国鉄は安全だったはずだ
さっきから、福知山線の脱線事故を伝える朝のニュースを見て、腹が立っている。「ダイヤ優先」で、安全が軽視されていたという内容にだ。
鉄道ファンとして、あえて言う。昔の「国鉄」は、ダイヤ厳守と安全運転が並び立っていた。安全は絶対、そのうえで、これほどまでに正確なダイヤ通りの運行は、世界に類を見ないと、評価されていたはずだ。だから、鉄道旅行の計画を立てる際にも、乗り換えに10分とか20分の余裕は見ないだろう。そうでなきゃ、松本清張とか、西村京太郎の小説は、舞台として成り立たない。
ダイヤ厳守で、運転士の方に重圧がかかっていた、だから回復運転のためにスピードを出し過ぎて脱線したなんて論調は、絶対に違う。問われるのは安全対策だ。ATSはどうしたんだ。運転手が、万が一操作ミスをしても、仮にスピードを出し過ぎても、それを補う制御装置や安全装置が働くものじゃないのか。
われわれ利用者は、そう教育をされてきた。だから安心して、鉄道に身を委ねてきた。そのATSが、国鉄時代の古い設備を使っていた、なんて報道がされている。国鉄なんて、何年前の話だ。それがもし、今の時代にそぐわないとすれば、更新するのが、事業者の責任だろう。
この事故を、「人災」の名のもとに、運転士に責任を負わせようとしているのなら、絶対に違う。「人災」じゃない。「社災」だ。安全は鉄道事業者の絶対。それを怠っていたとすれば、事業を営む資格はない。JR西日本の責任は重い。
効率化の名の下に、なんでも民営化をしてしまう、日本政府の責任も重い。あえて言う。国鉄は国鉄で良かったのだ。
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コメント
コメントありがとうございます。
親方日の丸をいいことに、錦の御旗のもと、際限なく血税をつぎ込んでいた国鉄の体質は、いかがなものかとは思いますが、収益性と安全性の追求は、相反するもの。そんな時に、安全のためなら採算を考えずに資金投入できる、という仕組みがあってもいいと思うのです。
どうも昨今、効率ばかりが問われて、人間も組織も疲弊しているような気がして、ならないのですが。
元ボスさま
「新快速」に初めて乗ったのは、20年以上も前の高校時代だったでしょうか。当時としては、画期的な列車でしたよね。興奮したことを覚えています。
投稿: 人生真ん中 | 2005年4月27日 (水) 01:12
関西の国鉄私鉄、ともに好きでした。憧れ、というところもあったかな。
たしか「新快速」というアイディアを考えたのは、関西でしたよね。
今でも、姫路から長浜まで直通する快速を走らせ、乗客の利便を考えていますよね。
しかし、それもこれも、安全という土台の上にあってはじめて成り立つ事であるわけで。
乗客のニーズとか他社との競争とか、それが悪いとは言わないけれど、どうだろう、
それが優先してのアクロバットがこの事故を生んだのだったら許せませんね。
だらだら続けてすみません。まだ、混乱していて考えが纏まらないんです。
投稿: かーちんの元ボス | 2005年4月26日 (火) 22:36
まったくそのとおりで、運転士をスケープゴートにしようとしています。
そもそも今の社長、鉄道会社への医師会からの禁煙徹底要請を無視した経歴もあり、利用者の安全も健康も第一に考える人ではないようです。
投稿: 西村 | 2005年4月26日 (火) 21:55