そうに。1軍昇格を予想してなかったにしろ、全選手のユニホームを、そろえておくのが礼儀だろ。スタンドから見ていて、あまりに寂しい気持ちになった。スポニチによれば、この日の試合後、2軍落ちを通告された小谷野は、高校球児のように、号泣したという。それを新庄が、なぐさめたとも。2軍落ちよりも、自分だけユニホームがなかったことが、ショックだったんじゃないか。だから、速攻の1軍復帰がうれしかった。昨日はヒットも打った。頑張れ、小谷野!!

 ●日本ハム3-7横浜。思えば、この円山の試合から、負け続けているんだ。自分のチームの選手に、こんな切ない思いをさせてしまえば、当然の報いか。小谷野の怨念だ。でも、その小谷野も帰ってきた。もう、吹っ切れただろう。お願いだ、そろそろ勝ってくれ。でも、金村も登録抹消か。光明は、何もない。

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2005年6月 9日 (木)

やっぱり野球が好き

 オレは、野球が見たかった。

 昨日みたいな日に、サッカーW杯以外の、野球なんて見る人間はいないと思ってないか。巨人戦の中継権を取りながら、20時からしか中継しないテレビ東京ってなんだ、と怒りを感じていた。

 でも、わが家族も、ずっとサッカーを見ていた。仕方ないのか。この間のように、日本ハム戦がこうなら、許せない。でも、日本ハムは、サッカーの試合開始前に、敗戦が事実上決まった。ロッテ対巨人は、スカパーが並行放送をしている。こうしてくれれば、地上波の放映権なんて、どうでもいい。

 ロッテと巨人のいざこざは、サッカーの試合の最中に行われていた。ロッテのマイナスイメージは伝わらず、そのいざこざを利用して、巨人が勝ったことは、あまり伝わっていない。

 警告試合では、3連勝だそうだ。それが、どうかしたのか、って言いたい。

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2005年6月 3日 (金)

もう中1英語についていけない

 ふと、中1長男の英語の勉強に付き合わされた。

 久しぶりに家でゆっくりした休み。試合開始から終了まで、日本ハム対巨人戦を見ていた。日本ハム敗戦の事実を受け入れ、一眠りしたあと、プロ野球ニュースで敗戦の事実を再確認し、酔いがさめたので、冷蔵庫を開けると、長男が「ねえ、暇ならAを読んでよ」と言ってきた。差し出された英語の教材には、AとBの2人が会話をしていた。

 「なしてAを読まな、いかんとか?」「2人しかいないし、読んでくれないと、オラがBを読めないじゃないか」。長男は夕方、NHKラジオの基礎英語を聞いている。最初は恥ずかしいらしく、英語が声に出せなかった。「何が恥ずかしいんか。声に出してしゃべらんと、英語は上達せんぞ」と指導し、吹っ切れたように声に出し始めたが、いざ自分の身に降りかかってくると…。恥ずかしいじゃないか。それに、前にも書いたけど、オレの高校時代の英語の偏差値は38なんだ。

 そんな不安を隠すように、虚勢を張って読み始めた。うっ…、まさか中1の教材で、読めない単語があった。それも1つや2つじゃない、3つだ。適当にごまかしたけど「違うんじゃない」と言われないかと心配で。と、長男は何も見てないじゃないか。「暗記しなきゃ、いけないんだよね」。2カ月前までは、英語なんて知らなかったくせに。「中1でも、高度なんだなあ」。思わず出た言葉は、本音だった。

 何とか1回目は切り抜けたけど、2回目以降に備え、長男の教科書を盗み読みしとかなきゃ、ダメかもしれない。


 ●日本ハム5‐6巨人。負ければ悔しいけど、仕方ないでしょう。1、2戦と違って拙攻合戦じゃないから、ストレスもそうは、たまっていない。ゲストの伊集院光さんにも助けられた。グチをこぼしたいだろうに、それを我慢するように、好ゲームに仕立てていたから。伊集院さんがいなければ、わたしの悔しさも、もっと募っていただろう。

 トーマスの変身ぶりには驚いたし、マイケルは素晴らしいし、ダルビッシュも、もうすぐ出てくるだろう。外国人監督のチームらしく、カタカナ選手が救世主になってくれそうな期待を抱かせる。もちろんSHINJOもね。

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2005年6月 2日 (木)

ちょっと遅れた札幌観戦記1

 札幌の日本ハムファンは、本当にスゴイと思う。前日、あんなストレスのたまる試合を見せられて、もう見放すのかと思いきや、昨日の試合を見ると、びっくりするぐらいにスタンドが埋まっている。年間シートを加えない「本当の実数」を発表している観客数は、3万5156人。前日より8000人近く増えてるじゃないか。もちろん、今季最高だ。

 gaiya
 実は、先週の週末は札幌に行っていた。札幌のファンの方の温かさを身近に感じてきた。28日の札幌円山は超満員。その前で2回、ライトの森本が打球を後ろにそらす失策を喫した。「外野手が、なんで後ろにやってんだー、ヒチョリ」と一塁側内野席から叫ぼうとした瞬間、背後から「ドンマイ! ドンマイ!! ヒチョリ」と声がする。致命的な失策をした選手に「ドンマイ」なんて、なかなか言えるもんじゃない。

 naiya
 試合はグチャグチャ。救援の岩本と建山が、見事にブチ壊してくれた。怒りのあまり、「バッキャロー、ベンチに帰ってくんな。そのまま鎌ケ谷に行っちまえ」とでも叫ぼうとしたが、とてもそんな雰囲気じゃない。みんな、温かく見守っている。どころか、球場の外に出ると、ちょうど建山が車で引き揚げていたが、歓声に拍手まで起こっていた。

