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2005年2月21日 (月)

さみしい時刻表3月号

 3月号の時刻表が発売になったので買った。覚悟はしていたけど、ページを開いてガク然とした。「さみしーい…」。寝台特急、東京発山陽・九州のページは、空きだらけ。2月限りで、「あさかぜ」と「さくら」が廃止になるから「富士」と「はやぶさ」しかない。それも、東京と門司の間は併結運転だから、実質は1本だ。

 昔の、あれは小学5年か6年の頃か、ブルートレインブームが突然に起こった頃に比べると、栄華は面影すらない。ブームの前から「ブルトレ」に魅せられていたわたしは、親に頼んで写真を取りにいった。夜も明けないうちに車を出してもらい、萩から小郡(現新山口)へ。最初に停車した「さくら」を皮切りに、数時間ホームに居座った。「はやぶさ」「みずほ」「富士」「あさかぜ1号」「あさかぜ3号」。大阪から呉線を通って下関まで行く「安芸」なんて列車もあった。ずっと興奮状態だったわたしは、時間を忘れてシャッターを押していたが、付き合わされた父親は、時間が長く感じただろうな、と今思えば同情する。

 「トワイライトエクスプレス」に乗りたいがために、新婚旅行は北海道に決め、発売1カ月前に、みどりの窓口に並んだ。超人気列車の申し込みを受け、マルス端末を操作した駅員が「取れましたよ」。「えっ、ホントですか」。天にも昇る気持ちだったが「あっ…」「はっ?」「1カ月前のキー操作を忘れてました」「ということは、この寝台券は?」「今日のです」。そんなやりとりをしてるうちに、1カ月後の寝台券は売り切れてしまった。

 せめてもの意地と、大阪から青森まで、「日本海」のA寝台を取った。初めてにして、それ以降でも唯一のA寝台。アルバムにはJR模様の浴衣に身を包んだカミさんが、写っている。

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コメント

実は「みずほ」と「あさかぜ」の食堂車を連結していた方(下り1号、上り4号)は、小郡に止まらなかったので、乗ったことがないんですよ。ブルトレデビューは小6の「さくら」初食堂車は高3の「はやぶさ」でした。記事に書き忘れましたけど電車寝台583系の「金星」も走ってましたね。1度、寝台から座席に変わるところを見たかったもんです。

投稿: 人生真ん中 | 2005年2月22日 (火) 01:54

 大学生の時「あさかぜ」に乗りました。バイト代をはたいてA寝台下段に乗りました。
快適でした。でも、寝台券で手一杯だったので、食堂車に行けなかった。
今となってはそれが心残りです。

投稿: かーちんのボス | 2005年2月21日 (月) 22:10

僕も電車が好きで時刻表で日本の常識を学びました。母に頼んで、保育園サボって、もちろん母に会社休んでもらって、一日上野駅と東京駅で電車を見ていたこともありました。ブルートレインといえば、保育園の友達のお姉ちゃんの名前が「みずほちゃん」でひどく嫉妬した記憶があります。「いいなあ、ブルートレインと一緒の名前で」って。

投稿: 練馬の浪人生 | 2005年2月21日 (月) 12:00

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» ブルトレ機関車4台、最後のそろい踏み (朝日新聞より) [V35スカイラインクーペが欲しい!]
「ブルトレに乗ったことの無い人間」です。 NHK対朝日のとき、朝日新聞に辛口だったのか、またこんな記事が乗ったとです。 [続きを読む]

受信: 2005年2月22日 (火) 23:33

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