 しかしだ。ファンが温かいからって、選手は甘えてるんじゃないだろうな。移転2年目。まだ猶予期間かもしれないが、互いに傷をなめ合う、東京時代のような、ぬるま湯体質だけは、ゴメンだ。

 △日本ハム5-5巨人 高田GMは「本当に野球が好きだよね」と言ったらしいが、ただの好きじゃない、下手の横好きだ。似たもの同士の下手同士がやってるから、お互いに勝ちを譲り合っているのに、どっちも勝てない。セの最下位相手に1勝もできないなんて、やめてくれよ。今日は家にいるから、BSジャパンで最初から最後まで見るけど、延長はもういい。放送時間の最大延長は22時54分までだから、初戦のようなペースでやられると、間に合わない。

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2005年6月 1日 (水)

巨人戦だけが見られない

 だから、巨人戦はイヤなんだ。最初も最後も見られないじゃないか。昨日の日本ハム対巨人。BS朝日でトップ&リレー放送? BSデジタルなんて、そんなに普及してるの? いつものGAORAで、こんな試合こそ、いつも納得させられる光山英和さんの解説で見たかった。

 家ならCATVにBSデジタルも入ってるから見られるけど、昨日は家にいなかった。その場所ではスカパーは見られるから、昨年までは日本ハムファンに、何の不自由もなかった。交流戦は、ソフトバンク、西武、オリックス主催の巨人戦は、CSでも並行して放送していたのに、楽天と今回のハムはなかった。思うに、ソフト、オリ、西武、ロッテ4球団のCS放映権はJ SPORTSとスポーツ・アイで地上波とは無関係。しかし、楽天は朝日放送系のスカイ・Aで、ハムは毎日放送系のGAORA。このあたり、地上波の放映権の絡みが、CS放送のあるなしに、影響していると思う。しかし、そんなことは、視聴者には、何の関係もないことだ。だいたい、パ・リーグのファンをやっていると、無料の地上波で見ようなんて甘ったれた考えはなく、喜んで金を払ってスカパーに加入しているのに、巨人戦だけが見られないなんて、不自由きわまりない。

 そういえば少し前、巨人戦のトップ&リレー放送をしていたNNN24が、突然スカパーから脱退してCATVだけになったり、プラットワンという新しいCS放送ができて、巨人戦はそこにあるG+でしか見られなくなったりとか、そのプラットワンもスカパーと合併して、G+はスカパーでも見られるようになったりとか、巨人戦放送の変遷は、いろんな権利、あるいは利権が絡んでいるらしく、複雑でわかりづらい。このあたりが、巨人人気の低下につながっているんじゃないのか。前にも言ったけど、野球人気は低下していない。落ち込んでいるのは、巨人人気だ。

 地方は巨人の金城湯池と言うけれど、巨人戦は地方にこそ冷たい。例えば昨日の日本ハム対巨人戦。BSデジタルは全国共通だから、どこでも見られるけど、テレビ朝日系列のない県、宮崎や島根、鳥取などの人は7時からは放送がないのだ。昨日のわたしとは逆で、最初と最後しか見られない人もいるのだ。巨人ファンでなければCSで、広島カープの一部を除くどんな球団の試合でも最初から最後まで見られるのに、だ。地上波しかなかった昔は巨人しか見られなかった。でも今は巨人だけが見られない。そんな面倒くさいチームのファンは、減るに決まってる。

 △日本ハム4-4巨人。家に帰ったら、なぜかJ SPORTSで日本ハム対巨人の録画中継をやっていたから、それを見終わって、この記事を書いている。生の時間は見られなくてイライラ、見たら見たでイライラ。なるほど最下位の巨人は野球がヘタ過ぎるけど、劣らずハムもヘタだ。ヘタとヘタが試合をするから、東京ドームの3戦に続き、時間ばかりかかって締まらない試合になるんだ。ここ一番に勝負弱かったのが、東京時代のハム。地団駄を踏んだことは数知れないが、昨年の新庄「幻の満塁本塁打」で、そんな歴史にも終止符が打たれたと思っていた。でも今年は、昔に戻ったように勝負弱い。采配とか継投とかベンチ入りの人員とか、言いたいことはたくさんあるが、書こうとすると、さらにイライラが募る。引き分けを完了した投手に、何の記録もないのか。中継ぎにはホールドがつくのに、と、ルールのことでも不条理を訴えたい。

 だいたい、こんな試合ばっかりやってちゃ、声を枯らして応援してくれている札幌のファンに、見放されはしないかと心配だ。

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